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色。
交通事故で母親が死んで、白と黒しかない世界になった私に、彼女は色をつけた。
歪(ひず)んで聞こえていた、白と黒の無機質なピアノの音。
白い壁に黒色の目覚まし時計、白いレースと黒いカーテン……。
目覚めても、目覚めても、目の前は白と黒で。
外に出ることが嫌いになった私は、色と言うものを忘れていた。
そんな中、アパートの呼び鈴が鳴る。
隣に越してきた彼女が、私に挨拶をしに来た。
母親が死んで数か月ぶりに、外の景色をドア越しに見る。
”あぁ、桜だ。もう外は春なのか。”
思わず、口に出す。
彼女がニコリと私に挨拶用のタオルを渡す。
彼女の笑顔が、久しぶりに見た太陽の様で……とても眩しかった。
ドクン、ドクン。
久しぶりに心臓が高鳴る。
今まであまり女性と接したことの無い私には、彼女の笑顔は眩しすぎた。
恋に堕ちる音と共に、アパート近くの電車が通っていく音がする。
桜の花びらが、ひらりと舞い落ちる。
”……あぁ、久しぶりの色だ、久しぶりの音だ。”
いつも窓越しに聴いていた電車の音……。
久しぶりに聴くと、大きくて胸に響いた。
いつもカチカチと音を立てて時を刻んでいた黒い目覚まし時計。
今じゃ心臓の音で聴こえない。
”ありがとう。”
彼女から挨拶用のタオルを受け取り、礼を言う。
彼女は不思議そうに私を見ていたが、またニコリと笑って次の部屋へと消えていった。
”……久しぶりに、ピアノでも弾くか。”
私は部屋に戻り、思いのまま白と黒の鍵盤を弾いた。
音は優しく聴こえ、温かい気持ちになる。
ひとしきり弾き終えると、服を着替え、外に出る準備をする。
”久しぶりに、色を見に行こう。”
そう言って、私はアパートのドアを開けた。
春の香りが、優しく私に”久しぶり”と語り掛けているようだった。
そんな春の午後。
私はドアから一歩足を踏み出し、色で溢れかえった外の世界へと旅立つのだった。
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