【エッセイ】 あのこ
これは夢の話である。
中学の宿泊学習、での一面。
友達なんていらない死ぬ、なわたしは相も変わらずひとりだった。
宿泊先はホテルの上階。
大きな窓から街が見渡せた。
ここには誰も来ない。
わたしだけの夜。
「隣いい?」
はっとなって固まる。
ゆっくりと声のした方を向くと、名前も顔も知らない、美しいひとが立っていた。
白い肌に短かな髪。血色の良い唇。
「きれいだね」
「う、うん」
「このまま、どこかへ行かない?」
いたずらに笑う彼女がうつくしいんだか、夜の町が美しいんだか、わからなくなる。どんどん輪郭がぼやけていく。彼女は、わたしの手首をつかみ、行こ! と健康的に笑った。
連れて行かれるがままに、階段へと向かう。
下からわたしのクラスメートが何人か昇ってくるのが見えた。わたしは顔をそむけることも忘れて、彼女の背中を見つめていた。
ここまでが中学2年生のときに見た夢である。
夢はいつもすっきり忘れてしまうわたしだけれど、この夢だけは鮮明に覚えていた。忘れたくなくてメモにのこした。
その日からいつも、眠るたびに彼女を思い出す。しかし会えない。あのこの面影は日に日に薄れていく。現実で会ったことはなく、脳みそが生成した人間なので、どうしようもない。
もしも、また会えるのなら、夢の続きで会いたい。
あの後、どこまで走って行ったのだろう。
あのこはわたしを、どこまで連れて行ってくれたのだろう。
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