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リーダーシップの本質 「目に見えないリーダー」とは? ~ メアリー フォレット(1868-1933)の経営思想 ~

メアリー・フォレットは、1924年ロンドンでリーダーシップについての講演を行っている。驚くべきことにその内容は極めて現代的であるだけでなく、今なお専門家にインスピレーションを与え続けている。

ハーバード大学のロザベス・モス・カンター教授は、「(フォレットの)後に出版されているリーダーに関する無数のハウトゥ―書も、彼女の定義を書き換えることができずにいる」(以下引用はすべて「管理の予言者」、太字は筆者)と、フォレットの先見性を讃えている。そのフォレットの考える「リーダーシップの本質」とはどういうものであろうか。

まず、フォレットはリーダーシップに関する誤りについて言及している。ある心理学者の考え、すなわち「積極性とリーダーシップは同義語であり、あなたが積極的で、独裁的で、支配的でないなら、よいリーダーになることはできない」という考えについて、フォレットは「これらの特性はリーダーシップにとって必須の資格要件でないばかりか、反対に、これはリーダーシップを直接に妨害することが多い」と言う。

このような旧タイプのリーダーは、もちろん多く存在するが、すでにフォレットが指摘していたように、新しい経営においては、「命令」すら不要であり、科学的な管理が行われている企業が増えてきており、そのような企業においては、独裁的に命令を出し続けるリーダーは存在しないのである。

しかしながら、それはリーダーシップが以前に比べて必要とされなくなったことを意味するのでなく、むしろ別のリーダーシップが以前より一層重要になってきているということである。

それでは、何が現代のリーダーシップの条件であろうか。

まず第一に、自分の職務についての完璧な知識である。フォレットはこう言う。「このことは、今日、経営が専門職業になりつつあり、経営管理が科学となりつつある中で高く評価されている」。1920年代の言葉だと考えると理解できる。

そして、例として、原価計算担当者の特殊な知識がいかに大事で影響を与えるかを挙げている。また、セールスマンの例として、リーダーに積極性が決めてとされていたように、セールスマンに説得性が決めてとされていたのは過去のことであり、今や「一般常識、取り扱う商品についての知識、その最善の使用法を見込み客に教える能力が重視されるようになっている」と言う。つまり、独裁的または説得的な性格のいずれにしても、支配するということは時代遅れになりつつあるとしている。

リーダーシップの条件の二つ目は、全体の状況を把握する力である。フォレットは次のように述べている。

リーダーシップはすべて性格によるものであるという考え方の最大の誤りは、管理職としてのリーダーは、単に人びとに対してのリーダーではなくて、われわれが全体状況と呼ぼうとしているものに対するリーダーであるという事実の中にあるかもしれない。この全体状況は、現存の事実、潜在的事実、目標、目的ならびに人びとを含んでいる。リーダーは事実、経験、欲求、目標の混沌の中から、統一体化の糸を見つけなければならない。・・・彼は状況におけるあらゆる異なった要素の間の関係を知らなければならない。・・・リーダーは・・・企業に存在する諸力を結集して、共通目的に役立たせようとする能力なのである。この能力をもった人びとは、個人的な力を表現するよりむしろ集団的な力を創造する

リーダーシップの三つめの条件は、絶えず変化している状況を理解し、将来へのビジョンを持つことが出来るということである。この点について、フォレットは次のように説明している。

リーダーは、徐々に変化する状況、徐々に拡大する状況を理解しなければならないのである。リーダーの知恵と、判断は、動きのない状況にではなくて、絶えず変化している状況に向けられるのである。・・・予想することは、・・・次に来る状況に対応する以上のこと、即ち次に来る状況を作り出すことを意味するからである。決定を注意してみれば、最高級の決定はそれが直接関与している状況を問題にすることだけに終わっていないことがわかる。決定が単に現在の状況に対応するだけのものであるときは、その決定をした人が二流のひとであるしるしである。・・・リーダーの仕事は、その移り行く瞬間をもっとも適切に理解することである。・・・リーダーの仕事は非常に困難である。優秀なリーダーが優秀な資質――最も繊細にして鋭い認知力、想像力、洞察力、さらに同時に勇気と信念――を必要とするゆえんはここにある。

ここまでのリーダーシップ論はリーダーの資質について述べてきたが、ここでフォレットの非常にユニークな視点が登場する。それは、「リーダーシップの下にある部下の役割」である。フォレットは、「部下の役割は従うことだけでなく、非常に積極的な役割を果たさなければならない」と言う。

今起こっている変化というものは、グループのメンバーはリーダーに随伴するというよりも、むしろリーダーを補助して状況のコントロールを継続させているということだった。

ではリーダーを補助するために部下は何をしてるのか。

1)どんな経営をながめてみても、そのほとんどのところで、提案の多くは下から上がってきていることがわかる。提案は下部から上がってきて上部がそれに同意するのである。つまりリーダーへの提案である。

2)自分が困っているのを隠さず、上司にいろいろ問題を報告し、素晴らしい業績だけでなく失敗も一つ残さず報告する。上司が正しい行動をとる人ならば、部下の成功に対するとまったく同じように、失敗に対しても部下を尊重するだろう。

3)誤った命令を撤回して、正してもらうことである。命令は初めから誤っていたかもしれないし、あるいは、諸条件の変化に対応するために変更されなくてはならないのかもしれない。部下はただ従うだけでは責任を果たしていない。このように考える者もいるであろう。命令が誤りだとわかっていてもその必要なない。なぜならば、それは自分の職務ではないからだと。しかし、実は従うことは職務のうちのほんの小部分に過ぎないのである。

ここで、フォレットは次のように説明する。

リーダーとフォロワーは共に目に見えないリーダー(the invisible leader)、つまり共通の目的に従うのである。最高のリーダーはグループの前にこの共通の目的をはっきり示す。リーダーシップは信念の深さと、そこから生まれるパワーに依存する一方で、また他の人びととその信念を分かち合う能力、即ち目的を明確に表現する能力もなければならない。そしてそこで、その共通目的がリーダーとなるのである。われわれの理論がどうであろうと、ますますこの目に見えないリーダーを信頼して行動するようになると私は信じている。目に見えないリーダーへの忠誠は、最も強力な団結をわれわれに保証し、感傷的な共感ではなく、ダイナミックな共感を確立するのである。さらに、リーダーとフォロワーの両者が同一の要求に従っているときは、受動的に従う代わりに、能動的で自発的に行うのである

フォレットは、リーダーシップにおいて、部下やフォロワーの役割を重要視することで、明らかに現代のリーダーシップ論を追い越している。さらに現代の組織論にまで先鞭をつけている。この「目に見えないリーダー」は、無意識ながら、私たちの前に現実に存在している。

そして、イノベーションを生む組織をどうやって作りマネージするのか、心理的安全性を高めて組織を活性化するにはどうすればよいのか。いままさに経営の最前線において議論されている論点は、すでに100年前にフォレットが解を提示しているのである。