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繊細さんとガサツさん

シャンプー台から席に戻った僕は「えっ?」と思わず口に出した。

アシスタントの彼が何か聞き取れない言葉を発したので、反射的に出てしまった。

その後1.7秒して彼は「前髪をおろして乾かしますか?」と、繰り返しになりますがという顔をして言った。

そう言われると僕の答えは一択だった。


無言の時間が2分間。長く感じる。

その理由は、僕の「えっ?」の一言に尽きる。
自分が繊細過ぎて困っていた僕はどこに行ってしまったのか。年齢を重ねてまさか図太くガサツになってしまったのか。


「ごめんなさい、今聞こえませんでした。」
「前髪は下ろしますか?と言ったんです。聞こえなくてすいません。」
「マスクしているとなかなか喋りづらいですよね。2回も言わせてしまってすいません。」
「こちらこそ。今日はこの後どこか行かれるんですか?セットはどのようにしますか?」
「美術館に行こうかなーと思ってて、良いとこありますか?」

と、弾むはずだった会話が僕の脳内に未開封のまま在庫を重ねていた。

それは一般的に正しいかどうかではなく、あの場面で僕は少なくてもそうするべきだった。

気づくと、髪がカラカラになった僕は、一人鏡の前に座り続けていた。

これを気にしなくなったらガサツ組の仲間入りできたのかもしれないが、一晩明けてあの一瞬のことを思い返す朝を迎えている。

長年付き合ってきた繊細さは、僕のアイデンティティの一つで忘れたくない。
繊細組の理解者であり続けたい。

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