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NFTアート再考

NFTアートについて、いまだによくわかっていない。

以前「メタバース」について書いた時もそうだったんですけど、コンセプトはすごくわかるし、もちろん面白いと思うのだけど、どうも「ノリきれなくて語りにくい」というところがあるんですよね。

自分なりに、なぜノリきれなかったのかを考えてみると、メタバースもNFTも、コロナ真っ只中の2020年末くらいに不自然なくらい急速に喧伝されるようになったのを見て、身構えてしまった、というところが大きい気がします。


Google Trendsによる「NFT」(青)と「メタバース」(赤)の2020年以降の検索数の遷移

あの時期の盛り上がりって、昨今の生成AIのムーブメントとはちょっと性質が違っていて、実際に触ってみて「これはすごい」と思えるようなタイミングがないまま、大きなお金が動きはじめたり、これは次世代インターネットだ!みたいな主語が異様にでかい言説が出始めたりしたのが個人的に違和感があったんですよね。

生成AIの場合はもっと純粋に「テクノロジー」にフォーカスされていた一方、特にNFTアートはブロックチェーン技術をベースにした文化的な「ムーブメント」にフォーカスが当たっていた印象があります。コミュニティに飛び込んでみるともちろん印象は違うのでしょうけど、ウォレットを開設したりといった初期投資も必要だし、外から見たいわゆるクリプト・カルチャーとよばれる界隈の文化もすごく独特に見えて、自分にはハードルが高くて…



NFTアート狂想曲


NFTアートに関していえば、2021年に老舗オークションハウス「クリスティーズ」で、Beepleというデジタルアーティストの作品が約75億円で落札されて以来、アート業界でもホットトピックのようです。同じくクリスティーズで行われたオークションで、ゲハルト・リヒターの作品が約36億円(2014年当時)だったことを考えると、アート市場へのインパクトは想像に難くありません。

オークションの記録を見てみると、総参加者は33名で、90%以上が新規参加者、ミレニアル世代が中心。終了5分前に4000万ドル一気に高騰するなど、かなり異例のオークションだったようです。ちなみに落札したのはシンガポールのNFTファンド。「すしざんまい」の初競り落札、みたいなイメー
ジでしょうか。

Beepleのオークションのニュースを見て、「アートは深いよ。なにせ便器が2億円で落札される世界だ。」なんて笑っているうちに、自分の周りでもNFTアートを出品したらあっといういう間に値段が高騰して、取引金額がウン億円に…なんていう話を耳にするようになりました。

マルセル・デュシャン「泉」 1999年にサザビーズで160万ドル(約2億円)で落札された。

なるほど確かに彼らの作品はどれもステキです。でも、それに数十万円相当をかけて「所有」したいという人がたくさんいる、ということがいまいちピンとこなかったんです。それぞれの作品はデジタルデータですから、URLにアクセスすればいつでも見ることができますし、コピーできるわけです。個人的にはPinterestやTumblrなんかに集めよう、とかは思うかもしれないですけど。所有権を売ります、といわれても。うーん… 

※厳密にいえば、画像やコード自体をブロックチェーンに入れ込んでしまうフルオンチェーンの場合は画像データやコードは含まれますが、オフチェーンの場合、画像やコードそのものですらなく、「この画像は今あなたのものですよ」という取引記録だけが改竄不可能な台帳に残る、ということになります。

自分がいまいちピンときていないのとは裏腹に、世の中は盛り上がり、値段ばかり高騰していく…この現象については、周りでもいろいろな意見がありました。「どういう形であれ、才能が発見されて、ちゃんとお金が入るというのは歓迎すべきことじゃないか!」という意見。「NFTアートそのものというよりも、むしろコレクターとアーティストをめぐるコミュニティーがこれまでにない形で面白いわけで、そのチケットにお金を払ってるという意識なんじゃないの?」という意見。「暗号通貨の高騰の含み益を手にした人たちが暗号通貨で買えるものが結局NFTアートくらいだったってこと。NFTアートバブルをさらに煽って値段が高騰したところに売り抜けて儲けようというスキームにすぎない、結局投機目的だろ!」という意見。「そもそもNFTはブロックチェーン技術のアプリケーションの一つではあるが、こんなにハイプになっちゃったら、他のブロックチェーンの有益な使い方がスポイルされないか心配…」という意見。などなど…

2021年後半になると、ブロックチェーン技術の環境負荷の問題や、有識者によるNFTアートに対しての優良誤認の指摘など、比較的冷静な指摘がなされるようになり、徐々に熱は冷めていったように見えます。実際、NFT市場の分析レポートを制作しているNonFungible.comの2022年第三四半期レポートでは、NFTの総取引額が前期と比べ77%減少したというレポートも出てきました。

老舗アート業界誌ARTnewsは、2023年4月に開催されたWeb3カンファレンスのダウナーな空気を皮肉たっぷりにレポートしています。

空席が目立つ会場で、数少ない参加者たちは目の前に迫っている納税申告のことを暗い顔で語り合い、オープンバーに登場した今年のスペシャルカクテルには、「ベア・マーケット(下落相場の意)」という名が付いていた。「確かに、今は状況が悪いように見える。でも、実のところ状況はずっと悪かったのかもしれない」というのが、参加者たちの現在の共通認識だ。

NFT売上は77%減。Web3イベント「NFT.NYC」が告げるブームの終焉

ただ、相変わらずOpenseaをはじめとするNFTアートプラットフォームは活況のようですし、MoMAは一部のコレクションを売却し、その売却益から100億円ほどを使ってNFTアートの獲得に向けて動いているという話もあるようです。

NFTアート自体が「オワコン」になったというよりも、むしろこれまでの異常な投機的な熱狂が落ち着いたことによって、真価が問われる時期に入ったと見るべきでしょう。

NFTのバブルが落ち着いたタイミングで、あらためてNFTアートって何なのか(何だったのか)を考えるきっかけになるのではと思い、今年に入ってから開催された2つのNFTに関する展示を観てみました。


超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー

この展示では、ソル・ルウィット、セス・ジーゲローブといった、1960-70年代に活躍したコンセプチュアル・アートを代表するアーティストの作品と、ダミアン・ハースト、藤幡正樹、レア・メイヤーズ、といった現代のアーティストの作品を紹介することで、NFTアートの特徴である「唯一性の担保」や「スマートコントラクト」といったメカニズムを通して、NFTアートをコンセプチュアルアート、メディアアートの延長線上に位置付けることが試みられていました。

例えば、展示されていたジェネラティブアートの先駆者としても知られるソル・ルウィットの作品は、幾何学的なドローイングがよく知られていますが、美術館などで展示されているドローイングそのものはアーティスト自身が描いたものでありません。

アーティストが作品として作るのは「指示書」だけで、ギャラリーや美術館が作品を購入すると、サイン入りの指示書だけが納品されます。指示書の内容は「50個の点をできるだけ均一にランダムに配置した上で、すべてのランダムな点を直線で繋ぐ」(Drawing #118)といった具合です。これを設営チームがこの指示書通りにギャラリーにパターンを描いていきます。

つまりルウィットの指示書の内容さえ手に入れてしまえば、誰でも同様のパターンを描画することが可能なわけです。今ならちょっとしたプログラムで再現して無限のバリエーションを生成させることも簡単にできそうです。そんな状態で、ルウィットの作品をルウィット作品としての真正性を証明するのは、サイン入りの指示書(証明書)だけです。ギャラリーや美術館はこの指示書を数百万ドルで購入するわけです。

これ、確かにNFTアートが持っている構造(イメージ自体は複製可能だけどそれの真正性、所有を指し示す契約書自体に金銭が発生する)とよく似ていますよね。

別の部屋で展示されていたレア・マイヤーズの作品「Certificate of Inauthenticity」はNFTを利用してルウィットの論法を逆手に使ったような作品でした。この作品は、ジェフ・クーンズのレディメイド作品「Balloon Dog」をモチーフにしていて、例の風船の犬の彫刻の3Dデータを無料公開してだれでも3Dプリンターで出力できるようにした上で、真贋証明書をNFTで販売するというものです。

普通に考えるとルウィットの論法と同じく、複製可能な作品の真正性を証明するための証明書を販売する、となるところですが、アーティストはここに皮肉っぽい捻りを加え、真正性を否定するための「偽物証明書」をNFTで購入できるようにしました。3Dプリンターで出力したモデルの横に、この偽物証明書を掲出することでしか、アーティストがこのモデルの制作に関与していないことを証明できない、という非常にややこしい構造になっています。


Proof of X - Blockchain As A New Medium For Art

こちらの展示では、"Blockchain As A New Medium For Art"(アートの新しいメディウムとしてのブロックチェーン)というタイトル通り、「ダイナミックNFT」や「プログラマブルNFT」と呼ばれるような、特定の取引条件によって内容が動的に変化(例えば、売買することで形状が変化する、一定期間内に売買されないと失効する…など)していく作品が多く展示されていました。

先の「超複製技術時代〜」が、NFTの所有や真正性といった「コンセプト」の部分にフォーカスしていたとすれば、本展示は、NFTひいてはブロックチェーン技術の「アーキテクチャ」の部分にフォーカスされているという印象です。その意味では、NFTアートを、メディアアート…よりフォーカスすれば(ブロックチェーンがインターネットの上に構築されたアーキテクチャであるという点で)ネット・アートの延長線上に位置付けた展示、といえそうです。

「超複製技術時代〜」でも展示されていたレア・メイヤーズ。こちらの展示では、より構造的な「Is Art」という作品が展示されていました。これはイーサリアム上に構築されたスマートコントラクトで、NFT所持者のみがこの作品が「芸術である」「芸術ではない」のトグルを切り替えることができるというものです。

エキソニモは、近年の「インターネットヤミ市」などの活動に見られるような、インターネットのリアリティを現実に置き換えるアプローチで、ブロックチェーンでの非存在性を証明するオフチェーンの契約書「Proof of Non-Existence」を展示していました。Solidityというイーサリアムのスマートコントラクトを記述するための文法で「ブロックチェーン上に存在しない証明」を記述し、そのテキストをシルクスクリーンにおこしたものを展示していました。シルクスクリーンなので、オフチェーンNFTを「ミント(印刷)」できるというわけです。


どちらの展示も、NFTアートのハイプなイメージを牽引した、いわゆるPFPと呼ばれるドット絵やイラストのような「網膜的」なNFTアートではなく、NFTというものを新しいメディウム(ブロックチェーン技術によってデジタルメディアがこれまで獲得できないとされていた「一回性」や「唯一性」が獲得できるようになったコンピューター上に設計された「メタ・メディア」)として捉え、このメディア特性を浮き彫りにするようなメディア・アートとして捉えた作品が多く展示されていました。

個人的に、メディアアートの面白いところは、メディウムを選ぶ恣意性によって必然的に「メディウムの特性」を浮き彫りにする傾向があることだと思います。ビデオを使った作品なら、ビデオとは何か?映像とは何か?記録とは何か?ということが、インターネットを利用した作品なら、インターネットとは何か?コミュニケーションとは何か?ネットワークとは何か?という問いかけが作家の目を通して鑑賞者に投げかけられることになります。

今回観た二つの展示からは、個人的には、NFTとは何か?という疑問に対しての様々な示唆が得られましたし、アートならではの挑発的なブロックチェーン技術の使い方を見ることで「あーこうやって面白がればいいのか」という部分が分かったのが面白かったです。(もちろんピンとこないものもありましたけど)

NFTアートの面白がり方がなんとなくわかりかけたところで思ったのは、そろそろNFTアートの取引額についてセンセーショナルに取り扱う必要はないのかも知れない、ということです。NFTの取引額を日本円換算にするのも、あまり本質的ではない気がしますし、金額的なインパクトが先行してしまって、面白さが見えにくくなってしまっているような気がします。

※最近ではイーサリアムは高騰しすぎてしまっていて、より参入しやすい新しい仮想通貨を使うNFTアートプラットフォームなども多く出てきているようです。

ミもフタもない言い方をすれば、そもそも作品の価値は、投資家が決めるものでも、美術館やキュレーターが決めるものでも、インフルエンサーが決めるものではないはずなんですよね。私自身はあまり良さがわからないPFPだって、本当に自分がいいと思う作品があれば自分にとって価値があるはずです。権威のお墨付きがつくことで価値が上がり、投機対象になる、というこれまで散々繰り返されたこの構造こそ、ブロックチェーン技術が否定してきた中央集権的な構造そのものではないのか、という気もします。

Web2.0的な捉え方でいうと、有料のいいねボタンというか、いわば新しい推し方の一つくらいの考え方になることで、ようやく普及期に入っていくのではないかと感じます。

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『検索』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。この記事の執筆者は、Dentsu Lab Tokyoの土屋泰洋です。


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