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【鎌倉探訪】地図のない鎌倉案内

透明な空と海、落ち着きのある住宅街の路地、その中にひっそり佇む蕎麦屋やカフェ、奥に深く切り込む谷地と両側から崖が迫る切り通しの狭い道ーーこの冬の鎌倉は、僕にそんな心象風景を残す。

1月の冬の材木座


ところで、僕はこの冬、足首を2回捻挫した。
懲りもせず、右足首の同じ箇所だ。

寒さのせいか、治りが悪く、気にせず歩けるようになるまで、ひと月以上かかった。その間は1歩1歩、右足を運ぶ度に慎重に着地に気を付けていた。普段は意識しないので、歩くのはこんなに複雑な動作なのかと驚いた。内なる自分を観察する禅の修行に、歩行禅というものがあると聞いたことがあるが、なるほど、と感心する。

意識的に歩くのは、案外に難しい。例えば、足裏でどの様に体重移動させるのが正しいのか、わからなくなる。踵から足を下ろし、爪先に向けて、体重を移動させ、足首を前に傾け、さあ反対の足を動かさねばならないーーと、頭がこんがらがり、左足を出すタイミングを逸し、一旦、立ち止まったりする。

自分が無意識に複雑な動作をしている、否、無意識だからうまく複雑な動作が出来ることを知る。無意識の自分の偉大な存在を自覚する。

今までは、街の歴史や文化財、お店の下調べをして、散策ルートを定め、鎌倉を巡ってきたが、行き合ったりばったりで、散歩してみることにした。散歩に毎回そんなことをするのも息苦しいし、いくら綿密に計画しても、行ってみなきゃ、僕の足が耐えられるかわからない。

仕事でも接待でもしっかり準備、計画しろと、教えられ、教えてきた自分としては、落ち着かない気もしたが、意外なことに、これがすこぶる気持ちがいい。

最初に、行き先のざっくりとした目安は付ける。
妻は小川糸さんの「ツバキ文具店の鎌倉案内」のファンだ。45のエッセイの中から、妻に気分で選んでもらい、本日の行き先を決める。

最寄り駅からは、ゴールまでの方角の見当を付け、後は気のまま、気持ち良い道を選んで歩く。最寄り駅と言っても、鎌倉はコンパクトな街だ。JRならば鎌倉駅か、北鎌倉駅のどちらかに決まっている。道に迷ったら、グーグル様に案内してもらえばよい。

捻挫以来、出不精になった僕のリハビリも兼ねるから、毎週のように行く。だから、出発時間はいつも同じ。人の日常生活のスケジュールは大体決まっていて、出掛けるのに都合のいい時間も決まっている。時刻表に追われることなく、何も考えなくていい。準備不足ではないかと不安になったり、自分に苛立つこともない。

そのツバキ文具店のエッセイの中から、妻が今回選んだのは、長谷駅から徒歩5分位のところにある創業300年の老舗の「力餅家」さんだ。

「名物の「権五郎力餅」は、つきたてのお餅を甘さ控えめな漉し餡でくるんだ素朴な味わいの和菓子です」
(「ツバキ文具店の鎌倉案内」から引用)とある。

和菓子屋さんかあ、最近、食べていないなあ。
いいね、賛成、そこにしよう。
本の挿し絵にある古風な店構えも気になる。

JR鎌倉駅のホームから階段を降り、江ノ電側の改札を出て、御成通りに入る。我々の間では、小町通りよりも、御成通りの方が人気がある。小町通の芋を洗うような混雑はなく、程よい人通りで、ブラブラと店を覗きながら歩ける。ユニークなお店も多い。小川軒や豊岡鞄のショップもある。僕は鞄を見るのが好きなのだ。

由比ヶ浜大通りに突き当たる。車の往来も頻繁で、大きな通りだ。右に曲がって、真っ直ぐ進む。途中、土屋鞄さんに立ち寄った後、図らずも、たい焼きを食べる。「なみへい」さん。わが妻「ツバキ博士」によると、こちらも同鎌倉案内に掲載あり、とのこと。車だと通り過ぎてしまいそうだが、徒歩だと、あれっ、人が並んでいる、何だろうと気になる。そこで思わぬ発見をすると、お得な気分になる。

たい焼きさんの「なみへい」
並んで5分、焼き立てをベンチでいかが?


お店のベンチで、日向ぼっこしながら、熱々ホクホクのたい焼きを食べる。美味しい。あんこの甘味が、少し疲れた体を元気付ける。さて出発だ。歩くこと10分もかからずに、長谷駅近くの長谷観音前交差点に至る。ここは、いつも人で賑わっている。右に行くと、長谷観音や鎌倉大仏に至るが、左に曲がり、江ノ電長谷駅の踏切を越える。稲村ヶ崎方面に、突き当たりを右に曲がると、5分もしない内に、古民家風の一軒家に人が集まっている一角に出会う。「力餅家」さんだ。

創業300年の力餅屋さん。あんこが上品な味わい。
向かいの奥には、美味しいと噂のパン屋さん。

早速、妻が行列に並ぶ。僕は裏道で待つ。何とか足も大丈夫だ。山の方に目を向けると、踏切が見え、その先に見覚えのある鳥居がある。あれって、確か先月行った御霊神社だ。こんな傍なんだ。ここもツバキ文具店の紹介にあったので、出掛けたのだ。そのキャッチは「江ノ電と紫陽花と」。今は曇天の冬、初夏に再訪だな。

妻を待っている間に、ついでに検索する。御霊神社は、平安時代の後期の武将鎌倉権五郎を祭っているそうだ。桓武平氏の流れを組む後三年の役の猛将で、この辺りの領主であったらしい。その権五郎にあやかって、「権五郎力餅」ということか。繋がる、得心。

力餅屋さんの並ぶ通り奥に、坂道が見える。
昨日、NHKのブラタモリで鎌倉の極楽寺を放送していた。この先を進めば、成就院を横に抜けて、極楽寺に行けるはずだが、となると、その坂道は極楽寺の切り通しのはずだ。三方山に囲まれた鎌倉に入れる七口の一つで、緩やかなはずがない。が、決意を固め、チャレンジすることにする。妻は本日のお目当の力餅をゲットし、意気軒昂である。ここで引くわけにはいかない。


案の定、極楽寺坂は結構な登りで、両側が切り立った切り通しに威圧感を覚えたが、それを越えて山道を抜けると、山合に風情ある江ノ電の駅に出会った。極楽寺駅である。電車が来るのを待ち、橋の上からシャッターを切る。もうここまで来れば、極楽寺はすぐ傍だ。

江ノ電極楽寺駅。この右手に極楽寺が広がる。


橋の右手の小道を下り、山門を潜ると、美しい参道が奥に続いていた。

極楽寺の参道

参拝者でごった返すこともなく、ゆっくりと歩いて本堂に至る。かつては、金堂、講堂、十三重塔などの伽藍のほかに49の塔頭を備えた大寺院だったとのことだが、今は山門と本堂を残すのみの落ち着いた境内だ。

お参りして、境内の空気を吸う。妻は御朱印を頂きに社務所に向かう。その間、僕は手入れの行き届いた境内を巡りながら、この空間と時間を味わう。
時間がゆっくり流れていくのが、心地いい。

極楽寺の本堂 

人には意識を解放する時間が必要だ、と思った。
人は生き物であり、生き物としての本能があり、太古からの生き物の遺伝子を継承している。余りに意識で感情や行動を抑え込んだり、理性で制御しようとすると、無理がでる。無意識の自分も自分、大切にしたい。
人には素直に感じ、素直に反応することで、意識が安まり、心身のバランスが回復する。それが人を思う心の余白を広げる。地図のない鎌倉は、そんな自然な心身の働きを取り戻してくれる。
本堂を一周回ると、古木の枝の下から妻が戻ってきた。御朱印を無事にゲットしたようだ。

帰りは歩かず、江ノ電に乗った。
ますます意気軒昂な妻は、帰りも歩きでもいいよと言うが、僕には十分。よく歩いた、よくやった。
妻よ、極楽寺駅がすぐ近くで、僕らを待っているよ。


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