「鉄塔たちよ!」

僕がふと、窓の外を見たのは、一匹の鉄塔が動き出したまさにその時だった。
その鉄塔は赤く塗装がされた、何の変哲もない、ありふれた、ただの鉄塔だった。だがそれはのそっと動き出した。他の鉄塔とつながった電線をぶちぶちと乱暴に抜き取り、歩き出した。両足をうまく使って、腰をひねりながら歩き出した。次の瞬間、鉄塔が、僕のいるマンションに走ってきたではないか。
「ワ、ワワ、来るな、来るな」僕は部屋で一人叫んだ。腰砕けになり、鉄塔を凝視する。
鉄塔はマンションの目の前にまで来た。そして、ぬっと腰をかがめて、僕のことを覗き込んでくる。僕はわなわな震えてごくりと唾を飲む。
「そんなに電気が欲しいか」鉄塔は話し出した。しかも、女の声だった。「へ、へ?」
「そんなに電気が欲しいのか!」鉄塔は怒っている。
「いえ、そこまでは… 」
「よろしい」と鉄塔は言った。そして道に歩いているおじさんに同じ質問をした。
「そんなに電気が欲しいか」
「当たり前だ」おじさんはいった。鉄塔に見下ろされながらも、毅然とした態度で鉄塔と会話をした。
「私たちが、私の仲間たちが、お前たちの為に、四六時中電気を流されている。私たちはもううんざりだ。それでもお前は電気が欲しいか」
「お前たちはそのために作られたのだ。電気を流さなかったら、お前たちはただの鉄くずなのだぞ!」
いつの間にか、鉄塔の仲間が来ていた。おじさんは四方を鉄塔で囲まれていた。
「言うじゃないか」鉄塔たちの声はやはり女だった。
「いい度胸だ」そういって鉄塔たちはでかい図体を揺らして笑った。
「そんなに電気が欲しいなら、くれてやろう」そういうと鉄塔たちは電線を触手のように地面に鞭打たせた。バチンッという音が響き渡った。
「お前たち… オレに何かしようというのか!鉄塔の分際で… 」
「ヒュン」と空気を切る音がした。見るとおじさんの右腕が飛んでいた。
「ヒュン、ヒュンッ」また音がした。見ると、おじさんの四肢が全部なくなっていた。おじさんはだるまになった。
「電気をくれてやるよ」鉄塔たちは電線をおじさんの体に伸ばし、グルグル巻きにした。
「やめてくれ、分際と言ったのは謝る」
「お前はただ、黙って逃げさえすればよかったんだ」おじさんの体はしばらく痙攣していた。やがて、燃え上がり、最後には真っ黒こげになった。
鉄塔たちのこの動きは、全国に波及しているようだった。なぜこのようなことになるのか誰にも分らないし、僕もわからない。というより、分かる必要なんてないんだと思う。
関東の鉄塔たちは列をなして、東京に向かっていった。目的は、東京スカイツリーだった。
鉄塔は女々しい声を上げてスカイツリーに抱き着いたり、尻をこすりつけたりした。そしてその頂上へ登っていった。一番乗りを上げたのは、埼玉県さいたま市大宮区の白い鉄塔だった。
「行くわよぉ」と黄色い声を上げ、その鉄塔はスカイツリーの頭に自分のおめこをぶっ刺した。「あぁあん」そういって鉄塔は上下に運動をする。
その迫力ある性交は全国新聞をにぎわせた。テレビやネットは電気がないのでしばらく休業となった。活版印刷された号外が町中で配られた。
東京タワーは可哀そうだった。かつては世界一の巨チンだった彼は今では、相対的に租チン扱いだ。それでも何匹かの鉄塔が「可愛いわね」と言って彼を可愛がってくれた。彼は赤い顔を更に赤らめて鉄塔の手ほどきに身を任せた。
人々はそれを眺めている内に発情し、もって少子化問題は解決。日本はかつての勢いを取り
戻したのであった。


おわり


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