「顔面」

彼女とは散歩のコースが一緒だった。彼女は未亡人で、若くは見えるが60は超えているだろう。白髪で小奇麗な恰好をしている。美しいと思える人だった。僕は毎日の散歩… これはリハビリなのだが、毎日の散歩で彼女と会って話をするのがささやかな楽しみだった。彼女の夫は10年ほど前に交通事故で亡くなっていた。代わりに彼女は大きいゴールデンレトリバーを連れていた。彼女はこの犬を溺愛していた。この犬はコンといった。僕と会うと大
きな金色の尻尾を振り、赤いベロを出してすり寄ってくるので、僕もこの犬が好きだった。
しかしこの犬は確かに飼い主である彼女のことを僕よりも愛していた。彼女が僕と話しているときに、コンが彼女を見上げる視線には尊敬と愛慕と一抹の嫉妬が込められていたのを、僕は確かに見て取った。僕は彼女と5分ほど他愛のない話、この街のニュース、おいしいパン屋や新設のカフェ、ドッグランの情報などを交わして別れた。
ある日、彼女が死んだ。くも膜下出血だと後から聞いた。僕は少し悲しんだ。そして恐ろしい彼女の死体の様子を聞いて、僕が第一発見者でなくてよかったと心から思った。犬のコンは、彼女の顔面を喰らっていた。彼女の鼻と左目はごっそりえぐられ、唇は全部食べられていた。
それはおそらく、愛する飼い主の突然の死に絶望したコンが見せた、愛情の炸裂だったのだろう。


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