「彼女を焼くな」


どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきたのは桃ではなく溺死体だった。藻やらどろっとした粘液やら、なにやら。川に潜む汚らしいものを引っ提げて、溺死体はある村の川辺に打ちあがった。
「死体だ、死体だ」子供たちは当然、お祭り騒ぎだ。彼らが溺死体を見る目には興奮と、嫌悪の色。その興奮の内訳は2つあり、初めて死者を見たという興奮と、死体とはいえ初めて女の乳房を見たという興奮だった。
子供たちの騒ぎを聞きつけ、ある大人が死体を見に来る。タバタという男だ。彼の肌は村人たちの日に焼けた、健康的な色とは違い、陰鬱な白さが際立っていた。彼は仕事もせず日がな一日詩を書いたり、覗きをしたりするどうしようもない奴だった。
「どいた、どいた」タバタの来訪を境に、子供たちは少し静かになる。この大人が死体をどう扱うのか見定めているのだ。
「女だな、それにかなりの美人だ」普通の大人ならば、ここでお悔やみを述べたり、子供たちに生命の尊さを教えたりするのだが、タバタは普通ではない。彼はこの死体に欲情していた。
「この死体は、俺のもんだ」とタバタは言った。子供たちのぶーぶーという可愛い非難の声を背中で聞き流しながら、タバタは溺死体を担いで自分の家に運び込んだ。
「よっこらせ」と言ってタバタは自分が使っているベッドに死体を寝かせる。試しに、胸に耳を当てて心臓の音を聞いてみるが、案の定、音はしない。
「美しい… 」タバタは詩人なので、普通の大人たちよりも美に対する感受性が強い。元は美人であったろうとはいえ、死体を美しいなどと思うのは、タバタ独自の感覚であった。溺死体は金髪碧眼、小顔であるが手足はすらりと長く、うすピンクの薔薇を乳房の頂上に備えた美人だった。 彼は何を思ったのか、溺死体の肩を担いで、椅子に座らせた。だらーんと力なく倒れるそれ
を何度も支えながら、寝ているような格好で溺死体を座らせた。
「綺麗だなァ、美しいなァ… 」
やることをやった後で、タバタは、普段彼をバカにしている村の連中に、彼の新しい伴侶を見せつけてやることにした。
彼が昔恋をしていた、リリーが部屋にやってきた。リリーは椅子にだらしなくうなだれてた金髪の美女にパッと目をやり、自分の美と客観的に見比べ、その一瞬で自分が劣っていることを悟った。そしてつかつか溺死体に近づくと、それが死体であることに気が付き「ヒッ」と悲鳴を上げた。死体だと知った今、リリーにとってこの金髪美女は「敵」ではなくなり、それを知ったことでリリーはますます、この死体の美しさを実感した。
「あなたがやったの」リリーは失礼な質問をタバタにする。
「いやあ?川辺に打ちあがっていたのを子供たちが見つけたんだ」
「それを勝手に持ってきたの、あなたって人は!」
「誰も自分の物だとは言わなかったからな。俺が最初に自分の物だと言ったから、この子は俺のものなのだ」ニヤニヤ笑ってタバタは言った。
「それにしても… 」
リリーはタバタのことが好きではなかったが、タバタが自分を好いていると知った時、奸悪さを働かせ、タバタが自分に好意を寄せ続けるよう、振る舞った。しかし彼にはもう、この溺死体がいるのだ。リリーがそれを悟った時に感じた感情は多分、嫉妬だった。 「死体なんてすぐに腐ってしまうわよ、早く処分しなさい」
「それはどうだろうね?この死体はどうやら、海から流れてきたようだし、塩をたくさん飲み込んでいるから腐るのは当分先の事だと思うがね」
「なにせ汚いじゃないの」
「汚くなんてない!」タバタは叫んだ。リリーは一瞬ひるんだ。
「すまない… 本当に汚くなんてないんだよ、彼女がここに来てから丁寧に拭いてあげたんだ。爪の中の石とか、体中のヌメリとか、全部ね」
「あたし、村のみんなに言うわ」リリーは言いふらすことで、タバタを困らせてやろうと思った。
「好きにしたらいい、この子はおれの物だ」
「この子、だなんて、死んでいるのに」
「死んでいるからこそ、この子は誰より美しい」タバタは恍惚とした表情で自らの溺死体を見つめた。
その表情を横目で見ながら、リリーは憤然とした。溺死体に魅力で負けるなんて… 侮辱された気分だった。
「サイトウに言うわよ」リリーはいった。その言葉にタバタは怒りで目を見開いた。
「やめろ」彼は叫んだ。
「言うわ、それであなた達の埋葬方法でそれを処理してもらうわ」意地悪そうな顔でリリーは言った。
「やめろ、サイトウにはいわないでくれ、頼む」形勢は完全にリリーの側にあった。
「言うわよ、彼、なんていうかしらねえ?」
サイトウとは、タバタと同じ種族で、彼らは2人でこの村にやって来たのだ。放蕩者のタバタとは違い、サイトウは彼ら種族伝来の漢方やまじないなどで村人たちの病気を治したり、適切な結婚相手を探したり、食物を育てる方法を教えるなどして貢献し、村のリーダー的な存在になっていた。
「彼女が焼かれてしまう!」タバタは叫んだ。サイトウは村に彼ら種族独自の葬儀様式である、死体を焼くことを村人たちに勧めたのだが、村人たちは流石にそれを拒絶し、村伝来の埋葬法を取った。サイトウが死体を焼くことが出来ず悔しい思いをしていることは、村中の誰もが知っていた。
「その女なら、サイトウが焼いても誰も構わないでしょうよ!」リリーは叫んだ。
「やめてくれ… そんな、せっかく見つけたいい人なのに」涙を流しながらタバタは言った。
リリーは出て行こうとした。しかしタバタはリリーの腕をがっしり掴み、こういった。
「お前が焼かれればいいんだ」
その後、タバタは金髪溺死体の髪の毛を一本一本丁寧に抜いて、リリーの頭に植えていった。
そしてタバタが彼の故郷から持ってきた、化粧用のおしろいと呼ばれる白い粉をリリーの体中にぬりつけた。
そして、タバタは自ら、サイトウに溺死体の話を持ち掛けた。サイトウは目を輝かせ本当か!と喜んだ。さっそく、サイトウとタバタの故郷流のおぞましい、火葬と呼ばれる埋葬法が行われた。村人たちはみんな、怖いもの見たさでその葬儀に集まった。そこにはリリーの婚約者のアランも来ていた。
轟轟と燃え盛る火の中に、皆が異邦人だと思っている、その実はリリーの死体が投げ込まれる。村人たちはその儀式の奇異さに夢中で、それがリリーであるとは誰も気が付かない。もちろん婚約者のアランでさえも。
あぁ、今夜もタバタの家から、聞こえてくるではないか、いるはずのない恋人と、愛を語らう不気味な声が… 。
溺死体の金色の髪は死後もなお成長を続け、見事な長髪に戻っていた。タバタはその髪を丁寧にすくってあげる。彼の幸福は、今後もしばらく続くだろう。

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