「めくりエフェクト」

彼女とテレビを見ていると、アメリカで大規模竜巻が発生しているというニュースがやっていた。竜巻は巨大な化け物のように巻き上がり、家屋や車などをぶっ潰していった。
「災難だなあ」僕は本心からそういった。そうすると彼女が
「あら、あの竜巻はあなたのせいで起きたのよ」と言った。
「はあ?」僕は当然そういった。ジョークかと思った。しかしそれはジョークではなかった。
「あら、知らなかったの?あの竜巻はね、あなたが資本論を読んでいるときに、退屈だと言いながらペラペラページをめくった時の、あの風なのよ」
「なぜそれを知っているんだ」僕は赤面した。僕は大学生になった時、資本論くらい読んでおかなくてはまずいと思い、読み始めたはいいが、何やら専門用語が多くて訳が分からなくなって、10ページでさじを投げたのだ。確かその際、一応中身を通して見たということを示すために最後のページまでパラパラめくったことがあった。あれは彼女には見られていなかったはずだが。
「お馬鹿さんね。あなたに読めるはずないのだから最初から挑戦しなきゃよかったのよ。あなたが読んでいなかったらアメリカのこの竜巻は起こっていないのに」
「何を、バカな」僕は笑った。彼女もそれに合わせて笑ったが、ジョークを言っているときの笑みではなかった。
「あたし、あんまりジョークが得意でないの知ってるでしょ」確かにそうだ。彼女はあまりジョークを言わない。
「でも、そんなバカな事」
「じゃあ、試してごらんなさいな」
彼女は自分の言っていることがなかなか信じてもらえないことに若干不満をあらわにして言った。
「どれ」と言って僕は、これもまた途中で投げてしまったサルトルの嘔吐をパラパラとめくった。すると、どうだ、翌日のニュースでさらに巨大な竜巻がまた、アメリカに発生し人々の財産を破壊しつくしているではないか。
「ほらね」彼女は言った。「だから言ったじゃない」
「そんな… 」僕は唖然とした。
「あなたがどのくらい理解できているかで竜巻の大きさが変わるのよ」
「なぜ、そんなことまで知っているんだ」
「あら、当然じゃない。あたしはあなたの彼女なんだから」彼女は当然そうに言ってのけた。これは、面白い。僕はアメリカ人の財産や命をさほど重要なものだと思っていなかったので、難解な本を探しては竜巻を起こしていった。幸い、僕は頭がさしてよくないので、世間で難解とされている本でたいていは竜巻を起こせた。ためしに、理解できる範囲の本をパラパラめくって風を起こしてみたが、何も起こらなかった。
難解な本… 難解な本…
僕は竜巻を起こすのが楽しくて、難解な本を探し回った。聖書はどうだ。何も起こらない。
コーランは、小規模な竜巻が起こった。ニーチェはどうだろう。無風だ。ポエムはどうだ。
お、宮沢賢治で竜巻が起こった。なるほど、僕はこいつを理解できていなかったんだな。
「もう、やめなさいよ」彼女は僕をたしなめた。
「楽しいんだ。自然現象と僕の読解力が繋がっているなんて。こんな楽しい遊びはないや」
僕はそれから100回ほど竜巻を起こした。もちろん、死人も出たが、太平洋の向こう側の死者なんて僕とは無関係だ。
僕はそれから、小難しい本を読んでは、自分がその本を本当に理解できているかを試すためにパラパラめくった。すると、完全に理解したと思っていても、竜巻が起きてしまう本があった。僕は再度その本を読みこみ、パラパラめくる。また竜巻は起こる。また読む。めくる。竜巻は小規模になる。よしいいぞ。もっと読み込む。竜巻は起こらなくなる。やった!僕はこの本を完全に理解したぞ。
「こりゃ便利だ!」僕は笑った。
「もう」と言って、彼女も笑った。

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