「新人間中心説」

鼠たちが話し合っている。
「猫さんスタンバイいいかな?」
「あのデブ猫、のろまだからなあ、俺らの事ちゃんと捕まえられるのかね」
「ま、腐っても猫だしうまくやってのけるさ、しかしもしかしたら、こちらで走る速度を落としてやらなくちゃならないかもね」
「カーッめんどくさいねえ」
「でもまあ、あの猫が太っているのも、人間たちに怠惰の悪徳を理解させるためなのだ。仕方があるまい」
「あー俺一体後何度猫に食われれば猫になれるんだろう」
「まあ、あと5万回ほどじゃないかい」
「お前はあと1000回ほどか」
「ああ、やっとこの日が来た。やっと、やっと、猫に生まれ変われるんだ」
「感極まっているとこ悪いが、奴さん、準備が整ったようだぜ」「ふぁあ、ねむいなあ、鼠を狩るなんて面倒な事、とっとと終わらせよう。鼠さんたち準備はいいかい?始めるよお」猫は首をひねらせながらいった。
「はいはーいいいですよぉ」鼠たちは声を揃えていった。
「ニャーッ」
デブ猫は鼠を追いかける。その様子を人間の子供が見ている。
「よぉし、いいぞ、名演技だ、これで人間の子供に、自然の残酷さと、動物に対する愛護の精神を教えてやるのだ」追いかけられながら片方の鼠はいった。
「もっと早く走ってくださいよ猫さん、それじゃ逃げ切れちまう」
「ぜぇぜぇ、もっと遅くしてくれ」
「しょうがないなあ」鼠はスピードを緩める。
「もっと遅くして、お願い、ハァハァ」
「これ以上遅くしたらいくらバカな人間にも演技だってバレてしまいますぜ」
「もう走れない、転んでくれ、お願い」
「まったく… どうする?」鼠同士で顔を見合わす。
「お前、行けよ、あと1000回なんだろ?」
「え、いいのかい」
「いいともさ、お勤め終えて、早く猫になりな」
「ありがとう!猫になったら君を2万回は狩ってあげる」
「期待しないで待ってるよ」
片方の鼠が壁に激突して転んだ。デブ猫は息を切らしながら、壁際に追い詰める。人間の子どもは、固唾を飲んでその様子を見ている。
「ギャーッ」と猫が爪を立てようとしたその時、
「だめ!だめ!鼠いじめちゃ、だめ!」と子どもは言って、猫を張り飛ばす
「ほら、お逃げ」優しい子どもは鼠を逃がそうとする。
「なるほど、これが愛護の心というやつか、しかし如何せんタイミングが悪いなあ」鼠は思
う。
「怖いの?ほら、おいで、怖くないよ」虫かごを開いて満面の笑みで子どもは言う。
「余計なお世話とはこのことだ」鼠は思う。
「こっちに来なくちゃ危ないよ?猫に食べられちゃうよ、ほら、怖くないよ」
「ええい!こうなったら」鼠は意を決し猫の元に走る。
「危ない!そっちに行ったら!」
「口を開けてくれ!そこに飛び込むから!飛び込んだらすぐに噛み殺してくれ!」
「よし来た」デブ猫は口をあんぐり開けて鼠を待ち構える。人間の子どもは鼠を助けようと、捕まえようとする。
「走れ、走れ!」あと5万回お勤めが残っている鼠は傍から応援する。
「もうすぐだ、もうすぐだ。行くぞぉ」「来い!来るんだ!飛び込んで来い!」
「もうちょっとこっちに来てくれないか」
「それはできない、もう疲れちまって、動けないんだ。どうにかしてこの口まで走って来てくれ」
「あ、」鼠は人間の子どもの魔の手に捕まってしまった。
「ふぅ、危ない。バカだね、お前って奴は、僕が助けなきゃ今ごろあの世だったよ」
「そのあの世に行きたいのだ、バカタレめ」鼠は子供の手を思いっきり噛む。
「あ、痛ッ、噛んだな、ちくしょう」手からは血が流れる。
「今だ!早く!」
「行くぞ、行くぞ、もう少しだ」
「ケッ、もう好きにしろやい、人がせっかく助けてやろうってのに噛みやがって、もう助けてやんねえよ」
「それはありがたいことだ」鼠は猫の口に飛び込んだ。猫は約束通り鼠を一瞬で噛み砕いた。鼠はようやく死ぬことができた。
あと999回これを繰り返せば、この鼠は猫になれる。猫になったのち、100万飛んで240回死ねばようやく、人間になれるというわけだ。鼠になる前は昆虫になったり、植物になったり、寄生虫になったり、プランクトンにならねばならず、その前には数億年ほど石として過ごさなければならない。その前には風を数億年、そのまた前には原子を百億年ほど、その更にずっと前には無を、無量大数年演じなければならない。これはすべて、人間に対して、物を愛する心、生物の尊さや、他人に優しくすることを学ばせるためなのだ。蟻だって、行列を作ることで協調性を人間に学ばせ、わざと踏み殺されることで人間が持つ無意識の残酷さを理解させるのだ。宇宙はすべて、人間が物事を学ぶために作られた目が眩むほど巨大な教育装置なのである。では人間は誰に何を学ばせるためにいるのか?それはまた、別の話である。


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