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『奈落の女』を読んで

※ネタバレです。嫌な方は読まないでください。

今回は郷内心瞳先生の『奈落の女』を読んだ感想と考察をつらつら書いていこうと思います。これ、すごく嫌な話なんですよ。怖いというより「嫌」なんです。

これは前作から始まった「拝み屋念珠怪談」というシリーズで、語りも前作同様に「ある相談者が取材して集めた怪談の、大量の取材ノート」を中心に話が進みます。

※ここから本格的にネタバレになります※

郷内先生にはデビュー作から続いた「拝み屋怪談」のシリーズがありますが、この「拝み屋念珠怪談」のシリーズもそちらとつながっています。
なので、前作である「緋色の女」のラストでは悲鳴を上げるほど驚きました。

キーワードは「加奈江」さんです。
若かりし頃の郷内先生が生み出したタルパ(心理学で言うイマジナリーフレンドに近いけれどタルパの場合は現実に影響を出せる)ですが、彼女は「奈落の女」の時点では、ある怪異と融合して郷内先生の側にいます。
その怪異と融合する前の加奈江さんが「全く関係なく収集したはずの怪談」の中に出てきたのです。

その時点で得体の知れない違和感があったのですが、今作ではもっと直接的に郷内先生が狙われます。狙われてにっちもさっちも行かなくなってるところで終わってるので、引きとしてはとてもひどいです(笑)
全盛期の栗本薫が似たような事よくやらかして(爆)ってあとがきでやってたっけな(遠い目

ただ、今作を読んでやっとつながりました。
思えば郷内先生に就職の相談をするというところからおかしかったんです。拝み屋ですよ? まあ先生は何でも拝んでくださるんで可能性はゼロじゃないんですけど、いいとこのお嬢が「やりたいことが見つからない」なんて拝み屋に相談に来て、困った先生がひねりだした「怪談が好きなら集めてみたら?」に乗って何年も怪談集めるとか異常でしょう。

何がいいたいかというと、そもそも相談の時点から相手の手の上だった、という事です。
紹介だけで怪談としては上級の、恐ろしい話が続いていくのも異常です。同じような事が長く続くのは幸運でも縁でもないんですよ。
「誘導」なんです。

誘導されている本人には自覚はないんです。
自分で郷内先生を選んで相談し、怪談を集めて内容にもそれなりの成果を上げた、と思っているんです。
ただ、今作の最後のほうで郷内先生が上げた疑念を考えると、相談から誘導されていたのだと思います。
誘導がどこからだったのかは分かりません。敵の年齢から考えて主人公の女性の人生全てを誘導できたわけではないでしょう。
ただ、おそらくずっと監視はされていました。下手をしたら家族がつながっているかも知れません。
知らずに情報を渡すように誘導されていたかも。いや、血縁を考えたら悪意なく教えていたかもしれないです。

荒唐無稽な予想ではないと思います。
アフリカの有能な呪術師は「情報」を使います。
つまり、盗みに関する相談を受けたら「あのあたりにあるだろう」と託宣をします。そうするとそこから盗まれた品物が出てくるわけですが、これにはからくりがあります。
まず、相談者が「高名な呪術師に相談して、ここから出てくると言われた」と周囲にいうわけです。地域に寄っては神のように恐れられているので、それを聞いた犯人は恐怖からその場所に盗まれたものを返します。
結果として、呪術が当たった、ということになるのですが、私はこれも呪術師の力の一部だと考えます。
呪術師がワザと関係ない場所を指定することによってコミュニティとして平穏が保たれるわけです。

つまり、この「拝み屋念珠怪談」もそういう現実的な力の行使の一部だと思うのです。
怪談というのはそもそも紹介すら難しいです。
真面目な取材とはいえ、次々と続いていくのがもう異常だし、本に載せられるほどの怪談がボコボコ集まるのも異常なんです。
ありえないことが起きているなら、それはそのように誘導されていると考えたほうが腑に落ちます。
敵…というか相手はとんでもない歴史と力を持つ霊能者です。その影響力で、術など使わずとも誘導することは難しくないでしょう。
そして、主人公とされる女性はおそらく術で誘導されていました。
相手は人の行動を誘導する術を使います。収集された怪談のひとつとしてエピソードが出てきますが、本人の意識に関係なく行動を起こさせる事ができます。
そして、主人公はそうとは知らずに敵に会っています。しかも何度も。
ラスト近くで語られる能力を考えれば、暗示があったことすら消すこともできるでしょう。

他人を操る直接的な能力も怖いのですが、私はこの「善意や忖度を使って誘導する」力のほうが恐ろしいと思います。
アフリカの呪術師のように地域を平穏におさめるために使っているなら良いのですが…この敵はそうではないようですから。
善意で行った忖度の先に誰かの、世界の破滅があるとしたら…。

そこまでして郷内先生を絡め取ったのは、どうやら加奈江さんと融合している怪異が目的のようです。あれも最上級の怪獣ですからね…。
変な搦め手を使わなくても力技で持っていけるんじゃないか、と思いましたが、先生本人の同意が必要な何かがあるのでは、と予想します。
先生も気難しいですからね…。加奈江さんに危険があると承知で「それください」と言ってくれるわけもないし、おそらくそれではダメだったんでしょう。

色々ありましたが、加奈江さんは先生を守るために怪異と融合しました。加奈江さんの思いが成就する結果ならいいのですが。
郷内先生が今ご健在であるということは、なんとかなったと考えて良いのだと思うのですが、気になります。

どれほど力があっても、日本全国全ての怪異をリアルタイムで知ることは不可能です。
郷内先生は確かに敵より弱いのだと思いますが、先生のところには特上の怪異が集まります。怪談じゃなくて怪異の本体が寄ってくるんですよね…。
さらに、それほどの怪異と相対してなお生きて作品を上梓し続けています。
たぶん、この縁…というか怪獣ホイホイ体質と生き延びる才覚が、先生を非凡なものにしているのだと思います。

「奈落の女」のヒキがだいぶひどいので(笑)、早めに続きが上梓されることを願います。

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