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短編小説 『夏の悪魔』

 僕の名前は鈴木勇気。都内の大学に通う、どこにでもいる普通の大学生だ。中学・高校の頃から勉強は出来る方だったが、コミュニケーション能力に欠けるため、友人はほとんどいない。いわゆる陰キャ・ボッチというヤツだ。彼女も当然いない。友人もいない僕には、カノジョはハードルが高すぎる。女性に興味が無いわけではないが、自分から話しかけたことはないし、ましてや告られたこともない。現在20歳、世間で言う『彼女イナイ歴イコール年齢』というヤツだ。

 今日は、大学のクラスメートの杉山に、近くの喫茶店に呼び出されている。杉山はいわゆる陽キャ・イケメンというヤツで、男女問わず人気が高い。杉山は友人ではない。彼とは、大学の学部が同じこと以外の接点はなく、普段は挨拶を交わす程度だが、定期試験の前になると少し状況が変わってくる。講義が終わった後に、杉山から声を掛けられた。「鈴木君、この授業のノートを貸してもらえないかなぁ?。今度コーヒーでもオゴるからさぁ」。

 4か月分の授業ノートがコーヒー1杯というのは、等価交換の原則から言えば明らかに不釣り合いだが、周囲の女性陣の眼もあって、シブシブ承諾した。これが空気を読むということのようだ。今日大学近くの喫茶店に呼び出されたのは、ノートの返却とそのお礼(コーヒー?)のためだった。

 僕の名前は”勇気”だが、名は体を表すことはなく、”勇気のない意気地なし”だ。この喫茶店の存在は知っていたが、もちろん一人で入る勇気はなく、今日が初めてだった。ドアを開けると、カウベルのような鈴が音をたてた。その音に気付いたカウンター内の女性従業員が、ニッコリ微笑みながら「いらっしゃいませ」とほほ笑んだ。

 これが一目惚れ、英語で言う”Love at first sight”というヤツだろう。僕はその女性従業員に心を鷲掴わしづかみにされた。杉山の情報によれば、彼女の名前はキョウコさんと言って、近くの女子大に通っている4年生だった。この店には、一年前からアルバイトとして働いているらしく、杉山は「自分は、この店の常連だ」と自慢していた。

 キョウコさんは、見た目は黒髪ロングの清楚系女子だが、受け答えがハキハキしていて、笑顔が魅力的だ。店の常連には、キョウコさん目当ての人も多いらしい。その日は杉山にアイスコーヒーをオゴってもらったが、キョウコさんが気になって、チラチラと目で追ってしまった。しかし、勇気のない僕こと”鈴木勇気”は、その後、一言も発しないまま喫茶店をあとにした。

 僕はその後、勇気を振り絞って、週3のペースで喫茶店に通った。キョウコさんが注文を聞きに来ても、緊張して話しかけることは出来なかった。「ご注文は?」と聞かれても、いつも「ア、アイスコーヒー」と言うのが精一杯だった。僕は、「キョウコさんはどんな人が好みなんだろう?」とか「どんな味のアイスが好きなんだろう?」と、キョウコさんのことをあれこれ妄想するのが、ここでの奇妙なルーチンワークとなっていた。アイスコーヒーを飲み、スマホを操作するふりをしながら、時々キョウコさんをチラ見している姿は、冷静に見れば不審者そのものだ。

 三週くらい経った頃、いつものように会計を済ませようとすると、キョウコさんが「いつも、ありがとうございます」と声をかけてくれた。僕は天にも昇る気持ちだったが、「えぇ・・・」とぎこちない笑顔を返すことしかできなかった。

 僕の趣味は”魔法の研究”だ。といっても、中二病をこじらせて魔法や魔術を信じているわけではない。”魔法の歴史”に興味があるのだ。魔法の歴史に興味を持ったのは、トールキンの『指輪物語』や『ホビットの冒険』を読んだことがキッカケだった。中学生の頃に読んだファンタジー世界は、現実世界から逃避させてくれる唯一の楽しみだった。その頃から、僕の魔法研究は始まった。

 僕には行きつけの古本屋さんがあった。その古書店は、『天満堂てんまどう』という名前だ。店主の古老・シゲさんは、「本当は天魔てんまという字にしたかったんだけど」と言っていた。この店は、天使や悪魔に関する古書が充実していて、西洋の古書も所狭しと積まれている。僕はコミュ障だが、シゲさんとは話が合った。シゲさんとは中学生の頃からの付き合いだ。

 「面白い本を仕入れたんだが、読んでみないか?」と、珍しくシゲさんが声をかけてきた。シゲさんとは割と話す方だが、向こうから話しかけてくることは殆どなかった。シゲさんも僕と同じで、コミュ障なのだ。そのシゲさんが話しかけてくるくらいなので、僕はその本に俄然興味が湧いた。シゲさんが言うには、とある教会に隠されていた黒魔術に関する本なのだそうだ。僕には真偽はわからないが、古そうな本であることは見ただけでわかった。

 その本は装丁そうていがボロボロで、本の後半部分が欠落しているので、安く手に入ったそうだ。安いと言っても、貧乏な大学生には手が出ない値段だ。僕はシゲさんの好意で、その本を一週間ほど貸してもらうことになった。本はラテン語で書かれているので、そう簡単には読むことが出来なかった。しかし、僕には強い味方がいた。そう、AIによる機械翻訳だ。序文をテキストに変換して、試しに翻訳してみると、やはり魔術に関する本らしいことがわかった。続きを読みたかったが、いつの間にか眠気に襲われ、寝入ってしまった。

 夢の中では、悪魔らしき人物が出て来て、僕に話しかけてきた。悪魔は人間のような姿をしていて、見分けがつかなかったが、西洋人の顔立ちなので、たぶん悪魔なのだろうと納得した。「あっ、あなたは悪魔さんなのでしょうか?。日本語じゃなくて英語で聞いた方が良かったのかなぁ・・・?。Are you・・・」。すると、悪魔が言葉をさえぎるるように「そのままで良い。今は脳に直接話しかけているので念じるだけで話は通じるはずだ」と言った。

 悪魔の話を要約すると、「500年ほど前に神父のフォース?で、この本に封印されていたが、僕の強い願望に感応して、夢のなかに現れた」らしい。悪魔は「夢の中とはいえ、悪魔を召喚してくれたのだ。礼をしよう。何か一つだけ、おまえの願いを叶えてやろう。ただし、悪魔の願望成就は、等価交換が原則だ。小さな願いには小さな代償で済むが、大きな願いには大きな代償が必要だ」と言った。僕は迷わず「キョウコさんと仲良くなれるようにして欲しい」と悪魔にお願いした。悪魔は、「わかった。ただし、等価交換であることを忘れるな」と念押しされた。

 翌朝、目覚まし時計のけたたましい音に起こされた。何かリアルな夢を見ていたようだが、起きたと同時に忘れてしまった。それから、いつものようにトーストと野菜ジュースの軽い朝食を済ませ、大学に向かった。大学の途中にある交差点で、キョウコさんを見かけた。キョウコさんも朝の講義に向かっている途中なのだろうと、キョウコさんの笑顔が見れたことに小さな幸せを噛み締めていた。視線を逸らすと、交差点の先から猛スピードで走って来る車が目に入った。その車は、赤信号なのに速度を落とすことなく、交差点に進入してきた。「危ない!」と思った瞬間、交差点に向かって走り出していた。その後の記憶は曖昧だ。

 気が付くと、見知らぬ天井が目に入った。少しづつ周囲を見回すと、病院のベッドだということがわかった。足先に鈍痛を感じて足先を見ると、右足の先がギプスで固定されていた。混濁していた意識が戻り、現状を理解しつつあった。「そうか、あの交差点で跳ねられたんだ。でも、キョウコさんは・・・」。程なくしてキョウコさんが病室に入ってきた。キョウコさんは、目を覚ました僕を見て嬉しそうに微笑んだ。「やっと目を覚ましたのね。あなたが私を助けてくれたのよ」。

 キョウコさんがその後の顛末を簡単に話してくれた。幸い、キョウコさんは転んだ時にできた擦り傷程度で、命に別状はなかった。しかし、車を運転していた人は意識を失っていたらしく、その後亡くなったと知った。「鈴木君のお陰で助かったんだよ。ありがとう」と言って、キョウコさんはうっすらと涙を浮かべていた。僕は勇気を出してキョウコさんに話しかけた。

「ところで、キョウコさんの好きなアイスは何味ですか?」
「いま、そんなこと聞く?」とキョウコさんは苦笑した。

*この話は、buck numberの『高嶺の花子さん』にインスパイアされて書いた短編小説です。BGMに『高嶺の花子さん』↓↓↓を聞きながら、読んで下さい。




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