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マグネシウム文明論 再考

 環境問題が叫ばれ、地球温暖化を抑制するために、二酸化炭素の排出を削減する様々な取り組みが行なわれています。現在のように、エネルギーを化石燃料に頼っていれば、二酸化炭素の排出は避けられません。しかし、化石燃料を介在させず、二酸化炭素も出さない新しい循環型社会システムを提案した人がいます。それが、ここで紹介する『マグネシウム文明論─石油に代わる新エネルギー資源』を書いた東京工業大学名誉教授の矢部 孝博士です。

 矢部先生は、CIP法と呼ばれる双曲型偏微分方程式を解く高次精度差分法の開発者として、流体・電磁気の数値計算分野では特に有名です。その矢部先生が全く畑違いの”環境問題”に取り組んだ結果が、「海に無尽蔵に含まれるマグネシウムをエネルギーとして活用する構想」です。簡潔に要約すると「太陽のエネルギーを利用して、無尽蔵の燃料を取り出し、温暖化ガスを排出しないエネルギー社会を目指す」というものです。これを”マグネシウム循環社会”として提唱していう。この本自体は、2009年に出版されていますから、すでに十年以上前の提言になります。

 現在、大容量の電池として使われているのはリチウムイオン電池ですが、矢部先生の説明では、マグネシウム電池は、同じ質量から取り出せる電力量がリチウムイオン電池の9倍になるとのことです。言い換えれば、同じ要領なら1/9のサイズに小型化できます。しかし、矢部先生のアイデアの肝はマグネシウム電池ではありません。矢部先生のアイデアの核心は、マグネシウムの燃焼後に出る酸化マグネシウムに太陽光励起レーザーを照射することで、再びマグネシウムを取り出すリサイクルの仕組みにあります。

 現在、カーボンニュートラルに関する様々な提案がなされています。最近ではアンモニアを燃焼する方法などがニュースに出ていましたが、結局は二酸化炭素の呪縛から逃れることはできません。また、どのアイデアも海外案の受け売りです。矢部先生の国産アイデアは、残念ながらまだ実現化していません。素晴らしい発想でも、実用化・商品化までの間には”死の谷”と呼ばれている大きな壁が横たわっています。

 ”マグネシウム文明論”は突拍子もないアイデアかもしれません。しかし、これまでの技術の延長線上にない突飛なアイデアは私には魅力的です。マグネシウムをめぐる最近の動向は知りませんが、秘かに生き延びていることを願ってやみません。


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