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ウロボロスの遺伝子(14) 第3章 MADサイエンス研究所⑥

「コモリタイヨウ君が引きコモリタイヨウ。これも駄洒落ですか?」と黒田が尋ねた。
「小森太陽は、もちろん偽名です。なんでも、仙石所長によると彼は高校一年生のときに国際数学オリンピックで金賞を取ったことがあるそうです。ですので、調べれば本名もすぐにわかります。でも、ここでは誰も気に留めません。小森君は小森君なのです」白鳥が言った。
「それから小森君は、この前の誘拐事件解決の功労者の一人でもあります」白鳥が続けて説明した。

「どういうことでしょうか?」と赤城が聞いた。
「私がお話しましょう」今度は青山が説明を引き取った。
「小森君の趣味はハッキングです」
「ハッキングと言っても、何か特別な悪さをするわけではありません。腕試しのため、セキュリティの堅牢なサイトに侵入することで、彼自身のスキルを向上させているのです」
「セキュリティが堅牢なサイトであればあるほど、彼はそのセキュリティ破りに燃えるのです」
「この前の誘拐事件の時は、警察庁のサーバを覗き見していた時に、たまたま『康幸ちゃん誘拐』に関連した文章ファイルの中身を読んでしまいました。その話を、彼が研究所のコアタイムでみんなに話したのです」
「コアタイムでは、食事しながらの雑談が多いのですが、話題提供者が自分の気になったことを話して、みんなで話し合うこともあります。具体的にどうやって犯人を捜したかは、小森君本人に説明してもらいましょう」青山が小森に話を振った。

 少し間をおいて、小森がゆっくりと話し始めた。
「――あの日は話題提供の当番だったんだけど、特にしゃべることがなかったから、前日深夜のハッキングと誘拐事件のことを皆に話したんだ」
「そうしたら食堂のおばちゃんが、誘拐された子供が幼くて可哀想だ、小森君が事件を見つけたんだから小森君が助けてあげなさい、と無茶ブリしたんだ」
「誘拐事件の捜査なんてことには全く興味ないんだけど、食事の出前でいつもお世話になっているおばちゃんの頼みだから、渋々引き受けたんだ」顔を真っ赤にしながら、小森が恥ずかしそうに説明した。

「どうやって犯人を捜し出したんですか?」犯人捜しの核心が気になった黒田が聞いた。
「意外と簡単だったよ」
「警察庁のサーバにあった捜査情報のファイルには、誘拐事件の推定犯行時間と犯行場所が書かれてあったんで、その時間帯のその犯行場所周辺の防犯カメラの映像と、その周辺を通過したバスやタクシーのドライブレコーダの映像をネット経由で集められるだけ集めたんだ」
「その後で、顔認証ソフトで顔画像を切り出して、警察庁の犯罪者リストの写真と照合したんだ」小森がたどたどしく説明した。

「そんなことができるの?」赤城が驚いて聞いた。
「研究所のコンピュータを使えば簡単さ!」
「僕が開発したマッドの顔認証ソフトは、人の正面と横顔だけでなく、マスクやサングラス、覆面にも対応しているから、犯人が三人だと絞り込めたんだ。スパコンでも一時間くらいかかっちゃったけど」小森がやや自慢げに言った。
「研究所にはスーパーコンピュータがあるんですか?」赤城がさらに驚いて青山に聞いた。
「研究所の地下一階にコンピュータ室があり、そこに当研究所のテクニカルスタッフが開発した超並列型スーパーコンピュータがあります。世界一ではありませんが、計算速度は世界で十位以内には入っていると思います。因みに、まだ開発中のものですが、量子コンピュータもありますよ」青山が平然と説明した。

「そんなすごい計算機設備があるのに、セキュリティに関しては手を抜いているんですか?」赤城が先ほどから気になっていた研究所のセキュリティについて、少し意地悪な疑問をぶつけた。
「そんなことはありません。研究所独自のセキュリティシステムがあります。気が付かなかったと思いますが、研究所の2キロ手前から数十台の監視カメラで常時監視をしています」
「もちろん、研究所の内部も同じです」
「それから先ほどの説明のように、犯人を捜し出した顔認証システム、これは小森君が開発したものですが、これで誰が研究所に近づいているかを事前に把握しています」
「赤城さんたちが当研究所に近づいていることも、このセキュリティシステムでわかりましたよ。それで、副所長に慌てて連絡を入れました」と青山が説明した。

「蛇足ですが、研究所の建物自体が衛星写真に写らないように、光学的な迷彩を施しています。ステルス技術の応用みたいなものですが、詳しい原理はお話しできません・・・・・・」
「この研究所の存在は秘密でも何でもないのですが、ポツンと建った山間(やまあい)のビルは目立つので、できるだけ目立たないようにこのような措置を取っています」
「それで、どの衛星画像にも建物が写っていなかったんですね。驚きました。まるで狐につままれているようです」黒田が時代錯誤な表現で驚いた。

「話を戻しましょう。小森君、説明を続けて下さい」青山が説明を促した。
「前科がある一人については犯罪者リストの画像から簡単に名前がわかったけど、残りの犯人二人の方は前科が無かったので、ちょっと手こずったね」と小森が言った。
「どうやって見つけたんですか?」赤城が小森に聞いた。
「最初にわかった犯人との接点が不明だったんで、怪しげな依頼を仲介する闇サイトに当たりを付けて全てのサイトを全文検索したんだ。これは人見さんの入れ知恵だけどね」
「そうしたらビンゴ。誘拐に関係ありそうなやりとりが見つかったんだ」
「間抜けなことに、二人とも自宅から、しかも正規のネット接続業者の登録アドレスを使っていたので実名を探すのには苦労しなかったよ」
「無料の無線LANアクセスポイントからの接続で、フリーメールを使われていたらもう少し時間がかかったかもしれないね」小森がやや誇らしげに説明した。

「ところで誘拐犯たちが潜んでいた空き家は、どのようにして見つけたんですか?」と黒田が聞いた。
「さっきの方法で実名がわかったから,スマートフォンの会社のサーバをハッキングして調べたら、前科のない犯人二人のスマホの電話番号が特定できたよ。それから、そのうちの一人のGPS機能がオンになっていたんで、大体の潜伏場所はすぐに掴めたよ」
「次に、その付近の防犯カメラの映像を集めて、犯人たちが出入りしている空き家を突きとめたんだ」小森が潜伏先の特定までの手順を説明した。

 説明を聞けば筋道が通っていて、なるほどと納得できる内容であるが、赤城と黒田は俄(にわか)には信じられなかった。
「犯行動機もコンピュータでわかったんですか?」警察出身の黒田が聞いた。
「それは人見さんの担当さ。いくらスパコンでも人間の心理までは計算できないよ」小森の答えに、赤城は何だかほっとした。
「人見さんには、今度の事件にも協力してもらわないといけないので、後で紹介します。まずは本題のウイルス誘拐について話しましょう」青山が話題を変えた。
「今回のウイルス誘拐の件も、小森君が首相官邸のサーバをハッキングしたときに見つけました。まずは、白鳥先生に鳥インフルエンザウイルスについて説明して頂きましょう」


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