見出し画像

ウロボロスの遺伝子(31) 第6章 国立ワクチン研究所④

「最初にお聞きします。鬼塚局長からの問い合わせの前に、鳥インフルエンザウイルスの盗難を知っていたのに、警察や厚生労働省に届け出なかったのはどうしてですか? 盗難を隠蔽《いんぺい》しようとしたんじゃありませんか?」赤城が福山を問い詰めた。
「何を馬鹿な事を言うんだ! そんな意図は全くない。ふざけたことを言うな」福山が声を荒げて怒りながら答えた。
「盗難の隠蔽は全く考えていなかった。この件の重大性を考えて盗難の有無とその経緯を何度も調べていただけだ。確認に手間取ったのはそのためだ」少し冷静になった福山が補足した。
「犯行時間は深夜ということですが、深夜の不審者が疑われずにウイルスを盗むことが可能でしょうか?」黒田が質問した。
「犯行が可能かどうかは私にはわからん。ただし、研究所内では夜遅くまで研究をするグループもいるので、白衣を着てマスクを着用していれば、怪しまれることはほとんどないと思う。残念なことだが・・・・・・」福山が険しい表情で答えた。

「話を変えますが、福山所長ご自身のことをお尋ねします。詳しいことはお伝えできませんが、犯人の要求項目のなかに福山所長の辞任が含まれています」と赤城が言った。
「――私の辞任?」何か思い当たる節があるのか、福山は腕を組みながら、ゆっくりと天井を見上げた。
「福山所長には、人から恨みを買うような心当たりはありませんか?」赤城が恐る恐る尋ねた。
「私はワクチン研究所の所長だ。また、日本のワクチン研究の第一人者でもあると自負しておる。この地位に登るまでに、他者との軋轢《あつれき》が少なからずあったことは認めよう。また、研究所長として、部下の研究員たちに厳しい言葉を浴びせたこともあったのも事実だ。最近では、パワーハラスメントやアカデミックハラスメントと言われるかもしれんが、それも研究所員のことを思ってのことだ」福山が憮然(ぶぜん)として答えた。
「私はウイルスを盗まれた被害者のはずだが、まるで盗んだ犯人のような扱いだな」福山は赤城を睨(にら)みつけた。

「話をワクチン研究所のことに戻しますが、最近研究所を退職された方はいますか?」黒田が切り口を変えた質問をした。
「定年や大学・企業への転職などの理由で退職した職員は何人かいたとは思うが、いちいち全てを覚えてはおらん。事務部の人事係に行けばわかると思うので、私から連絡しておこう。この後で二階の人事係を訪ねてくれ」と福山が答えた。
「ご協力、ありがとうございました。この後、人事係とセキュリティ担当者に少しだけお話を伺います。よろしいでしょうか?」赤城が聞いた。
「もちろんだ。やましいことは何もない」と、福山はこれ以上の質問は受け付けないぞ、という雰囲気を全身に纏(まと)っていた。

 赤城は、福山が何か重要な情報を隠しているのではないかという印象を持ったが、そろそろ潮時だと感じて面談を打ち切る決心をした。
「長い時間、面談に協力頂いてありがとうございました。我々はこれで失礼します」と赤城が言った。
「コーヒー、ごちそうさまでした。大変おいしかったです」と黒田が礼を言った。
「タピオカミルクティもおいしかったです」と赤城も礼を言った。
 赤城と黒田は深々とお辞儀をして、最上階のレストランを後にした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?