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ウロボロスの遺伝子(36) 第7章 MADサイエンス研究所・再び①

 黒田と赤城の二人は、高速道路の出口に近づいていた。
「快適なドライブでしたね」黒田が赤城に同意を求めた。
「とんでもない! 赤色点滅灯のサイレン音は五月蠅(うるさ)いし、それから黒田さんは速度の出し過ぎです!」赤城が不満げに抗議した。
 黒田は高速道路の出口付近でようやく車の速度を緩めると、赤色点滅灯を消して、高速の出口からMADサイエンス研究所へ向かう一般道に入った。ここからは速度の出せない曲がりくねった山道が続くので、黒田も慎重に車を運転した。カーブの多い山道のため多少時間がかかったが、二度目の訪問なので、二人は迷うことなくMADサイエンス研究所に到着した。

 前回と同じように駐車場に車を止めてエントランスに近づくと、今回は七十代くらいの白髪の老人が大型モニタに映し出された。
「マッドサイエンス研究所に、ようこそ。儂は所長の仙石じゃ。今後のことは青山君にすべて任せておる。安心して食堂に進みなされ。ふぁっふぁっふぁっ」モニタ内の長髪で白髪の老人がしゃべった。
「今回は本当に“仙人”みたいでしたね」と黒田が言った。
 まだ正午を少し過ぎた時間帯なので、一階の食堂にはサイエンス研究所のルールであるコアタイムで集まっていた多くの研究員がまだ残っていた。そのなかには、赤城と黒田が前回の訪問で世話になった青山や人見の姿を見ることができた。副所長の白鳥は、まだ日課の農作業から戻っていないのか、顔が見えなかった。赤城たちに気付いた青山は、「こっちですよ」と手招きして二人を呼び寄せた。

「人見さんが犯人の行動を分析して、今回の犯人像の統計的な傾向を心理プロファイリングしてくれました」青山が言った。
「この前は途中で眠ってしまってごめんなさい。今日は大丈夫だと思うけど・・・・・・。今回も心理サウンディングを実施したかったんだけど、そのためには少し情報が不足しているの」と人見が言った。
「早速、本題に入るわ。犯人はかなり頭が切れる人物ね。理路整然とした思考の持ち主で、しかも行動が大胆だわ。ただし、これまでの犯行すべてを一人で計画・準備・実行することは不可能に近い。単独犯には難しい犯行ね。複数犯による犯行の可能性が高いと思うわ」
「まずは犯人の人物像についてだけど、犯人の一人は生命科学に造詣(ぞうけい)が深い研究者、または技術者じゃないかしら。国立ワクチン研究所への大胆な侵入と、研究所内での違和感の無さを考えると、男性の可能性が高いと思うわ。ワクチン研究所の関係者が一番怪しいわね。もう一人の犯人は、コンピュータにかなり詳しいコモリン級のハッカーね。こちらの性別はわからないわ。それから、三人以上の犯行も考えられるけど、犯行計画の漏洩の危険性を考えれば、二人による犯行にまず間違いないわ」人見が流暢(りゅうちょう)な日本語で続けた。

「次に犯行動機だけど、ウイルス拡散による無差別なバイオテロを考えていることから、拡大自殺の心理状態に近いんじゃないかしら」
「拡大自殺とは何ですか?」黒田が聞いた。
「拡大自殺は、誰かを道ずれにして自分も自殺する、または自殺しようと考える殺人のことを指すわ。正確な定義はないけど、親子心中や介護心中もこの拡大自殺に含まれるわ。日本では、秋葉原の無差別殺人や、障害者を狙った相模原の殺傷事件もこのカテゴリ―に含まれるわ。ただし、この二つの事件については犯人が自殺する前に逮捕されているけど・・・・・・。これらの事件には様々な背景があると思うけど、閉塞感の強い現代社会では、絶望した人間を凶悪な犯罪に導く環境が次々と生み出されているのかもしれないわね」と人見が冷静に解説した。
「それから、ウイルスの身代金の金額が大きいけど、ちょっと現実的な金額ではないわ。何か別の目的があるはずよ。単純な金銭目的ではなさそうね。例えば日本政府への不満とか、福山所長への個人的な恨みとか」と人見が言った。
「ワクチン研究所の過去十年間の退職者リストなら、ここにあります」と赤城が言った。
「コモリン。これまでの説明を、もちろん聞いてたでしょ。ここからはあなたの出番よ。しっかり・・・・・・」と自分の役割が終わったことを示すかのように、サイエンス研究所の眠り姫がゆっくりと眠りについた。


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