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短編小説 『迷信』

 季節外れの長雨が止んで、久しぶりの快晴だった。トウチャンは、朝早くから漁に出ている。カアチャンは、朝飯の準備で忙しそうだ。オレは悪戯いたずら盛りの弟たちの面倒を見ている。

 この地の南には広い海があって漁には最適だ。また、村の北側には広い森が広がっていて、果樹や木の実も豊富に取れる。今年は栗が豊作で、冬の貯えも十分だ。食料に困らない理想的な土地に移り住めて幸運だった。ここに来る前は、この地の南にある島々を転々としていたとトウチャンは言っていた。この地に移り住んだのはヒイジイチャンの時からだと、トウチャンから聞いている。しかし、ヒイジイチャンはとうに亡くなっているし、ジイチャンも昨年、病気で亡くなった。

 バアチャンは村一番の長生きで、ユタと呼ばれるマジナイ師をやっている。この村には何人かのユタがいるが、バアチャンが村一番のマジナイ師だ。トウチャンは、「あんなのは迷信だ」と言って信じていないが、オレはバアチャンを信じているし、尊敬もしている。そのバアチャンが、今日もシカの骨を焼いていつもの占いをしていた。

 バアチャンに朝飯ができたことを知らせに行くと、新月の次の朝に行なう占いの最中だった。占いが終わるのを待っていると、バアチャンが「海神様がお怒りじゃ~!」と奇声をあげた。「バアチャン、どうしたの?」と聞くと、「海から巨人がやってくる」とバアチャンが震えながら言った。

 朝飯の時間を知っていたかのように、トウチャンが漁から戻ってきた。トウチャンにさっきのバアチャンの話をすると、「そんなのは与太話だ」と相手にしない。これまでにも何度か神のお告げはあったが、ヒイジイチャンの時代から当たったことはなかった。トウチャンの言うことも一理ある。でも、今度のバアチャンの驚きようは、いつも以上だった。

 今朝はあんなに晴れていたのに、昼から黒い雲に覆われた。黒い雲からは雪のようなものが降ってきたが、雪ではなくヨナと呼ばれる灰だった。この村の南には大きな島があって、その島の真ん中には”火の山”がそびえている。一度トウチャンの漁に同行して、この”火の山”を見たことがあるが、煙をモクモクと吐いていたのをよく覚えている。この辺りでヨナが降ることはよくあることだ。

 大漁だった魚を日干しにしているトウチャンが「ヨナが降ってきた。急いで片づけるんで手伝ってくれ」とオレに向かって言った。弟たちの子守を切り上げて手伝いに行こうとすると、地面ナイが大きく揺れ始めた。地震ナイフルは初めてではないが、今日のはいつもより激しいみたいだ。ナイフルが収まって少しすると、今度は今までに聞いたことが無い轟音が聞こえてきた。村祭りの太鼓の音の何倍も大きな”ドーン”という音だ。

 尋常ではない出来事に、トウチャンも我に返って家族に向かって言った。「みんな丘に登れ!。早く!。俺はバアチャンを担いでいく」。トウチャンの機転で我々家族は生き延びたが、海からの大津波で村は全滅になった。また、ヨナが降り続いて、その後に村に住み続けることもできなくなった。ずっと後になってわかったことだが、海神様の怒りで、海の中にある”火の山”が大爆発を起こしたらしい。

 ここは7400年前の鹿児島・上野原遺跡がある場所である。

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