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ウロボロスの遺伝子(50) 第8章 廃校舎⑨

「二人ともわかってると思うけど、そんなことは正しくないわ。無関係な人たちへの鳥インフルエンザウイルスの被害を考えたことがあるの!」と赤城が言った。
「小森君――じゃなかった林田君のお姉さん、弟さんが悲しみますよ」黒田がじわじわと山根と秋菜に近づきながら言った。
 秋菜は一瞬動揺したが、「春馬(はるま)なら、いつかわかってくれるわ」と言った。
「黒田さん、それ以上近づくと、放鳥のスイッチを入れるわよ」と言って、秋菜がスマホに手をかけた。
「あなたが拳法の達人だということは、この前の件でよくわかっていますよ。黒田さん、これ以上は近付かないで下さい」と山根が黒田から遠ざかりながら言った。

 十分間にも感じられるような緊迫した沈黙が、十秒ほど続いた。その時、遠くから近づいてくるヘリコプターのローター音が、四人の耳に聞こえてきた。次の瞬間、「ガシャーン。バラバラ」、外に面した窓側から、窓ガラスを粉々に粉砕して何かが教室に撃ち込まれてきた。その何かは、床に落ちて周囲にパラフィン臭のする白煙をまき散らした。

 それが発煙筒だと赤城が認識する前に、すでに黒田は動き出していた。黒田は動揺した秋菜に素早く近づくと、手刀で両手首を狙い、拳銃とスマホを床に叩き落した。秋菜はすぐにスマホを拾ってスイッチを押そうとするが、両手が痺れてスマホを拾えなかった。次に黒田は、流れるような連続動作で山根に近づき、同じように拳銃とスマホを叩き落した。それから黒田は山根の鳩尾(みぞおち)に肘を打ち込んで、山根を気絶させた。最後に、黒田はゆっくりと発煙筒を拾い上げ、燃えている部分を床板にこすりつけて消火した。

 実際には初めて見る黒田の俊敏な動きに、赤城は目を丸くした。気を取り直した赤城は秋菜と林田のスマートフォンを拾い上げて電源を落とし、教室の外側に面した窓を全開にして発煙筒から出た煙を換気した。次に、呆然として立ち尽くしている秋菜を横目に、福山の体の拘束を解いた。

 手足の拘束を解かれて安心した福山は、椅子から立ち上がって赤城と黒田に向かって言った。
「本当に助かった。これも君たちのお陰だ。身に覚えのないことで、危うく殺されるところだった。こんな奴らは決して許しておけん。必ず重罪にしてくれ」と言い、福山が握手を求めるような仕草で赤城に近づいてきた。赤城は、その手に触れた刹那(せつな)、その腕をとって福山を一回転させ床に叩きつけた。不意打ちを食らった福山は、したたかに後頭部を床に打ち付けて、その場で意識を失った。

「皆さん、そろそろ終わりましたか?」柱の陰からひょっこり顔を出した青山が、教室内部を覗きながら緊張感のない声で言った。
「やっぱり、あなたでしたか。発煙筒を打ち込むなんて無茶し過ぎですよ。私達に当たっていたらどうするつもりですか?」と赤城が言った。
「発煙筒の発射装置は、おやっさんがヘリコプターの改良のついでに面白半分で取り付けた“オモチャ”です。こんな時に役に立つとは思いませんでしたが・・・・・・」
「教室内のやり取りは、赤城さんの防弾ベストに取り付けた盗聴マイクで聞こえていました。それから、二人の居場所も赤城さんのマイクの音声情報から大体わかっていました。これは、おやっさんの発明ですが、四ケ所に取り付けた盗聴マイクで拾う音声の時間差から、喋っている人の場所を知ることができます。あとはタイミングだけでした。赤城さんと黒田さんなら、臨機応変に何とかしてくれると信じていました」と青山が表情を変えずに言った。
「赤城さんこそ、ちょっとやり過ぎじゃないですか?」と、気絶して倒れている福山を見ながら青山が言った。
「いつから覗(のぞ)いていたんですか?」と赤城が恥ずかしそうに聞いた。
「ちょっと前から柱の陰で」と青山が申し訳なさそうに答えた。
「は、発煙筒の煙で前が良く見えなくて、犯人と見間違えたんです!」と赤城が強引な言い訳をした。


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