短編小説 25億回の鼓動
遠い異国の地では、戦争が起こっているとニュースで知っているが、俺には関係のない話だ。休日の今日は、楽しみにしていた友人とのゴルフだ。昨晩の天気予報では「急な天気の崩れがあるので、ご注意ください」と言っていたが、今朝は快晴で絶好のゴルフ日和だ。久しぶりのゴルフなので、昨夜は興奮して寝不足気味だが、気分は悪くない。
少し早めに郊外のゴルフ場に着いたが、友人たちもゴルフ開始が待ち遠しいのか、早々と到着していた。「今日は前回のリベンジだ」。「お前みたいなヘタクソには負けないよ」と談笑しながら、最終ホールまで順調に進んで行った。最終ホールの自分の順番になった頃、急に辺り一面が黒雲に覆われて暗くなってきた。時折、突風も吹いてきた。ゴルフ場のアナウンスで「雷雲が近づいています。ご注意ください」と流れた瞬間、閃光を浴び、轟音を聞いたような気がした。
気が付くと、目の前に黒い礼服を着込んだ紳士が立っていた。思わず、「ここは何処でしょう?。あなたは誰ですか?」と聞いていた。その黒服紳士は、ゆっくりと答えた。「私はあなたをお迎えにあがったタナトス756839というものです」。「タナトス・・・、ということは死神か?。俺は死んだのか?」。「厳密に言えばまだ死んでおりません。ただし、間もなく死ぬことになりましょう」とタナトスは諭すように答えた。タナトスの言葉は、不思議と安心感を与えた。
「私は、あなたに死後の事をお伝えするために参りました」。「その前に教えてくれ。どうして俺は死ななくちゃならなかったのか?」。「ここでの時間の流れは、あなたのいる世界と切り離されているので、納得がいくようにゆっくりご説明しましょう」と言って、タナトスの説明が始まった。
「人間の寿命を決めるのは、呼吸数と心拍数と幸福度パラメータです。動物の寿命は、基本的には”6~7億回の呼吸”と”20~25億回の心拍”で決まります。あなた方が”神様”と呼ぶ宇宙管理システムが、動物が生まれる瞬間にランダムな呼吸回数と心拍回数を付与します。この時に与えられた呼吸数または心拍数を超えた時が、いわゆる”生命の終わり”となります。また、幸福度パラメータは”前世の善い行い”を反映した係数です。この係数は0~1までの値を持っていて、この係数が呼吸数と心拍数に掛けられます。例えば幸福度パラメータが1.0の場合は、ランダムで与えられた寿命を全うできますが、幸福度パラメータが0.5の場合は与えらえた寿命の半分しか生きられません。それでは、あなたにご納得頂けるように、あなたの寿命を可視化してお見せします」
目の前に、数字がものすごい速さで数字が減っているデジタルカウンタが現れた。「昔聞いた落語では、寿命はロウソクの長さになっていたと思ったが、冥界でもデジタル化が進んでいたのか・・・?」と脳内で思考した。それが聞こえていたかのようにタナトスが答えた。「これは、あなたが一番わかりやすい可視化イメージです。100年ほど前にはローソクが最もわかりやすいイメージでした」
「それでは、その黒服姿も私がわかりやすいイメージなのか?」。「もちろん、そういうことになります」。目の前の俺の寿命カウンタに目を戻すと、数字が0に近付きつつあった。「若くしてここに来たということは、つまり、俺の幸福度パラメータが低かったんだなぁ・・・。まぁ、起こってしまったことは仕方ない。でも、転生できるんですよね」と確認すると、タナトスが丁寧に答えた。「基本的には輪廻転生のループから外れない限り、転生は可能です。ただし、転生するときには前世の記憶はすべて消去されます」。
「やはり、小説やマンガみたいに前世の記憶を持ったまま転生するのは無理なんだ・・・」と思考した刹那、寿命カウンタがゼロになった。「今回も無事に仕事は終了」とタナトス756839は安堵したが、”来世がアマゾンのヤドクガエル”であることを伝え忘れたことが、少しだけ気懸りだった。
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