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ウロボロスの遺伝子(17) 第4章 人文科学ユニット②

 人見は親友のキャサリンに誘われて、隣町のハイスクールとのバスケットボールの交流戦を、母校の体育館で観戦していた。試合は、相手校のエースがシュートを決めると、母校のエースがシュートを決めるという一進一退の展開だった。母校のエースは、身長180センチの小柄ながら、抜群の運動量でチームを引っ張るジャンというフランス系のアメリカ人だった。人見はバスケットボールにはさほど興味がなかったが、試合でのジャンの活躍に次第に魅了されていった。

 最終クォータの残り十秒、試合は母校の2点ビハインド。相手校のパスミスで、ボールがジャンに回ってきた。ジャンがドリブルでゴール下に切り込むが、エースのジャンには二人のディフェンスが付いていて、中々シュートを打たせてくれない。残り5秒、4秒。ジャンは一旦シュートをあきらめて、ゴール下からスリーポイントラインへと離れて行った。残り時間が一秒、ゼロ・・・。ブザーが鳴ると同時に、ジャンがセンターライン付近からロングシュートを放った。ジャンの放ったボールは大きな弧を描いて、一瞬の静寂の中、相手ゴールに吸い込まれていった。スリーポイントシュートによる劇的なブザービーターで、割れんばかりの大歓声の中、母校は逆転勝利をおさめた。

 試合が終わったその日から、人見の中でのジャンの存在は、日増しに大きくなっていった。あの交流試合から一週間後、人見は練習終了後のジャンを見かけて、勇気を振り絞って話しかけた。
「私、一学年下のマリーと言います。この前の交流試合、感動しました」
「見てくれてたんだ。応援ありがとう。何とかチームが勝てたから、面目が保てたよ」とジャンが照れながら言った。
「あの試合を見て、バスケットボールがとても好きになりました」と人見が言った。
「そう言ってくれると、バスケット選手としては嬉しいよ」とジャンが言った。
「突然なんですけど、先輩にはお付き合いしている人がいますか?」さらに勇気を振り絞って人見が聞いた。
「バスケの練習で忙しくて、今はいないけど・・・・・・」
「よかったらでいいんですけど、まずは友達として付き合って頂けませんか?」
「――気持ちはとてもうれしいけど、御免なさい。今は州大会に向けた練習で、それどころじゃないんだ」
「私の方こそ、いきなり変なことを言って御免なさい」人見は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、その場から走って逃げ出した。

 あれから人見は、あの時なぜジャンに告白したのか、ずっと後悔していた。その後、人見がジャンと会う機会はほとんどなかったが、家族と出かけたショッピングセンターで、若い女性と腕を組んで楽しそうに歩いているジャンの姿を偶然見かけた。その女性は、当時の人見とは真逆の、スレンダーなモデル体型で、笑顔が良く似合う美人だった。人見はジャンに気付かないふりをして、その場所からゆっくりと遠ざかった。


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