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ウロボロスの遺伝子(28) 第6章 国立ワクチン研究所①

 国立ワクチン研究所は、令和の初期につくられた北関東学研都市の北部に位置している。二十一世紀の生理学・医学・薬学の発展を目的に作られた北関東学研都市には、中核となる北関東医科大学のほか、生命科学に関する国立研究所が数多く存在する。国立ワクチン研究所もこれらの研究所の一つで、ウイルス性の感染症を治療するためのワクチンの研究と開発を行なっている。

 赤城と黒田は約束の五分前にワクチン研究所一階の受付に到着し、受付係に十時からの福山所長との面会の約束を告げた。
「面会の件は所長から承っています。まずは面会者リストに、代表者の氏名と所属をご記入ください。それから備考欄には、”他一名”と記入して下さい」と受付係の担当者が事務的な口調で言った。
「来訪者用の入構証をお渡ししますので、首から下げてください。先程、電話で所長にお二人の来訪をお伝えしたところ、急な用件が入ったとのことですので、十分ほどお待ち頂けますか。これから応接室へご案内しますので、そこでお待ち下さい」と担当者が続けて言い、赤い首紐につながった二人分の臨時入構証を赤城に手渡した。受け取った入構証を使ってセキュリティゲートを通過し、研究所内に入った赤城と黒田は、応接室に通され、そこで福山所長を待った。

 二人が福山所長を待つこと、十分、そして二十分が過ぎた。
「なかなか来ませんねぇ」黒田が退屈そうに言った。
 応接室に通されて三十分が過ぎようとした頃、叱りつけるような怒号が応接室の外から聞こえてきた。
「何度言えばわかるんだ。こんな結果は、論文には使えん。やり直しだ!」
「何度やっても結果は同じです。論文に都合のいいような実験データの改竄(かいざん)はできません」
「貴様、生意気なことを言うな!」
「・・・・・・」

 怒号が収まって程なくして、ぎこちなく笑いながら福山所長と思われる人物が応接室に現れた。
「お待たせしてすみません。所長の福山です。今年の五月に日本で開催される国際ワクチン会議のことで急な国際電話が入り、時間を取られてしまいました。私が今回の国際会議の議長を務めることになっているので、何かと忙しくて・・・・・・」福山が自慢げに言い訳をした。

 危機管理局の参考資料によれば、福山は還暦を少し過ぎた年齢である。しかし、黒々とした豊かな頭髪が若々しい印象を与えている。また、太い眉と角張った顎(あご)が印象的で、意志が強そうな顔立ちをしていた。さらに福山は、その鋭い眼光から、研究者というより政治家といったほうが良いような、威圧的な雰囲気を醸し出している。


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