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ウロボロスの遺伝子(30) 第6章 国立ワクチン研究所③

 エレベータ内での話の通り、黒田が先行して個室内を調べたが、盗聴器は発見されなかった。黒田が赤城と福山を個室に呼び入れ、赤城と黒田が福山と向き合うように席に着いた。着席するのとほぼ同じタイミングで、深みのある芳醇な香りを周囲に振りまきながらコーヒーが運ばれてきた。コーヒーとタピオカミルクティが給仕されて、ウェイターが個室から』離れたことを確認してから赤城が話を切り出した。

「ご存じとは思いますが、今回、貴研究所を訪問したのは、鳥インフルエンザウイルス盗難までの詳しい経緯を説明して頂くためです。これからのウイルス盗難対策のためにも、是非とも必要です。福山所長、よろしくお願いいたします」
「もちろん承知している。今回の件は、問題が問題だけに、研究所でも鳥インフルエンザ研究部門のトップと私、それからセキュリティ部門の限られたものしか詳しいことは知らない」と福山が言った。
「少し長くなるかもしれんが、ウイルス盗難の経緯を説明しよう。質問は、話が終わった後にしてくれ」と福山が続けた。

「知っての通り、国立ワクチン研究所では、病気の原因となるウイルスとそのワクチンに関する幅広い研究をしている。特に人間に強い感染力があるウイルスに関しては、力を入れて研究している。2000年の史上最大のエボラ出血熱の猛威、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の世界流行など、感染症による人類への脅威は枚挙の暇がない。我々はそのような感染性ウイルスの研究に研究者一丸となって取り組んでいる」福山は国立ワクチン研究所の意義と必要性を力説した。
「また、2003年ごろから散見される鳥インフルエンザウイルスに備えて、最近では鳥インフルエンザの研究にも力を入れている。現状では鳥インフルエンザは人間には感染せんが、一部では人間に感染した疑いも完全には否定できん。また今後、鳥型ウイルスが人型ウイルスに変異して人間に感染する可能性も充分ある」
「ワクチン研では研究のため、感染して死亡した鳥から採取した鳥インフルエンザウイルスを単離して、厳重に保管していた。言い訳に聞こえるかもしれんが、二重三重のセキュリティが施されておったので、外部からの侵入、ましてや盗難などは想定外だった」

「鳥インフルエンザウイルスの盗難に最初に気付いたのは、鳥インフルエンザ研究グループのグループ長だった。実験のためウイルスを保管庫から出す際は、サンプルの数をその都度確認しているが、その際に一つだけ数が少なくなっていることに気が付いた。なお、保管庫からウイルスのサンプルを取り出す権限を持っているものは、グループ長を含めて三人しかおらん」
「保管庫の電子記録から、実際のウイルス盗難は、盗難に気付いた二週間前の深夜に行なわれたことがわかった。最初は、内部の者による犯行を疑ったが、内部の研究者にはそんなことをするメリットはないし、そもそも不可能だ。また、保管庫の権限を持つ三人には、犯行当日に確かなアリバイがあった」

「しかし、セキュリティ部門の協力を得て調べたところ、保管庫の周辺にある監視カメラのデータに改竄の跡が見つかった。セキュリティ部門の話では、犯行が行なわれた時間帯の映像データが、別の日の同じ時間帯のデータで上書きされていたそうだ。それから、入退出記録のデータにも改竄の跡が見つかった。セキュリティ部門の話では、保管庫を扱う権限を持つ誰かのIDカードが偽造されて使用されたようだ。以上が、ウイルス盗難の経緯だ。さらに詳しいことが知りたい場合は、セキュリティ部門トップの山本を紹介するので、あとで聞いてくれ」と福山がこれまでの経緯を一気に説明した。


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