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ウロボロスの遺伝子(40) 第7章 MADサイエンス研究所・再び⑤

「あんたたち、まだお昼を食べてないっちゃない?」と“食堂のおばちゃん”こと、肝付珠子(きもつきたまこ)が、緊張で張り詰めた赤城たちに博多弁でしゃべりかけてきた。
「お腹がすいたら、いい考えも浮かばんトヨ。腹が減っては戦《いくさ》はできんバイ! 少しでいいケン、食べんシャイ」と言いながら、珠子は大皿にのせた大量のおにぎりと、山盛りにした胡瓜と人参の糠(ぬか)漬けを運んできた。珠子は割烹着(かっぽうぎ)を着ていて、ややポッチャリした体形をしていたが、『おばちゃん』というより『お姉さん』の呼び方がふさわしい若々しい印象の顔をしていた。珠子の突然の登場に、緊張していた場が一瞬和んだ感じがした。

「今日はまだコーヒーしか飲んでないので、大助かりです」と黒田が言って、塩むすびを一口齧(かじ)った。
「うまい! お米の旨さがストレートに伝わってきます。こんなおいしい、おむすびは初めてです!」と黒田が言った。
「当たり前っタイ。星久保村のきれいな水と空気で育った『ホシユタカ』を、愛情込めて炊き上げたご飯が、まずいわけがナカ!」と、おばちゃんが言った。
「おいしそうな漬物。私、東北出身なので漬物には目がないんですよ。急にお腹がすいてきたわ」と赤城が言って、胡瓜の漬物をつまんだ。
「小森君。徹夜明けで大変と思うバッテン、みんなのために気合を入れて調べんシャイ。後でおにぎりバ、持って行ってあげるケン」珠子が小森に檄(げき)を飛ばしながら、皆に暖かいほうじ茶を運んできた。
「わかってるよ。いつもお世話になってるおばちゃんに言われたら、頑張るしかないじゃないか。でも色々と面倒なんだ。もう少しだけ待って!」と小森が物凄い速さでキーボードを叩きながら言った。

「早速、仙石所長から連絡が来ました」青山がタブレットを操作しながら言った。
「液体窒素の購入履歴から、不審な購入が一件見つかったそうです。北関東医科大学の実在の研究室名で購入されていますが、購入者の氏名は偽名です。その研究室には購入者のような名前の研究者はいません」
「それから、新型の孵卵器と特殊な冷凍庫は正規のルートでは購入していないようです。裏ルートの情報のようですが、孵卵器と冷凍庫は同時に購入され、ある場所へ運ばれています」と青山が解説した。
「裏ルート?」と黒田が非難するように言った。
「仙石所長は、インターネットの情報以外にも、多彩な人脈による独自の情報網をお持ちのようです」と青山が言った。
「やっとわかったよ」小森が会話に割り込んできた。
「半径三十キロ圏内にある廃校になった小学校は七校。そのうち四校は、校舎が取り壊されて更地になっているので犯人のアジトに該当しない。残りの三校のうち一校は廃校になったのが最近で、一年前から校舎の教室を陶芸家や芸術家に格安でレンタルしているみたい。どんな人が借りているのか調べたら、鳩を題材にした絵を描く女性画家が借りていたよ。おそらく、姉さんが借りたんだろう。もちろん、偽名だけれど・・・・・・」と小森が一気に言った。
「説明は良くわかったんですけど、肝心の場所はどこなんですか?」と赤城が聞いた。
「そんなに焦らないで。場所は山田山小学校だよ。国立ワクチン研究所から北東に約二十キロ行ったところにあるよ」と小森が言った。
「今わかりましたが、裏ルート情報によれば、購入した孵卵器と冷凍庫が山田山小学校跡地に運ばれています」と青山が情報を付け加えた。
「それから、絵に描くための鳩を飼いたいからと言って、元々小学校にあった鶏舎の使用許可も取っているみたいだね」と小森がさらに付け加えた。


「犯人たちのアジトは、山田山小学校跡に間違いなさそうですね。鬼塚局長に連絡します」と赤城が言った。食堂の時計の針は十四時半の少し手前を指していた。
「鬼塚局長から連絡が入りました。ウイルス回収のため、現地に厚生労働省出身の危機管理官二名を派遣するそうです」
「それから、我々二人にも現地に急いで行くように指示が出ました」と赤城が言った。
 山の天気は変わりやすく、先ほどまでの天気が嘘のように空は雲に覆われ、MADサイエンス研究所の外では、少し前から雪が降りだしていた。
「ここからだと、いくら急いでも二時間以上はかかります。それに雪も降りだしたようですし・・・・・・。身代金の期限の午後三時にはとても間に合いません」と運転担当の黒田が赤城に言った。
「わかったわ。とにかく急ぎましょう。時間が勿体ない・・・・・・」赤城が言いかけたが、その返事を待たずに青木が言った。
「直線で進めば、それほど時間はかかりませんよ」


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