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絵の無いマンガ#4 『迷える子羊たちよ』

高校の入学式を季節はずれのインフルエンザで欠席した俺は、高校デビューに失敗した。それ以来、見事なまでのボッチ状態を貫いている。もともと人とのコミュニケーションが苦手だった。しかし、はじめて高校に通学した時には、既に同じクラスの生徒はいくつかの小グループに分かれていた。このことも、俺がボッチになった原因だった。

ラノベやYouTube動画の主人公なら、”実はイケメンで有名な俳優だった”とか、”IQ180の天才だった”とか、”中学時代は最強の元ヤンキーだった”ということになるんだろう。しかし、実際の俺にはそんな特殊能力はなく、全く平均的な能力を持つフツメンの高校生だ。もし平均的な能力を競う「ミスター平均コンテスト」があれば、優勝を狙うことができるくらいの平凡さだ。もちろん、高三になった今でも、年齢=彼女イナイ歴の自己記録を更新している。当然チェリーボーイでもある。30歳まで修行を積めば”魔法使い”になれるという都市伝説を聞いたことがあるが、18歳のオレには”その道”は長く険しい。

そんな俺にも、神様が与えてくれた”ささやかな能力”がある。その能力とは、『道に迷った人に目的地を教えられる能力』だ。生まれた時からスマホに慣れた環境で育ち、ナビゲーションアプリが当たり前の若者にとっては、なくても良い能力だ。自分の能力に気付いたのは、中学生の頃だ。買い物などで外に出かけると、かなりの頻度で道を尋ねられた。「○○へ行くにはどう行ったらいいの?」や「△△はこの近所じゃなかったかしら?」などと、道に迷った高齢者に聞かれることが度々あった。先週には、遂に外国人観光客からも声をかけられた。英会話は苦手だが、身振り手振りでなんとか目的地までの道順を教えることができた。前世の存在は信じてないが、もし前世があるのなら、俺の前世は”水先案内人”だったのだろう。

今日は日曜日で、久しぶりの外出だ。受験勉強の息抜きのために、前から読みたかったラノベの最新刊を買うのが目的だ。クラスで目立たない陰キャ代表の俺は、町に出かけても目立たない。ただし、道に迷った人には俺のことが目に入るみたいだ。しかし、俺から手助けするつもりは毛頭ない。道を教えているのは親切ではなく、仕方なくやっていることなのだ。むしろ、いつも”俺に近付くなオーラ”を、ATフィールド並みに全開にしている。それでも”迷える子羊たち”は俺に近付いて来るのだった。

目的の本屋の近くまで来ると、キョロキョロと辺りを見回している挙動不審な女性が目に入った。どこかの店を探しているのだろうか?。後ろを振り向いた時に、その挙動不審者の正体が判明した。彼女はクラスの陽キャ代表で、学年のマドンナと呼び声の高い綾小路静香さんだった。綾小路さんは、才色兼備のお嬢様で、父親は会社経営をしているらしい。誓って言おう。陰キャの俺には接点が無いので、クラスメートと言っても綾小路さんと話したことは一度もない。

いつものように、”俺に近付くなオーラ”全開で通り過ぎようとしたとき、綾小路さんから声をかけられた。「同じクラスの山田君だよね?」。どうして陰キャボッチの、しかもこんな平凡な名前を憶えていたのか、不思議でならなかった。「・・・そうだけど。何か困ってるの?」。綾小路さんは食い気味に「最近できたクレープ屋さんを探しているんだけど見つからなくて・・・。友達に場所を聞いたんだけど、わたし方向音痴で・・・」と応えた。

そのオシャレなクレープ屋の話は、噂で聞いたことがあった。その店の場所も、大雑把ではあるが把握していた。甘いものは嫌いではないが、陰キャの俺にはクレープ屋は似つかわしくなく、ましてや一人でクレープを買うのはハードルが相当高い。普通、ハードルの高さは1mチョットだが、オレのハードルは2m以上の高さがあった。

陽キャ代表のクラスメートが困っているようなので、前世が水先案内人である俺は、仕方なく道を教えることにした。「その店なら、ここから2ブロック離れた交差点を左に曲がって、それからコンビニまで真っ直ぐ行って・・・」と言い終わらないうちに、綾小路さんがさえぎって話しかけた。「ごめんなさい。道順を聞いてもよくわからないの。もし嫌じゃなかったら、一緒に行ってくれない?」とお願いされてしまった。

特に急ぐ用事もない俺は、渋々、いや喜んで同行を引き受けた。ぎこちなく始まった綾小路さんとの会話だったが、以外にも彼女の趣味が読書で、ラノベも時々読むことを知った。また、今日の目的だった俺のラノベのことも知っていて、一度読んでみたいから貸して欲しいとお願いされた。綾小路さんは話してみると、陰キャにもやさしいフレンドリーな性格だった。そうこうしているうちに、目的のクレープ屋に到着した。

俺の役目もここまでだなと思って、「それじゃ、オレは本屋さんに戻るから」と言って去ろうとすると、「お礼がしたいの。一緒にクレープ食べない?」と誘われた。道案内がキッカケとなった綾小路さんと俺は、その後、付き合うことになった。これで彼女イナイ歴の自己記録更新がストップされた。神様がくれた”ささやかな能力”には、いまでは感謝している。でもこの能力のせいで、彼女とのデート中にも、道を聞かれることがあるのは、ご愛嬌だ。


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