《分割版#3》ニンジャラクシー・ウォーズ【ザ・ニンジャ・ウィズ・ア・ミリオン・アイズ】
【#2】←
「オイシイ!」「オイシイだね!」
宇宙ヤキトリに齧りつきながら、子供達は顔をほころばせた。生徒の消えた学生食堂の片隅に、ささやかな賑わいが蘇っていた。厨房で腕を揮うのは宇宙猿人バルー。リュウとハヤトは配膳担当だ。
エネルギーを絶たれて動かない電磁グリルの中に、持ち込みの木炭が放り込まれ、あかあかと燃えていた。
金網の上で焼かれる宇宙チキンの串を、毛むくじゃらのいかつい手が次々と裏返し、岩塩で味付けする(残念ながらタレは調達できなかった)。その合間に宇宙ビーンズシチューの鍋を火から降ろし、食堂から拝借したプラスチック椀に手早くよそう。リアベ号の食料供給を一手に引き受けるワザマエが、いま十全に発揮されていた。
「でさ」シチューの残りを掻き込みながらハヤトが尋ねた。「これからどうする? 街の大人達やスクールの皆を探そうにも、手掛かりが……」
「そいつァどうかな」リュウはニヤリと笑った。「ガバナスは俺達の星系を徹底的に搾取するつもりだ。そう言ったんだろ? ソフィア=サンが」
ソフィア。戦闘宇宙船リアベ号をハヤトに授け、自らも神秘的な宇宙帆船を駆る謎の宇宙美女。ときに超常的手段でイクサに救いの手を差し伸べる彼女は、リアベ号クルーにとって女神の如き存在だ。
「この辺りで奴らが搾取しそうなモンといやァ」
「レアメタルか」鍋を洗いながら、振り向かずにバルーが答えた。「鉱山でコキ使われてるのか、スクールの連中は」
「まず間違いねェ。察しがいいな、相棒」「勘だ」
「オカアサン、どこ行ったのォ……」腹が満ちて緊張が解けたのか、子供の一人が泣き出した。ケイが肩を抱いて慰める。ハヤト達は厨房からその様子を垣間見て、それぞれに胸を痛めた。
「行こう、リュウ=サン。攫われた人達を助けに!」
「言うは易しだ」リュウは意気込むハヤトに厳しい目を向けた。「まァ正直、プランはある。だが少々キツいぜ。お前にできるか」「やるさ!」
その時!「アイエエエ……!」バルーが突然頭を抱えた。「頭が……頭が痛ェ……」
「大丈夫、バルー=サン?」「マジか。頑丈だけが取り柄のお前がよ」リュウの乱暴な口調の中に、長年の相棒を気遣うアトモスフィアがあった。
「無理すンな。俺とハヤト=サンだけの方が都合がいい。留守番してろ」
「アー……そうか……すまねェ」
「いいッて」
ゴンゴン! ゴンゴン! 第3惑星ベルダの荒野を走るガバナス宇宙装甲車に、拳大の投石が立て続けにぶつかり、跳ね返った。
「ガバナスゴーホーム!」「バッカヤロー!」「カエレ! カエレ!」
シュプレヒコールとも言えぬ散発的な罵声が、乾いた荒野に響く。
ゴンゴンゴン! 宇宙機関砲の銃弾すら通さぬ装甲が投石ごときでダメージを受ける筈もない。しかし、乗員の神経を逆撫でするには十分であった。停止した車両から次々と現れるニンジャトルーパーの一団!
「「アイエッ!?」」
ありふれた宇宙民族衣装の二人が立ち竦み、両手の石を投げ捨ててホールドアップした。
「ンだよォ! ただの憂さ晴らしだろ。テメェら大人気ねェぞ!」年上の男がぼやく傍ら、「マッテ! 撃たないで! ホラ、丸腰、丸腰!」ハイティーンの青年が、ホールドアップ姿勢でピョンピョンと跳ねる。
車上のガバナス士官は苦虫を噛み潰したような顔で、喉まで出かかった銃殺命令を呑み込んだ。彼の管轄するレアメタル鉱山は、近隣住民を残らず徴用してもなお労働力不足に悩まされている。クズの如き無軌道開拓民でも無下には殺せないのだ。
(まあいい。メビト=サンの手にかかれば、こいつらもたちまち模範的鉱夫に早変わりよ……だがその前に!)
「囲んで叩く行為、3分間! 始めェーッ!」
「「「ヨロコンデー!」」」士官の号令一下、軍用宇宙マシンガンの銃把を振りかざし、下級トルーパーが殺到した!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「アイエエエ! ゴメンナサイ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ゴメンナサイ! 許してください!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「「アイエエエエエ!」」
なんたる暴力! しかし、うずくまって叩かれるがままの二人は、大袈裟な悲鳴をあげつつ目では笑っていた。下級トルーパー達に十分な宇宙ニンジャ洞察力が備わっていれば、彼らが巧妙に姿勢を変え、急所を外し、打擲ダメージのほとんどを無効化していることに気付いたであろう。
3分後。
「感謝せよ! 貴様らは助命のうえ、我がレアメタル鉱山で終身強制労働だ!」「「グワーッ!」」
装甲貨物室に蹴り込まれた二人は、床に倒れたままの姿勢で囁き合った。
(うまくいったね、リュウ=サン)(どうよ、俺のプランは。あとは寝てるだけでカミジ=サンのところにご案内ッて寸法よ)(スゴイ!)
賢明なる読者の皆さんは既に看破しているであろう。ありふれた宇宙民族衣装で変装したこの二人こそ、リュウとハヤトその人であった。レアメタル鉱山に向かうガバナス部隊を待ち伏せ、わざと拘束されるよう仕向けたのである!
カーン、カーン、カーン。ドルッ、ドルルッ、ドルルルルルル!
広大な地下空間にツルハシやドリルの音が響く。寒々しく強烈な白色LED照明の下、鉱山街の住人が無言で採掘作業に従事していた。その立ち居振る舞いは一様に自動人形めいてぎこちない。
宇宙マシンガンを担いだニンジャトルーパーが数名、だらだらと巡回していた。弛緩した監視の目は、立坑エレベーターのワイヤーを伝って降りてきた二つの人影に気付くべくもなかった。
易々と侵入を果たしたリュウとハヤトは、採掘場を音もなく進み、周囲を窺った。
(どうだ、いるか)
リュウの囁きにハヤトが頷く。(いる。センセイも生徒も全員だ。でも、なんだか様子が……)
「ドーモ。またお会いしましたね」
背後から突然の声! 二人は鋭く振り返り……破顔した。
「「カミジ=サン!」」
穏やかな笑みを湛えるその男こそ、第2惑星アナリスを拠点とするレジスタンス組織の指導者、カミジ。彼らの救出ターゲットである。
「心配したぜェ! 俺達ゃアンタを助けに来たんだよ」リュウはカミジの肩をバンバンと叩いた。
「アリガトゴザイマス。ですが、私はわざと捕まってここに来たのです。強制労働者を解放するために」
「着々とやってるな、レジスタンス活動」リュウは愉しげに笑った。「アレだろ? 解放したら使えそうな奴をリクルートするんだろ」
「それは彼らの自由意志です」カミジは生真面目に答えた。「そうかい。俺ァ、アンタのそういうトコが好きなんだ」
「貴様らなぜ会話ができる! 作業に戻れーッ!」
巡回中の下級トルーパーが宇宙マシンガンを手に割り込んできた。
「バッカヤロー!」
その顔面にリュウが鉄拳を叩き込む!「グワーッ!」フルフェイスメンポが陥没!「こちとら働きに来たンと違わい!」
「ハヤト=サン! ここの連中を逃がせ!」
昏倒したトルーパーの宇宙マシンガンを投げ渡し、リュウは叫んだ。「ハイ!」ハヤトは傍らの同級生の肩を掴んだ。「さあ、逃げよう……アイエッ?」
緩慢に振り向いた同級生の目は焦点を失い、その表情には意志と知性が完全に欠落していた。「アバー、働く……アバー」ゾンビーめいた唸り声と共に、半開きの口から涎が糸を引く。
「オ……オイ! 目を覚ませ! 助けに来たんだよ!」「アバー」「僕がわからないのか!」「アバー」
同級生はハヤトに揺さぶられるがままだ。周囲の鉱夫達も全く関心を払わず、「アバー」「アバー、働く」「アバー」自動人形めいた採掘作業を繰り返すのみ。
「リュウ=サン、どうしよう!」
「どうするッたってお前」
困惑顔のリュウに、カミジは口早に語った。「ここに潜入してから、私は囚われた人々と脱出計画を練っていました。しかし数日前から、彼らが次々と……こうなっていったのです。私はいち早く身を隠して逃れることができましたが」「マジかよ……!」
「グッハハハハ! ようこそリアベ号の反逆者ども!」
くぐもった哄笑が採掘場に響いた。オリーブドラブのミリタリーニンジャ装束に身を固めた異星人が巨大な単眼を光らせ、岩塊の上からアイサツを決めた。
「ドーモ。ガバナスニンジャオフィサー・メビトです」
「ドーモ、リュウです」
「ドーモ、ゲン・ハヤトです。僕のクラスメイトに何をした!」
ハヤトの叫びに単眼がにんまりと細まった。「我がコントロール・パラサイト・メダマを寄生させた。こ奴らはもはや俺の忠実なジョルリ人形よ!」
「何ッ!?」ハヤトは見た。同級生の首筋で蠢く細胞塊を。その中心で光る黄金色の単眼を! コワイ!
「侵入者を殺せ! イヤーッ!」メビトが宇宙ニンジャサインを結ぶと、地下空間の薄闇に無数の光が灯った。ナムサン! その全てが、人々に寄生したコントロール・パラサイト・メダマなのだ!
「アバー」「アバー、殺す」「アバー」
生者に群がるゾンビーめいて、ツルハシやドリルを手にした人々が迫る!「グッハハハハハ! ヒーロー気取りの反逆者に無辜の市民は殺せまい! なす術もなく蹂躙され、ネギトロと化せーッ!」
「ナメるな! イヤーッ!」
リュウは色付きの風と化し、群衆の間を駆け抜けた。その手には宇宙ニンジャ伸縮刀。「アバー」「アバー」「アバー」十数人の鉱夫がバタバタと倒れ、意識を失った。その首筋のパラサイト・メダマは、宿主のニューロンを傷つけぬギリギリの深さで、ことごとく横一文字に切り裂かれていた! ワザマエ!
「バカな!」メビトは狼狽した。噂の「協力者」ならいざ知らず、彼ら自身がこれほどのカラテを発揮するとは!
ザンシンしつつリュウは叫んだ。「今だ! 本体を殺れ!」「ハイ!」BRATATATATA! ハヤトが宇宙マシンガンでメビトを撃つ!
「ヌゥーッ!」
回転ジャンプでエネルギー弾を回避したメビトは、空中でフックロープを投擲、採掘用足場の鉄パイプを捉えた。「イヤーッ!」それを支点に軌道を変え、エレベーターへ。「イィーヤヤヤヤヤ!」目にもとまらぬ連続トライアングル・リープで、立坑エレベーターシャフトを駆け登る!
「リュウ=サン! メビト=サンを追って!」
ハヤトが叫んだ。「でもお前は!」「いいから! あいつを倒して! そうすればきっと皆も!」
「アバー」「アバー、殺す」「アバー」
「クッ……」
ハヤトはメダマ・コントロール下の群衆に包囲されつつあった。宇宙マシンガンを投げ捨て、悲愴な面持ちでカラテを構える。今の彼に、宿主を傷つけずメダマを切除するほどのワザマエはない。どこまで持ち堪えられるかは未知数だ。
その様子を一瞥したリュウは、束の間ためらい……決断した。
「死ぬなよ! イイイヤアアーッ!」
エレベーターめがけて群衆の頭上を、跳んだ!
【#4へ続く】
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