ニンジャラクシー・ウォーズ【ザ・ニンジャ・ウィズ・ア・ミリオン・アイズ】
(これまでのあらすじ)銀河の彼方、地球連盟第15太陽系に属する3つの惑星は、突然襲い来たガバナス帝国のニンジャアーミーに制圧された。しかしここに、平和を愛し、正義を守らんとする人々の戦いが始まったのである。
◆#1◆
ゴンゴンゴンゴン……無味乾燥な直線的シルエットの宇宙貨物船が、第3惑星ベルダの管理宙域を脱しつつあった。船体側面にはブラックメタルめいた鋭利かつ複雑かつ凶暴な意匠。ガバナス帝国の紋章だ。
薄暗い貨物室には数百人の男達が詰め込まれ、血と砂にまみれて力なく座り込んでいた。開拓コロニー群から駆り集められた彼らの連行先は、第2惑星アナリスの皇帝宮殿建設現場。苛酷な強制労働は一日に100人をカロウシせしめるという。星系内で最もジゴクに近い場所と言えよう。
貨物船のブリッジでだらしなく船長席に座り、ガバナス下士官は欠伸を噛み殺した。つまらぬ後方任務だ。
「到着予定時刻は」「ハッ。ガバナス標準時1520であります」「アッソ。遅れるなよ」「ハッ」
横柄な問いに答える操縦士と副操縦士は、双子のように同じ外見だった。ガスマスクめいたフルフェイスメンポとミリタリーニンジャ装束に身を固める彼らは、アーミー最下級のニンジャトルーパーである。
下士官は苛立たしげに溜息をついた。過酷なカラテブートキャンプから脱落し、非ニンジャのまま後方任務に回された自分のキャリアに先はない。しかしこいつらは違う。前線でサヴァイヴし、戦功を重ね、ニンジャネームを支給されれば、今度はこいつらが自分をこき使うターンだ。そして自分のターンは二度と訪れない……ブガーブガーブガー!
「アイエッ……何事か貴様ら!」レッドアラートに思わず跳び上がりかけた下士官は、取り繕うように叱声を飛ばした。
「後方より接近する宇宙船あり!」「船籍不明! コード確認できず」「接収船リスト未登録の船影です!」
「ア? バカを言え。今時、帝国に属さぬ船が勝手に航行するなど……」
下士官の顔から血の気が引いた。もしや、これが噂の。
『ザリザリ……こちらリアベ号! ガバナス貨物船に告ぐ! 直ちに停船せよ!』
「アイエエエエ!」ノイズ混じりの通信音声を耳にした下士官は、今度こそ船長席から跳び上がって悲鳴をあげた。「リアベ号!? リアベ号ナンデ!?」
リアベ号。またの名をベイン・オブ・ガバナス。数百年前の地球戦役において、当時の帝国首都・惑星大要塞ジルーシアをただ一隻で滅ぼした死神の使者。その宇宙船がいかにしてかこの第15太陽系に蘇り、我が物顔に飛び回っている……アーミー内部では知らぬ者のないゴシップであった。
(まさか実在していたとは!)ガバナス下士官は、今すぐ脱出ポッドに飛び込みたい衝動を必死に堪えた。本物のはずがない。ケチなレジスタンスがコピーキャットめいて伝説の船を名乗っているだけだ。そうでなければならぬ。
咳払いし、居住まいを正し、精一杯の威厳で命じる。「胡乱な通信など無視! このまま前進せよ!」「「ハッ!」」
「あいつ停船しないぜ、リュウ=サン」
リアベ号の副操縦席に座る青年が、通信マイクを定位置に戻した。端正な顔立ちにはまだ幼さが残っている。
「上等だ」
リュウと呼ばれた逞しい体躯の男が隣のシートでニヤリと笑い、振り返った。「一丁脅しをかけてやるか、バルー」
「GRRRR……面白ェ」
毛むくじゃらの両手を打ち合わせて答えたバルーは、身長7フィート半の宇宙猿人。第1惑星シータにルーツを持つデーラ人だ。
「また僕が留守番?」
青年が異議を唱えた。
「わかってンじゃねえか、ハヤト=サン。おとなしく相対速度維持しとけ」リュウはハヤト青年の頭を軽く張った。「トント! こいつが勝手なマネしたら、ミサイルでもブッ放してやんな」
『リョウカイ。ブッパナ、ス』
コックピットの片隅に陣取る万能ドロイド・トントは、球形の頭部からとぼけた機械音声を発した。サイバーサングラスめいた顔面LEDプレートに「 Λ Λ 」の文字が灯った。子供の背丈ほどのボディには、実際マイクロミサイルが2発装填されている。
「何もしやしないよ」
ハヤト青年はふて腐れた顔で操縦桿を握り直した。つい数日前、自主訓練と称して船を勝手に乗り回し、ガバナス戦闘機に撃墜されかけたばかりなのだ。その時リュウに殴られた左頬が微かに疼いた。
「オーケー。留守番頼むぜ」
リュウはバルーと立ち上がり、後方の中央船室へ向かった。ジュー・ウェア風ジャケットの下に真紅の宇宙ニンジャ装束がちらりと覗いたが、気付く者はいない。
中央船室に飾られた「山」「空」「海」のショドー。その両端に第二第三の操縦席が増設されていた。常識では考えられぬレイアウトだ。二人は慣れた様子で狭いシートに身体を押し込めた。キャノピー閉鎖。ジェネレーターON。計器類チェック。インカム装着。
『準備完了!』『早いトコ頼むぜ、ハヤト=サン』
リュウとバルーの通信音声がコックピットに響いた。『サッサト、ヤレ』追い討ちをかけるトントの顔面に「DOITNOW」の文字列。
「わかってるよ!」ハヤトはレバーを倒し、ガゴンプシュー……船体両翼の係留アームを左右に展開した。その先端に取り付けられているのはレーザーキャノンか、あるいはミサイルポッドか?
否! それは宇宙戦闘機! 左の機体にはリュウ、右にはバルーがスタンバイ済みだ!
『『Blast off!』』
KBAM! KBAM! エクスプロシブ・ボルトが相次いで炸裂し、宇宙戦闘機を高速射出した。このリアベ号は3機のスペースクラフトの集合体であり、自在に分離合体が可能なのだ! なんたる過激極まりない設計思想か! 建造者は宇宙暴走族並みの命知らずに違いない!
「敵船のブンシンを確認!」「機影が3つに増えました!」
ニンジャトルーパーの報告に、ガバナス下士官は頭を抱えた。「アイエエエブンシン! 史実通りだ! 奴は本物のリアベ号だーッ!」
インシデントに気付いた囚人達は貨物室の船窓に群がり、外の様子を必死に窺った。
「宇宙戦闘機だ! でかい船も見えるぞ」「リアベ号じゃないか?」「バカ言え、ありゃただの伝説だ」「南の鉱山コロニーで、ガバナスの戦闘機と戦うのを見た奴がいるんだよ」「マジか!?」
『停船命令に従わないと攻撃する!』『コウゲキ、スル』
ハヤトとトントの勧告通信に下士官は絶叫した。「黙れ! 本船に命令できるのはロクセイア13世陛下のみだーッ!」
「GRRRR……そうかい」
ZAPZAPZAPZAP! バルーがパルスレーザーでひと舐めすると、貨物船の偏向シールド発生機が過負荷に耐えかね、ブリッジで火を噴いた。KBAM! KBAM!「「「グワーッ!」」」
「「「リアベ号! リアベ号! ウオオーッ!」」」
貨物室から聞こえる囚人達の雄叫びが、ガバナス下士官のなけなしのプライドをへし折った。
「アイエエエ! ダメだ! 私は脱出する! 脱出して母艦に報告する義務がある!」「船長、お待ちを!」「まずは救援を要請すべきでは」「クチゴタエスルナー!」
「脱出装置な(1名)」と書かれたレバーを引き、下士官は座席ごと脱出ポッドに飛び込んだ。「貴様らは適当にしておけ!」ガゴンプシュー!
「「船長!」」「オタッシャデー!」DOOOM! ポッド射出完了!
取り残されたニンジャトルーパー達は呆然と顔を見合わせた。
『いまトンズラしたのは船長か』リュウ機からの通信だ。『このままやりあってもテメェらに勝ち目はねえ。ベルダに戻って囚人を開放しろ』
「断る!」トルーパーの一人は反射的に叫んだ。「貴様らこそ攻撃を中止して退去せよ! さもなくば貨物室のエアロックを開き、囚人どもを宇宙に放り出す!」
『面白ェ。やってみな』リュウの声が凄味を帯びた。『死ぬまでガバナスの奴隷になるより、ここでお星様になる方がマシってもんだ。ただし、テメェらにもすぐ後を追ってもらうぜ』
返答に窮するトルーパー達に、リュウは幾分砕けた口調で語りかけた。『呑めねえってンならチャンスをやるよ。カラテで白黒つけようぜ。テメェらが勝ったら俺達は手を引く。それでどうだ』
二人は視線を交わし、短く黙考し……互いに頷いた。
「「要求を、呑む」」『上等だ』
第3惑星ベルダの大地で、二人のニンジャトルーパーと、一人のニュービー宇宙ニンジャ……ゲン・ハヤトが対峙していた。リュウとバルーはタチアイニンめいて背後で見守るのみ。さらにその後方に、観客めいた囚人の一群。
「ドーモ、ゲン・ハヤトです」
「「ドーモ、ニンジャアーミー208輸送部隊です」」
宇宙ニンジャにとってアイサツは絶対の礼儀である。しかし下級トルーパーにニンジャネームはない。あるのは無機質なIDナンバーのみ。それをあえて名乗らなかったのは、せめてもの矜持と言うべきか。
「イヤーッ!」
オジギ終了からコンマ5秒後、ハヤトは回転ジャンプで一気に距離を詰めた。その手に握る金属グリップのボタンを押すと、スティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形した。ニンジャトルーパーの一人に斬りつける!
「イヤーッ!」「アイエッ!?」
軍用ニンジャソードで斬撃を受け止めたトルーパーが、驚愕の叫びをあげた。チュイイイン……スティック状の刃が超振動を発し、火花とともにソードを削り取っているのだ!
KRACK!「アイエエエ折れたーッ!」柄だけのソードを手に狼狽するトルーパーを「イヤーッ!」ハヤトが逆袈裟に斬り上げた。「アバーッ! サヨナラ!」爆発四散!
「「「ウオオーッ!」」」囚人達が雄叫びをあげた。
「オノレーッ!」
残る一人が軍用クナイ・ダートを投擲した。「イヤーッ!」ハヤトは振り向きざま、ヤジリ型の宇宙スリケンでクナイを相殺。だがその手つきはいまひとつ精彩を欠く。
(こいつ……遠距離戦には不慣れと見た!)トルーパーはその場で腰を落とし、軍用クナイ・ダートの連続投擲を開始した。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
ハヤイ! スリケン相殺では間に合わぬ。ハヤトは咄嗟に宇宙ニンジャ伸縮刀に持ち替え、クナイを叩き落とした。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」クナイ投擲!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」クナイ撃墜!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」クナイ投擲!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」クナイ撃墜!
両者は完全なリピート状態に入った。持久戦となれば、最下級とはいえ正規の訓練を積んだニンジャトルーパーの優勢は明白である。このままではジリー・プアー(徐々に不利)……。
リュウは苦い顔でジュー・ウェア風ジャケットの襟元を掴んだ。その下に覗くのは、未来的な光沢を放つ真紅の宇宙ニンジャ装束。
ジャケットを脱ぎ捨てようとした瞬間。
「イイイイイヤアアーッ!」
ハヤトがヤバレカバレの突進を敢行した。頭部、体幹、股間の防御のみに徹し、ニンジャトルーパーに肉薄! 撃墜しきれなかったクナイ・ダートが四肢を掠め、鮮血が散る! 無視!
SMAAAAASH!「アバーッ!」
「フゥーッ……フゥーッ……!」
端正な顔を悪鬼めいて歪め、ハヤトはザンシンした。宇宙ニンジャ伸縮刀を構えた右手はニンジャトルーパーの心臓を貫き、緑色の異星血液に塗れて背中から突き出していた。
「ゴボッ」トルーパーのフルフェイスメンポから血泡が溢れた。「サヨナラ!」爆発四散!
「ハァーッ……」
ハヤトはその場に膝をついた。宇宙ニンジャの凄絶なイクサを目の当たりにした囚人達は、青ざめた顔で静まり返っていた。幾人かはSNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)に見舞われ、しめやかに失禁した。
リュウは襟元を直しながら、苦虫を噛み潰したような顔でハヤトに歩み寄った。バルーが背後から耳打ちする。(インストラクションにしちゃキツすぎるぜ、相棒)(言うなよ。もう少しうまくやると思ったんだ)
「ハァーッ……今のイクサには……何点もらえるかな?」
ハヤトはむりやり笑みを作り、リュウを見上げた。「俺はセンセイじゃねェよ」そう答えたリュウのニューロンの奥底から、何者かの老いた声が湧き上がった。
(((スリケンの扱いがなっとらんが、ダメージを恐れぬ気概は良し。70点)))(アッソ。俺の見立てとは違うな)(((何が気に入らぬ、ナガレボシ=サン)))(その名前で呼ぶなっつってンだろ)
声の主は、今は亡きゲン・ニンジャクランの長、ゲン・シン。ハヤトの父にして、リュウにインストラクションを授けたセンセイである。あまりに苛酷な修行の日々は、リュウのニューロンに副作用めいた幻聴を刻みつけていた。悩ましき過去からの声を。
リュウは溜息をついた。
「まァ、オマケして30点」「ナンデ!?」「簡単に命を張りすぎなんだよテメェは。そんなにサンシタと相討ちしてェのか」
(((己のワザマエに自信を持てぬ者ほど勝ちを焦るものよ)))(だったらアンタのせいだろ。アンタがちゃんとインストラクションしてりゃ)(((それが間に合わぬことはわかっておった。ゆえに儂はオヌシを)))(アーアー聞こえねェ!)
「死んだら終わりって言うだろうが」「アグッ!」
リュウに片腕を掴まれたハヤトは、引き起こされながら傷の痛みに呻いた。「それ見ろ。命を張るのは、のるかそるかの大勝負の時にとっときな」
「……大勝負って、いつさ」ハヤトが口を尖らせる。
「ア? そりゃお前、なんかホラ、あンだろ。例えば」リュウは視線を泳がせた。「例えば、アー……ガバナス皇帝をブッ殺す時とかよ」
「皇帝を?」
「そうよ」リュウは威厳を取り繕って頷いた。「いつかは来るぜ、その時が。備えとけ」「ハイ、センセイ!」「だァから!」
『オマエラ、イツマデ、アブラヲ、ウッテル』
キュラキュラキュラ。トントが車輪歩行でリュウ達に近づき、顔面に「 \ / 」の文字を灯した。背後には半ば解体されたガバナス貨物船。『ツカエル、パーツハ、イタダイタ』
「オツカレ。リアベ号に戻ったらハヤト=サンの手当ても頼むわ」リュウがトントのボディを軽く叩いた。
『ドロイド、ヅカイガ、アライ、ナ』
「モシモシ! モシモシ! 聞こえますかドーゾ!」
ブガーブガーブガー! 脱出ポッド内の狭い空間に衝突警報が鳴り続けていた。必死にコールを続けながら、ガバナス下士官は小さな船窓から外を窺った。眼前に迫る宇宙都市めいた漆黒のメガストラクチャーは、ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」の艦首だ。
「直ちに着艦受け入れを要求するドーゾ!」ポッドは誘導ビーコンに導かれ、自動操縦でグラン・ガバナスとの距離を縮めていく。しかし巨艦は沈黙を守り、衝突コースを突き進むのみ。「応答しろ! なぜ黙っているドーゾ! 俺を殺す気かドーゾ!」
『左様、殺す! ドーゾ!』
「アイエッ!?」スピーカー越しの通信音声が下士官を失禁せしめた。「マッテ! お待ちください団長閣下! リアベ号が! ベイン・オブ・ガバナスが」
『敵前逃亡は反逆罪とみなす! 反逆者は死刑! 以上ドーゾ!』
「アイエエエエエエ!」
カラテ漲る怒声にニューロンを苛まれた下士官は泡を吹き、仰け反って痙攣した。混濁する意識が警報ランプの赤光に溶け去った。ブガーブガーブガー……。
「カラテと共にあらんことを!」「カラテと共にあらんことを!」
奥ゆかしき宇宙ニンジャをリスペクトするチャントを口々に唱え、囚人達は手を振りながら歩み去った。
リアベ号のコックピットから、リュウ達は笑って手を振り返した。貨物船から分け与えた水とレーションがあれば、数日で最寄りのコロニーに辿り着けるだろう。そこから先は彼ら次第だ。
ゴンゴンゴンゴン……イオン・エンジンの垂直噴射で、リアベ号は離陸上昇を開始した。
「道草食っちまったぜ」余り物のレーションを齧りながら、リュウは操縦席から振り返った。「トント、目的地周辺の地図を出せ」
『ダス』ピボッ。年代物のグリーンモニタにアスキー地図が浮かび上がった。地図の中央にはガバナスに接収されたレアメタル鉱山。そこに連行された「ある男」を救出するのが、今回の目的だ。
「アッ! 見てよコレ」
傷の痛みも忘れて、ハヤトが素っ頓狂な声を上げた。「ほら、ここ。宇宙パイロットスクール!」
鉱山の近く、ハヤトが指差した地点に「S.P.S.」の文字が輝いていた。時期は違えど、ハヤトとリュウにとってはかつての学び舎である。
「この間まで、ここで勉強してたんだよなァ」
ハヤトの表情に複雑な影がよぎった。父の命によりスクールを休学したあの日……家族を失ったあの日から、ガバナスとの戦いが始まったのだ。
『ソレガ、ドウシタ』ドロイドならではの無遠慮な異論をよそに、リュウは真顔でモニタに見入る。「フゥーム」ごく短い沈思黙考。「道草ついでだ。行ってみるか」
『サンセイ。イコウ』
「やけに素直だな、ポンコツ」バルーがトントのボディを軽く蹴った。
『オマエラノ、ナカデ、リュウノ、カンガエガ、イチバン、マシ』
「ンだとォ」
だがバルーはそれ以上追及しなかった。宇宙猿人の野性的第六感も、リュウの態度から何かを感じ取っていた。
KABOOOOM……! グラン・ガバナスの艦首に衝突した脱出ポッドがしめやかに爆発四散した。艦体は全くの無傷。偏向シールドに一瞬、微かな光のさざ波が走った。それだけだ。
「針路を維持せよ!」
巨艦の広大なブリッジに大音声が響き渡った。声の主は、漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きニンジャヘルムに身を固めた宇宙ニンジャ。ガバナス帝国ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーである。
『ヨロコンデー』『針路維持ヨロコンデー』サイバネ化及び自我漂白済みブリッジクルーの復唱がエコーめいて繰り返される中、コーガーより幾分簡素なニンジャ装束の男がブリッジ入りした。弟のイーガー副長だ。
「またリアベ号か、兄者」
「ウム」
コーガーが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。皇帝宮殿建設を急ぐ彼らにとって、度重なるリアベ号の妨害工作は深刻な工期遅延リスクとなりつつあった。
『コーガー団長!』
ブリッジ壁面に飾られた黄金宇宙ドクロレリーフの両眼が、不気味な機械音声とともに瞬いた。ガバナス帝国皇帝、ロクセイア13世からの通信だ。
「ハハーッ!」
コーガーは反射的にマントを翻してドゲザした。イーガーも慌てて跪く。
『この体たらくで、余の宮殿は予定通り完成するのであろうな』
「アッハイ! それはもう間違いなく」イーガーが脊髄反射的に答えた。
『オヌシには聞いておらぬ!』
「アイエッ!?」
『コーガーよ。ニンジャアーミーはいつまであのリアベ号を野放しにしておくつもりか!』電子的叱声が兄弟の鼓膜を打った。逆鱗に触れたか。イーガーの額から脂汗が噴き出す。
一方コーガーは眉ひとつ動かさぬ。「ハハァーッ!」ゴキゴキリ! 不気味な音とともにドゲザが人体の限界を超え、さらに一段階低くなった。関節を外してのさらなる平身低頭姿勢だ。
「ゴボッ……いましばしのご猶予を! 各星系のニンジャオフィサーを呼び寄せ、リアベ号とその協力者を速やかに始末致しまする!」
コーガーの捨て身の恭順に、皇帝はやや機嫌を直したようだった。
『その言葉忘れるな』「ハハーッ!」『ぬかるでないぞ』「ハハァーッ!」
通信終了。ドクロ眼窩のUNIXランプが消えると同時に、ゴキゴキリ! コーガー団長は関節を戻しながら立ち上がり、叫んだ。
「クノーイ=サン!」
「お呼びで」
次の瞬間、コーガーの背後に妖艶な女ニンジャが控えていた。パープルラメのレオタードめいたニンジャ装束に包まれたバストは豊満であった。
「ベルダに派遣したメビト=サンの様子は」
「順調です。メビト=サンのジツのおかげでレアメタル鉱山の暴動は即座に鎮圧、生産性は1000%向上したとか」
「ウム」コーガーは重々しく頷いた。「オヌシも鉱山に赴き、メビト=サン本来のミッションをサポートせよ! リアベ号の連中をアンブッシュするミッションのな!」
「メビト=サンは俺の直属だ。うまく使え。俺の顔に泥を塗るなよ」イーガーは脂汗を拭いつつ虚勢を張った。
「ヨロコンデー」
クノーイは感情なく微笑んだ。
◆#2◆
「「イヤーッ!」」
SLAAASH! リュウとハヤトの宇宙ニンジャ伸縮刀は、木製バリケードに打ち付けられたレーザー・ショドー金属カンバンを3つに切り裂いた。
「ガバナス第8」「12再教」「育キャンプ」の宇宙ミンチョ体が吹っ飛び、乾いた大地に突き立つ。1秒後、もろともに切断された有刺鉄線の断片がバラバラと落下した。
「AAAARGH!」
KRAAAASH! 剥き出しになったバリケードに、バルーは肩から背中にかけてを叩きつけ、木っ端微塵に粉砕した。宇宙猿人ボディチェック!
「なァにが再教育だ、偉そうに」
バリケードの残骸を踏み越え、リュウはキャンパスにエントリーを果たした。ハヤトとバルーが続く。
ここは第3惑星ベルダの宇宙パイロットスクール。ガバナスの侵攻が始まるまでは、第15太陽系に生きる宇宙船乗りの最高学府だった場所だ。
荒れ果てた校内に人の気配はない。窓ガラスを9割方叩き割られた講義棟は、ガバナス軍制式ブラスターの銃痕で宇宙スイスチーズのごとき有様であった。一方、そこかしこに掲げられた帝国紋章バナーは全て無残に焼け落ちていた。周囲に飛び散るガラス片は火焔瓶の残骸であろう。
スクールの学生と教師は、彼らを隔離矯正せんとしたガバナス軍に対し、決死の抵抗運動を繰り広げ……いずこかに消えたのだ。
物陰からハヤト達を監視する宇宙女ニンジャあり。ニンジャアーミー諜報部門の長、クノーイである。
彼女の背後で第三の眼が光った。地球型人類の常識を超えて巨大な眼球が、緑にぬめる皮膚に覆われた頭部の中央で黄金色の虹彩をピクピクと蠢かせる。その他には、口も、鼻も、耳もない。
「リアベ号の反逆者ども、しかと見届けた」
単眼の主、ニンジャオフィサー・メビトは、いずことも知れぬ発声器官からくぐもった声を漏らした。
「目を離すなよ。奴らの誰に『仕込み』を行うか見立てねばならん」
クノーイは異を唱えた。「連中は『あの男』を追ってレアメタル鉱山に来るはず。そこを迎え撃てば良いのでは、メビト=サン?」
「報告書に目を通したが、奴らには協力者がいるそうだな。手練れの宇宙ニンジャが」メビトの単眼がぎょろりとクノーイを睨む。「ヒビト=サンを殺ったほどの相手とあらば、俺も全力を尽くさねばならん。ゆえにジツの仕込みは必須だ」
「承知。校内に隠れている連中は?」
「泳がせておけ。反逆者どもの隙を誘えるかもしれん」
「よかった」クノーイの赤い唇が笑みを浮かべた。「死体を作るのは好きじゃないの」
入口に散乱する机やイス……バリケードの残骸だろう……を潜り抜け、三人は講義棟に侵入した。
「学生も教師も、一体どこ行きやがった」
リュウが訝しんだ。校内に戦闘の形跡はない。死体もない。入口のバリケードに至っては、設置者みずから撤去したとしか思えぬ。
「ガバナスをやっつけて本拠地を攻めに行ったとか」
「GRRR……なあハヤト=サン。真の宇宙の男にはポジティブ・シンキングも必要だが、そいつァさすがに……アイエエエエエ!?」
宇宙猿人の悲鳴にリュウが鋭く振り向いた。「どうしたバルー!」「オバケ! オバケがいた! 俺は見た! そこの教室に!」
が、指差す先の教室には誰もいない。「抗戦」「やるか死ぬか」「相手が誰でも」等のスローガンが、アバンギャルド書体で壁に書き殴られているのみだ。
「驚かさないでよバルー=サン。第一オバケなんてこの世に」「霊的存在を軽視するな、ハヤト=サン! オバケを侮る文明人はオバケによって」「オーケーオーケー。落ち着け相棒」
だが、実際バルーは正しかった。彼が見た人影……すなわちメビトとクノーイは、目撃されるや否や跳び上がり、教室の天井に貼りつき隠れていたのだ。
(((単純な思考。鋭い感受性。そして非ニンジャ。ターゲットはあの宇宙猿人に決まりだな)))メビトはニューロンの奥底でほくそ笑んだ。
「ン……ちょっと待ってろ」
とある教室の扉を前に、リュウがハヤト達を制した。宇宙ニンジャ第六感が何かを告げたのだ。静かに身構え……「イヤーッ!」扉を蹴破って前転エントリーを果たす!
ガラガラガラ! 背後で何かの落ちる音が響いた。地球文明圏に連綿と継承される古式ゆかしいブービートラップ。教室のドアを開けると様々なアーティファクトが頭上に降り注ぐ仕掛けだ。
しかしその中身は剣呑。チョークの粉をたっぷり含んだブラックボード・イレイザーの代わりに、十数宇宙キログラムの鉄塊、ガラス片、刃物の数々がぶち撒けられていた。まともに浴びれば、宇宙ニンジャとて無傷では済むまい。
「イヤーッ!」
トラップの主とおぼしき甲高い声が、廃墟めいた教室に響いた。「フン」リュウは鼻で笑いながら宇宙ニンジャ伸縮刀を振るい、襲撃者の鉄パイプをやすやすと両断した。
「ンアーッ!」
襲撃者は尻餅をつき、ヒステリックに叫んだ。「ナニヨ! 殺るなら殺りなさいよ、ガバナスの宇宙ニンジャめ!」
鉄パイプの切れ端を握るローティーンの少女を見下ろし、リュウは苦笑した。「なんてェ歓迎だ。ガバナスに見えるかよ、俺が」
「エッ?」
少女は目をしばたたかせて、リュウの姿を上から下まで見る。「アー、見えない。全然」「だろ?」「エット……ゴメンナサイ」
「ケイ! ケイじゃないか!」
少女の背後からハヤトの声が響いた。しびれを切らせてバルーと一緒に外壁を伝い、窓からエントリーしたのだ。
「ハヤト!」ケイと呼ばれた少女はハヤトに飛びつき、固くハグした。同じ年頃の子供達が物陰から次々と現れる。
「この子、お世話になったセンセイの娘なんだ。妹みたいに可愛がっててさ」「ナニヨ、妹だなんて! ホントは私の事好きなくせに」「こいつ!」
ハヤトは笑って、ケイの膨らんだ頬をつついた。その笑顔に潜む微かな翳りに、ケイは気付かなかった。彼女は知る由もない。ガバナスの侵攻が始まったあの日、ハヤトの妹と両親がニンジャアーミーに惨殺された事を。
……しばしの後。互いにアイサツを済ませた少年少女とハヤト達は、教室の床で車座に語り合っていた。
「みんな勇敢だったわ、パパ達センセイも、学生も」
ケイは目を輝かせて言った。「夜になると、キャンパスに火炎瓶の炎が上がるの。バリケードの外からも見えるのよ。カブーム! カブーム!」真に迫った口真似に、子供達が笑い声をあげる。
「なのに朝起きたら、みんなどっかに消えちゃった。鉱山町の大人も一人残らずよ!」
「それが三日前か。ハヤト=サン、さっきの貨物船にスクールの連中は?」「いたらとっくに気付いてるよ」「だよなァ」
「お願い! パパ達を探して!」
「もちろんさ。クラスメイトを放ってはおけないよ」
ケイの訴えに、ハヤトは笑顔で頷いた。「ヤッタ! 素敵!」「「「アリガトゴザイマス!」」」子供達が一斉に頭を下げた。
「貴方は? やってくれる?」
「エッ、俺?」
虚を突かれたリュウは間の抜けた顔で問い返した。
「貴方も素敵よ。ハヤトほどじゃないけど」
「ブッ!」「WRAAAHAHAHA!」少女のませた物言いにリュウは吹き出し、バルーは爆笑した。「こいつァ参った。わかったよ、探しますよ! なァ相棒」「おうよ!」
「嬉しい! バルー=サンも素敵よ。愛嬌があって」
「……愛嬌?」
バルーが身を乗り出した。「愛嬌だと?」宇宙猿人の目がぎょろりと見開かれる。顔が近い。
「アッハイ……」ケイが笑顔を強張らせて後ずさった瞬間、「WRAAAGH!」バルーは歓喜の咆哮を上げ、胸板を何度も平手で叩いた。
「よかろう! デーラ人の誇りにかけて引き受けた!」宇宙猿人の言語感覚は、「愛嬌」のひと言に地球系文化圏といささか異なる感銘を受けたようであった。
キュルルル……安心したのか、子供達の幾人かが腹を鳴らした。ケイが照れ臭そうに代弁する。「アタシ達、三日前からほとんど何も食べてないの。ガバナスから隠れてて」
「おお、哀れなるおさな人よ!」明らかに平時と異なるテンションに突入したバルーは、背中のズダ袋をどさりと投げ出した。子供達が身を乗り出し、食物の匂いに鼻をひくつかせる。
「子供を食わせるのは大人の義務だ。待ってろ! バルー様がとびきりうまいメシを作ってやるぞ!」天を仰ぎ、両手を広げ……数秒間の沈黙。
「アー……ついては、近くの水汲み場を教えてくれ」
宇宙パイロットスクールの裏手に流れる川は、レアメタル鉱山コロニーの貴重な水源として親しまれていた。平時ならば多くの人々が訪れ、生活の賑わいが溢れる時間帯だ。だが今は宇宙猿人がひとり佇むのみ。
「GRRRRR……愛嬌……愛嬌ときたぜェ……」
バルーは7フィート超の身体を屈め、宇宙ヤギの胃袋で作った水筒を清流に浸しながら、川面に映る自身の顔にニヤニヤと見入っていた。
「GRRRRR……ン?」水面下で何かが動いた……と感じた次の瞬間! 突如緑色の腕が飛び出し、「グワーッ!」バルーを水中に引きずり込んだ!
「ガボッ! ガボッ……」もがくバルーの血中に宇宙猿人アドレナリンが満ちた。ブーストされた筋力で相手の腕を捉え、「AAAAARGH!」空中高く放り上げる!
「イヤーッ!」オリーブドラブのミリタリーニンジャ装束に身を固めた異星人は、空中回転で巧みにバランスを取り、頭上の宇宙コンクリート橋にクルクルと着地した。巨大な単眼でバルーを見下ろし、いずことも知れぬ発声器官からアイサツを決める。
「ドーモ。ガバナスニンジャオフィサー・メビトです」
「ドーモ、バルーです。スクールの奴らを連れ去ったのは貴様か!」
「察しがいいな。なぜわかった」
「勘だ!」
「なるほど。やはり俺の見立てに狂いなし。イヤーッ!」
メビトはフックロープを投擲し、狙いあやまたずバルーの両足首を拘束! 即座に飛び降りると、ギャリギャリギャリ! 鉄パイプ欄干に引っ掛けられたロープがバルーを引き上げ、逆さ吊りにした!
「グワーッ!?」
バルーと入れ替わりに川岸に立ち、メビトが勝ち誇った。
「スクールの不穏分子どもは、このメビトがレアメタル鉱山で働かせておるわ。お前も俺の役に立ってもらうぞ!」
「ナメるな! デーラ人は誰にも利用されん!」野性的反抗心をむき出しに、逆さ吊りのバルーが叫ぶ。
「殊勝な心掛けだ。だが、俺の顔を見て同じことが言えるかな?」
「ぬかせ! 貴様こそバルー様の愛嬌ある顔を……アイエッ!?」
挑発につられてメビトの顔を見た瞬間、バルーの視界は猛烈な勢いで回転を始めた。「アイエエエエエ!?」グルグルと回る世界の中心で、メビトの単眼が黄金色に輝き、他の一切を闇に染めてゆく。
「ヒュプノ・メダマ・ジツ! イヤーッ!」
「アイエエエエエエエ!」
「…………ン………サン………バルー=サン……どこだよ、バルー=サン!」
「アイエッ!?」
遠くからの呼び声にバルーは跳ね起きた。頭上には第15太陽グローラーの光。傍らには川面のきらめきと、満タンになった水筒。「アー……何やってたんだっけな、俺は」
「アッ、いた! バルー=サン、いるなら返事してよ!」駆け寄るハヤトが視界に入ってきた。「迎えに来たんだよ。水汲みから戻ってこないからさ」
「アー、水汲み……そうだった……ガキどもにメシ食わせてやらにゃ」
霞がかった記憶に潜む何者かの影を意識の隅に追いやり、バルーはハヤトの後からノロノロと歩き出した。
しかし、おお、なんたる事か……バルーの後頭部には両生類めいた細胞塊が貼りつき、体毛の下で脈動を続けていた。そして、ナムサン! ぬめぬめと蠢く組織には、閉じた瞼の如き裂け目が生まれ、覚醒の時をじっと待っているのであった!
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
◆#3◆
「オイシイ!」「オイシイだね!」
宇宙ヤキトリに齧りつきながら、子供達は顔をほころばせた。生徒の消えた学生食堂の片隅に、ささやかな賑わいが蘇っていた。厨房で腕を揮うのは宇宙猿人バルー。リュウとハヤトは配膳担当だ。
エネルギーを絶たれて動かない電磁グリルの中に、持ち込みの木炭が放り込まれ、あかあかと燃えていた。
金網の上で焼かれる宇宙チキンの串を、毛むくじゃらのいかつい手が次々と裏返し、岩塩で味付けする(残念ながらタレは調達できなかった)。その合間に宇宙ビーンズシチューの鍋を火から降ろし、食堂から拝借したプラスチック椀に手早くよそう。リアベ号の食料供給を一手に引き受けるワザマエが、いま十全に発揮されていた。
「でさ」シチューの残りを掻き込みながらハヤトが尋ねた。「これからどうする? 街の大人達やスクールの皆を探そうにも、手掛かりが……」
「そいつァどうかな」リュウはニヤリと笑った。「ガバナスは俺達の星系を徹底的に搾取するつもりだ。そう言ったんだろ? ソフィア=サンが」
ソフィア。戦闘宇宙船リアベ号をハヤトに授け、自らも神秘的な宇宙帆船を駆る謎の宇宙美女。ときに超常的手段でイクサに救いの手を差し伸べる彼女は、リアベ号クルーにとって女神の如き存在だ。
「この辺りで奴らが搾取しそうなモンといやァ」
「レアメタルか」鍋を洗いながら、振り向かずにバルーが答えた。「鉱山でコキ使われてるのか、スクールの連中は」
「まず間違いねェ。察しがいいな、相棒」「勘だ」
「オカアサン、どこ行ったのォ……」腹が満ちて緊張が解けたのか、子供の一人が泣き出した。ケイが肩を抱いて慰める。ハヤト達は厨房からその様子を垣間見て、それぞれに胸を痛めた。
「行こう、リュウ=サン。攫われた人達を助けに!」
「言うは易しだ」リュウは意気込むハヤトに厳しい目を向けた。「まァ正直、プランはある。だが少々キツいぜ。お前にできるか」「やるさ!」
その時!「アイエエエ……!」バルーが突然頭を抱えた。「頭が……頭が痛ェ……」
「大丈夫、バルー=サン?」「マジか。頑丈だけが取り柄のお前がよ」リュウの乱暴な口調の中に、長年の相棒を気遣うアトモスフィアがあった。
「無理すンな。俺とハヤト=サンだけの方が都合がいい。留守番してろ」
「アー……そうか……すまねェ」
「いいッて」
ゴンゴン! ゴンゴン! 第3惑星ベルダの荒野を走るガバナス宇宙装甲車に、拳大の投石が立て続けにぶつかり、跳ね返った。
「ガバナスゴーホーム!」「バッカヤロー!」「カエレ! カエレ!」
シュプレヒコールとも言えぬ散発的な罵声が、乾いた荒野に響く。
ゴンゴンゴン! 宇宙機関砲の銃弾すら通さぬ装甲が投石ごときでダメージを受ける筈もない。しかし、乗員の神経を逆撫でするには十分であった。停止した車両から次々と現れるニンジャトルーパーの一団!
「「アイエッ!?」」
ありふれた宇宙民族衣装の二人が立ち竦み、両手の石を投げ捨ててホールドアップした。
「ンだよォ! ただの憂さ晴らしだろ。テメェら大人気ねェぞ!」年上の男がぼやく傍ら、「マッテ! 撃たないで! ホラ、丸腰、丸腰!」ハイティーンの青年が、ホールドアップ姿勢でピョンピョンと跳ねる。
車上のガバナス士官は苦虫を噛み潰したような顔で、喉まで出かかった銃殺命令を呑み込んだ。彼の管轄するレアメタル鉱山は、近隣住民を残らず徴用してもなお労働力不足に悩まされている。クズの如き無軌道開拓民でも無下には殺せないのだ。
(まあいい。メビト=サンの手にかかれば、こいつらもたちまち模範的鉱夫に早変わりよ……だがその前に!)
「囲んで叩く行為、3分間! 始めェーッ!」
「「「ヨロコンデー!」」」士官の号令一下、軍用宇宙マシンガンの銃把を振りかざし、下級トルーパーが殺到した!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「アイエエエ! ゴメンナサイ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ゴメンナサイ! 許してください!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「「アイエエエエエ!」」
なんたる暴力! しかし、うずくまって叩かれるがままの二人は、大袈裟な悲鳴をあげつつ目では笑っていた。下級トルーパー達に十分な宇宙ニンジャ洞察力が備わっていれば、彼らが巧妙に姿勢を変え、急所を外し、打擲ダメージのほとんどを無効化していることに気付いたであろう。
3分後。
「感謝せよ! 貴様らは助命のうえ、我がレアメタル鉱山で終身強制労働だ!」「「グワーッ!」」
装甲貨物室に蹴り込まれた二人は、床に倒れたままの姿勢で囁き合った。
(うまくいったね、リュウ=サン)(どうよ、俺のプランは。あとは寝てるだけでカミジ=サンのところにご案内ッて寸法よ)(スゴイ!)
賢明なる読者の皆さんは既に看破しているであろう。ありふれた宇宙民族衣装で変装したこの二人こそ、リュウとハヤトその人であった。レアメタル鉱山に向かうガバナス部隊を待ち伏せ、わざと拘束されるよう仕向けたのである!
カーン、カーン、カーン。ドルッ、ドルルッ、ドルルルルルル!
広大な地下空間にツルハシやドリルの音が響く。寒々しく強烈な白色LED照明の下、鉱山街の住人が無言で採掘作業に従事していた。その立ち居振る舞いは一様に自動人形めいてぎこちない。
宇宙マシンガンを担いだニンジャトルーパーが数名、だらだらと巡回していた。弛緩した監視の目は、立坑エレベーターのワイヤーを伝って降りてきた二つの人影に気付くべくもなかった。
易々と侵入を果たしたリュウとハヤトは、採掘場を音もなく進み、周囲を窺った。
(どうだ、いるか)
リュウの囁きにハヤトが頷く。(いる。センセイも生徒も全員だ。でも、なんだか様子が……)
「ドーモ。またお会いしましたね」
背後から突然の声! 二人は鋭く振り返り……破顔した。
「「カミジ=サン!」」
穏やかな笑みを湛えるその男こそ、第2惑星アナリスを拠点とするレジスタンス組織の指導者、カミジ。彼らの救出ターゲットである。
「心配したぜェ! 俺達ゃアンタを助けに来たんだよ」リュウはカミジの肩をバンバンと叩いた。
「アリガトゴザイマス。ですが、私はわざと捕まってここに来たのです。強制労働者を解放するために」
「着々とやってるな、レジスタンス活動」リュウは愉しげに笑った。「アレだろ? 解放したら使えそうな奴をリクルートするんだろ」
「それは彼らの自由意志です」カミジは生真面目に答えた。「そうかい。俺ァ、アンタのそういうトコが好きなんだ」
「貴様らなぜ会話ができる! 作業に戻れーッ!」
巡回中の下級トルーパーが宇宙マシンガンを手に割り込んできた。
「バッカヤロー!」
その顔面にリュウが鉄拳を叩き込む!「グワーッ!」フルフェイスメンポが陥没!「こちとら働きに来たンと違わい!」
「ハヤト=サン! ここの連中を逃がせ!」
昏倒したトルーパーの宇宙マシンガンを投げ渡し、リュウは叫んだ。「ハイ!」ハヤトは傍らの同級生の肩を掴んだ。「さあ、逃げよう……アイエッ?」
緩慢に振り向いた同級生の目は焦点を失い、その表情には意志と知性が完全に欠落していた。「アバー、働く……アバー」ゾンビーめいた唸り声と共に、半開きの口から涎が糸を引く。
「オ……オイ! 目を覚ませ! 助けに来たんだよ!」「アバー」「僕がわからないのか!」「アバー」
同級生はハヤトに揺さぶられるがままだ。周囲の鉱夫達も全く関心を払わず、「アバー」「アバー、働く」「アバー」自動人形めいた採掘作業を繰り返すのみ。
「リュウ=サン、どうしよう!」
「どうするッたってお前」
困惑顔のリュウに、カミジは口早に語った。「ここに潜入してから、私は囚われた人々と脱出計画を練っていました。しかし数日前から、彼らが次々と……こうなっていったのです。私はいち早く身を隠して逃れることができましたが」「マジかよ……!」
「グッハハハハ! ようこそリアベ号の反逆者ども!」
くぐもった哄笑が採掘場に響いた。オリーブドラブのミリタリーニンジャ装束に身を固めた異星人が巨大な単眼を光らせ、岩塊の上からアイサツを決めた。
「ドーモ。ガバナスニンジャオフィサー・メビトです」
「ドーモ、リュウです」
「ドーモ、ゲン・ハヤトです。僕のクラスメイトに何をした!」
ハヤトの叫びに単眼がにんまりと細まった。「我がコントロール・パラサイト・メダマを寄生させた。こ奴らはもはや俺の忠実なジョルリ人形よ!」
「何ッ!?」ハヤトは見た。同級生の首筋で蠢く細胞塊を。その中心で光る黄金色の単眼を! コワイ!
「侵入者を殺せ! イヤーッ!」メビトが宇宙ニンジャサインを結ぶと、地下空間の薄闇に無数の光が灯った。ナムサン! その全てが、人々に寄生したコントロール・パラサイト・メダマなのだ!
「アバー」「アバー、殺す」「アバー」
生者に群がるゾンビーめいて、ツルハシやドリルを手にした人々が迫る!「グッハハハハハ! ヒーロー気取りの反逆者に無辜の市民は殺せまい! なす術もなく蹂躙され、ネギトロと化せーッ!」
「ナメるな! イヤーッ!」
リュウは色付きの風と化し、群衆の間を駆け抜けた。その手には宇宙ニンジャ伸縮刀。「アバー」「アバー」「アバー」十数人の鉱夫がバタバタと倒れ、意識を失った。その首筋のパラサイト・メダマは、宿主のニューロンを傷つけぬギリギリの深さで、ことごとく横一文字に切り裂かれていた! ワザマエ!
「バカな!」メビトは狼狽した。噂の「協力者」ならいざ知らず、彼ら自身がこれほどのカラテを発揮するとは!
ザンシンしつつリュウは叫んだ。「今だ! 本体を殺れ!」「ハイ!」BRATATATATA! ハヤトが宇宙マシンガンでメビトを撃つ!
「ヌゥーッ!」
回転ジャンプでエネルギー弾を回避したメビトは、空中でフックロープを投擲、採掘用足場の鉄パイプを捉えた。「イヤーッ!」それを支点に軌道を変え、エレベーターへ。「イィーヤヤヤヤヤ!」目にもとまらぬ連続トライアングル・リープで、立坑エレベーターシャフトを駆け登る!
「リュウ=サン! メビト=サンを追って!」
ハヤトが叫んだ。「でもお前は!」「いいから! あいつを倒して! そうすればきっと皆も!」
「アバー」「アバー、殺す」「アバー」
「クッ……」
ハヤトはメダマ・コントロール下の群衆に包囲されつつあった。宇宙マシンガンを投げ捨て、悲愴な面持ちでカラテを構える。今の彼に、宿主を傷つけずメダマを切除するほどのワザマエはない。どこまで持ち堪えられるかは未知数だ。
その様子を一瞥したリュウは、束の間ためらい……決断した。
「死ぬなよ! イイイヤアアーッ!」
エレベーターめがけて群衆の頭上を、跳んだ!
◆#4◆
「イヤーッ!」
第3惑星ベルダの地上を連続バック転で高速移動する宇宙ニンジャあり。レアメタル採掘場から脱出したメビトだ。
クノーイがどこからか見ているであろう。作戦の成否を報告するために。存分に見届けるがいい。鉱山労働者の攻撃など前座に過ぎぬ。フーリンカザンはこれから訪れるのだ。
追ってくるのは一人か、二人か。メビトはベルダの大地に立ち、待ち受けた……そして!
「イイイヤアアーッ!」
力強いカラテシャウトと共に、宇宙民族衣装が宙に舞った。「アイエッ!?」反射的にそれを追うメビトの視界を、真紅の閃光が刺す!
閃光の先、崖の上に、カラテを構える人影があった。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾。未来的光沢を放つ真紅の宇宙ニンジャ装束。目元を隠す宇宙ニンジャゴーグル。
第三の敵の出現に、メビトの単眼がさらに大きく見開かれた。「何奴!」
「銀河の果てからやって来た、正義の味方」ヒロイックな口上とともに、正体不明の宇宙ニンジャは決断的にアイサツを決めた。「ドーモ、はじめまして。ナガレボシです!」
ナガレボシの手に握られた宇宙ニンジャ伸縮刀は、先程リュウが振るったものと同一だ。しかし、ハヤガワリ・プロトコルを順守した宇宙ニンジャの正体は99.99%秘匿され、看破されることはない。
「ドーモ、はじめまして。メビトです。リアベ号の協力者とは貴様だな」
「だったらどうする」ナガレボシは不敵に笑った。
「連中を始末するのが俺の使命。邪魔はさせぬ! イヤーッ!」
ニンジャソードを大上段に構え、メビトが跳んだ。「イヤーッ!」ナガレボシもジャンプ斬撃で迎え撃つ。空中で交錯!
飛び違って回転着地した瞬間、「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は互いに反転し、激しく切り結んだ。宇宙ニンジャ伸縮刀が超振動を放つが、メビトのニンジャソードは微かな火花を散らすのみ。
「その武器は既に対策済みよ!」「上等だ! イヤーッ!」
再び交差した刃を支点に、ナガレボシはメビトの側面に回り込んだ。宇宙ニンジャ敏捷性は彼の方が上だ。「イヤーッ!」両生類めいた腕を捉え、手首を打った。ニンジャソードが宙を舞う!「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」
強烈な回し蹴りを受けたメビトはキリモミ回転で吹き飛び、地面を転がった。カイシャク狙いで追撃するナガレボシ!「イヤーッ!」
「させぬわ!」
メビトは首元に手をやり、自身の表皮細胞をバリバリとむしり取った。両生類めいた細胞塊は瞬時に変形し、手の中で小さな単眼を形成した。コントロール・パラサイト・メダマ!
「イヤーッ!」メダマをスリケンめいて投擲!
ナガレボシは左手の人差指と中指を突き立て、首筋めがけて飛来する細胞塊を挟み取った。「イヤーッ!」即座に手首をスナップさせ、メビトめがけて投げ返す!
「まだまだ! イヤーッ!」
おお、見よ! メビトが宇宙ニンジャサインを組むと同時に、細胞塊は空中で瞬時に膨張し、人型となって着地したではないか!
その姿は大枠においてニンジャトルーパーを模倣していた。しかし6インチフィギュアを拡大したかの如く、細部のディテールは曖昧だ。フルフェイスメンポのゴーグルめいた部位に切れ目が走り、黄金色の単眼がぎょろりと開いた。コワイ!
「メダマ・ミニオン・ジツ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
メビトは立て続けに表皮細胞をむしり取り、バラ撒いた。それぞれがニンジャトルーパーの模倣体に成長し、一個分隊ほどの人数でナガレボシを取り囲む。
「「「AAARGH」」」
不明瞭な呻き声と共に、ニンジャソードらしき硬質の突起物が掌からメリメリと生えてきた。コワイ!
「ミニオン相手にせいぜい奮戦するがいい! サラバ!」
メビトが踵を返すと同時に、メダマ・ミニオンが円陣を組み、ナガレボシの周囲を駆け始めた。「AAARGH」「AAARGH」「AAARGH」回転移動からのゾートロープめいた連続動作で、次々と斬りつける。恐るべき集団時間差攻撃、クルマ・ラグ・アタックだ!
「イヤーッ!」
ナガレボシは前転回避で初撃を潜り抜け、「イヤーッ!」続く一体をアイキドーめいて投げ飛ばし、「イヤーッ!」仰向けに倒れた単眼にニンジャ伸縮刀を突き立てた。
「AAARGH……」致命傷を受けたメダマ・ミニオンは瞬時にグズグズと崩れ、有機物の粒子となって飛散した。だがフォーメーションの乱れは一瞬だ。「AAARGH」「AAARGH」残りが即座にナガレボシを再包囲する。
ZOOOOOM……! イオン・エンジンの轟音とともに、宇宙スパイダーめいた機影が頭上を通過した。G6-Ⅱ型宇宙戦闘機「シュート・ガバナス」。搭乗者はメビトに相違なし。「チィーッ!」宇宙ゴーグルの下、ナガレボシの目に焦りの色が浮かんだ。その時!
「イイイヤアアアアーッ!」
新たなカラテシャウトが大気を切り裂いた。流麗な回転ジャンプエントリーを果たしたハヤトが、ミニオンの頭部をボレーシュートめいたトビゲリで吹き飛ばす!「AAARGH」崩壊飛散!
「ドーモ、ゲン・ハヤトです」
「ドーモ、ナガレボシです」早かったな、と言いかけ、ナガレボシは慌てて口をつぐんだ。
その頃地下採掘場では、コントロール・パラサイト・メダマに寄生された人々が一人残らず倒れていた。メビトが精神力リソースをミニオン生成に費やした結果、支配力が弱まり宿主はことごとく失神。ハヤトの脱出を可能ならしめたのである。
「アノ、ナガレボシ=サン! こっちにガバナスの宇宙ニンジャが」
「メビト=サンは逃げた! 空だ!」
ナガレボシが指差す先には、急速に遠ざかるシュート・ガバナスの機影。「クソッ!」思わず駆け出したハヤトの行く手を、メダマ・ミニオン勢が阻む。「「「AAARGH」」」
「どけェーッ!」
叫ぶが早いかハヤトは斬り掛かった。「イヤーッ! イヤーッ!」SLASH! SLAAASH! スピードに任せてニンジャ伸縮刀を振るうたび、模造品めいた手足が宙を舞い、空中で崩壊飛散する!
(雑なカラテしやがって)
ナガレボシは内心苦虫を噛み潰しつつ、「イヤーッ! イヤーッ!」援護射撃めいて宇宙スリケンを投擲、体勢を崩したミニオンの単眼を射抜いてゆく。「AAARGH」「AAARGH」崩壊飛散! ミニオンはその数をみるみる減じていった。
「ハヤト=サン、ここはもういい! リアベ号で奴を追え!」「エッ? どうしてリアベ号の事を」「考えるな! 走れーッ!」「アッハイ!」
ハヤトは無我夢中で駆け出した。「AAARGH」「AAARGH……」ナガレボシに仕留められたミニオンの断末魔が遠ざかる。
「急げ、ハヤト=サン!」
見ると、ジュー・ウェア姿のリュウがいつの間にか併走していた。「アレッ? リュウ=サン、今までどこに」「考えるな! 走れーッ!」「アッハイ!」
ハヤガワリ・プロトコルを順守した宇宙ニンジャの正体は99.99%秘匿され、看破されることはない。疑念は速やかに消え去り、ハヤトはリュウと共に駆け続けた。
ゴンゴンゴンゴン……岩場の陰から、リアベ号は最大速度で垂直離陸した。
「まさかお前が先回りしてたとはな、相棒。大した勘だ」「さすがバルー=サン!」「アー、ウン……まあな」
操縦席で笑うリュウ達と対照的に、バルーは上の空だ。無理もない。パイロットスクールで突如意識がブラックアウトして……次の瞬間にはリアベ号の前に立ち、駆けてくるリュウ達を迎える自分がいたのだ。我が身に何が起きたのか、バルーには全く理解できなかった。
ピボッ。『レーダー二、ハンノウ、アリ』年代物のグリーンモニタに、トントが宇宙スパイダーめいた機影を表示した。
「よォし! 挟み撃ちといくか」
「アー……」
「どうした、頼むぜ」
バルーの背中を抱くようにして、リュウは宇宙戦闘機のコックピットへ向かう。二人の勝利を疑わぬハヤトとトントは、早くもどこか弛緩したアトモスフィアを漂わせていた。
『イチ、タイ、二。ショウブ、アリ、ダ( Λ Λ )』
「決まりきった事さ」
しかし……KBAM! KBAM! リアベ号から二機の宇宙戦闘機が射出された瞬間、シュート・ガバナスのコックピットでメビトは哄笑したのだ!
「グッハハハハハ! 我がフーリンカザンは成れり!」宇宙ニンジャサインを組み、精神を統一する!「我がしもべとして目覚めよ、バルー=サン!」
「バルー、奴の前に回れ」
リュウが慣れた様子で指示を飛ばす。バルー機からの応答はない。「相棒。聞こえるか?」無言。「オイ! マジでどうした!」沈黙。
『返事しろバルー!』
「アバー……」
バルーの後頭部に巣食うコントロール・パラサイト・メダマが黄金色の光を放ち、狭いコックピットを照らした。(((我が命に従えバルー=サン! あの戦闘機を撃墜せよ! リュウ=サンを殺すのだ!)))メビトの指令がニューロンを浸食してゆく!
ZAPZAPZAP!「アイエッ!?」バルー機のパルスレーザーを、リュウはすんでのところで回避した。「バッカヤロー! テメェ何やってンだ! 俺を殺す気か!」
『アバー……撃墜する……殺す……』
通信機越しにゾンビーめいた呻き声を聞いた瞬間、リュウの背筋が凍った。相棒の身に何が起こったか理解したのだ。
「これでこっちが2対1よ! グッハハハハハ!」
メビトは哄笑しながら、バルー機との連携攻撃を開始した。ZAPZAPZAP! BEEEEEAM! リュウ機の偏向シールド発生機が過負荷に耐えかねて火を噴く! KBAM! KBAM! 「グワーッ!」
『アイツ、トウトウ、オカシク、ナッタ( \ / )』
「宇宙ニンジャのジツにやられたんだ! クソッ、どうにかしなきゃ!」ハヤトが歯噛みするが、リアベ号の旋回性能とハヤトの操縦技術では小型戦闘機の格闘戦に介入するべくもない。
「スペースブッダファック! なんてこった」
リュウは自身のウカツを呪った。互いに機上にあっては、コントロール・パラサイト・メダマを除去する事も叶わぬ。メビトはわざとシュート・ガバナスで逃亡し、リュウ達が戦闘機に乗り込むよう誘導したのだ!
「ウオオーッ!」
宇宙ニンジャ耐G力にまかせて、リュウは機体を急旋回させた。しかしメビトのシュート・ガバナスは巧妙に相対位置を変え、射線から逃れた。それを庇うようにバルー機が割り込む。
ピボッ。リュウ機のUNIXターゲットスコープが、アスキー文字で描かれたバルー機を捕捉した。忌まわしいものでも見るようにリュウは目を逸らした。2対1。このままではジリー・プアー(徐々に不利)。だが今撃てば……「ダメだ!」
(((何を躊躇う。撃て!)))
ゲン・シンの無慈悲な声がニューロンに響いた。
「バカ言え! ンな事できるか!」(((現実を見よ。オヌシがこのまま撃墜されれば、次はあの猿人とハヤトが同士討ちを強いられよう。そうなれば誰も助からぬ!)))「だから何だ! だから今のうちにバルーを殺れってのかよ!」
「グッグッグ……苦しかろう、リュウ=サン」
メビトの単眼がにんまりと細まった。自身のジツでターゲットを骨肉相食むシチュエーションに追い込み、苦悶の末に自滅する様を見届ける。彼にとって至福の瞬間であった。
(((撃て!)))「ダメだ……ダメだ!」(((撃たぬか!)))「黙れーッ!」
リュウは裡なる声に必死で抗った。主観時間が鈍化し、バルーとの記憶がソーマト・リコールめいて蘇る。
ゲン・ニンジャクランを抜け、宇宙ヨタモノとして彷徨った果ての出会い。シケた仕事。ヤバい仕事。命を張った大金を一晩で溶かした馬鹿騒ぎ。真空の只中で生存を求めてもがく、二人きりのサヴァイヴァル。宇宙ヤキトリを齧りながら飛んだ無限の大空間。長く退屈で気兼ねない旅路。
BOOOOOM!
「グワーッ!」遂にエンジンが火を噴いた。(((なんたるブザマ! 我がクラン随一の使い手が、このような犬死にを遂げようとは!)))「うるせェ! クランなんざ知るか! 俺は宇宙の男だ!」
宇宙の男にとって、相棒(バディ)の命は自分のそれと等価である。命を預けあう相手を見殺しにした者の前に、新たな相棒は二度と現れない。そして、宇宙というエテルの荒野は、独りで飛べるほど甘くはないのだ。
炎上墜落する機体の中でリュウは絶叫した。
「宇宙の男が! 相棒を見捨てたら! オシマイなんだよォーッ!」
その刹那。サイケデリックな金色の光が、ベルダの空を満たした。
世界が一変した。失われる高度、コックピットを焼く炎、大気を切り裂く振動……それら一切がスローダウン、静止する。周囲の音が可聴域を下回り、静寂が取って代わった。宇宙ニンジャアドレナリンの主観時間鈍化とは異なる、しかし覚えのある感覚だ。
見上げると、原始時代の帆船めいた宇宙船が、静止した時間の中で悠然と飛行していた。シルバーの船体と半透明の光子セイルを煌めかせ、まるで初めからそこに存在していたかのように。
バウスプリットから放たれたビームが渦状に屈曲して、機体ごとリュウを包み込んだ。その輝きはいや増し、視界を塗り潰してゆく……。
気が付くと、リュウは星空の中にいた。
……いや、星ではない。リュウの宇宙ニンジャ視力は、漆黒の空間に輝く光点の一つ一つが、渦巻く銀河だと見て取った。人類の生存圏とは根本的にスケールが異なる、超絶的空間だ。
機体の損傷が逆回転めいて再生した。炎が消えたコックピット内を、エメラルドグリーンの光が仄かに照らす。
キャノピー外の虚空に、エキゾチックな顔立ちの美女が立っていた。胸元に飾られたオーブが光の源だ。
「……ドーモ、ソフィア=サン」
リュウは歯切れ悪くアイサツした。彼女のアルカイックな微笑を正視できない。「俺は……撃てなかった」辛うじて声を絞り出す。「気の合った相棒を殺せなかった。腰抜けと言われても構わねェ。でも……でもよォ! 俺は!」
「貴方は正しかった」ソフィアの微笑は揺るぎない。「貴方がバルー=サンを撃っていれば、未来はあまりにも早く確定し、私の介入を許さなかったでしょう。最後の瞬間まで貴方が耐えたからこそ、私はこうして間に合ったのです」
「間に合った……?」「ハイ」
ソフィアは両手を広げた。宇宙創造の神の如く。超絶的空間は虫食いめいて綻び、第3惑星ベルダの空に置換され始めた。
時間はいまだ静止していた。正面に見えるのはメビトのシュート・ガバナス。そのやや下方、リアベ号との衝突コースに乗ったバルー機。しかしまだ距離がある。決して充分とは言えぬが……「いや待て……こいつァ、マジで間に合うかもだぜ……!」
「さあ、お行きなさい。心を奪われた仲間と、罪なき人々を救うために」
リュウは頷いた。「恩に着るぜ、ソフィア=サン」その目には光が戻っていた。「アンタやっぱイイ女だよ」
「カラテと共にあらんことを」
ソフィアは別れの言葉に代えて、宇宙ニンジャをリスペクトするチャントを口にした。アルカイックな微笑が二重露光めいて消えてゆく。
時間が少しずつ流れ始めた。『SSSSSSyyyyyy』機体はスピードを取り戻し、通信音声が可聴域に入った。『yyyyynnnね! バルー=サン、死ねーッ! リアベ号に体当たりするのだーッ!』『アバー……体当たり、する……』
「ザッケンナコラーッ!」
ヨタモノ時代を彷彿とさせる恐るべき宇宙ヤクザスラングとともに、リュウはコンソール右端のレバーを引いた。愛機に備わった最もクレイジーな武器の起動レバーを! ZZZZZZT……主翼が電荷を帯び、巨大なプラズマ・カタナと化す!
「メビト=サン! 死ぬのはテメェだァーッ!」最大加速!
「アイエッ!?」メビトは生まれて初めて我が目を疑った。墜落したはずのリュウ機がいつの間にか前方に現れ、チキン・ランめいて突進してくるではないか!「アイエエエエ! バカな! 貴様はさっき確かに!」
「ライトニング・キリ! イイイヤアアアアアアーッ!」
リュウとメビトの機体は一瞬で交錯した。
SLAAAAASH! プラズマ・カタナで両断されたシュート・ガバナスが、赤熱する断面も露わにパーツを撒き散らした。宇宙スパイダーの脚めいたビーム機銃ステーを! 球状コックピットの外殻を! そして、緑色の血液を撒き散らすメビトの上半身を!「アバババババーッ!」
「サヨナラ!」
KABOOOOOOOM! 機体もろともメビトは爆発四散! リュウは振り返る間もなく通信マイクに絶叫した!「バルー! 避けろォーッ!」
「アイエッ!?」意識を取り戻したバルーの視界いっぱいにリアベ号が迫る!「AAAAAARGH!」「ウオオーッ!」バルーの宇宙猿人反射神経と、ハヤトの宇宙ニンジャ反射神経がシナジーした。上下に避けてギリギリすれ違う両機の偏向シールドが干渉し、バチバチと火花を散らす!
……クリティカルな一瞬ののち、2機は互いに安全圏へと脱した。
「ヤッター!」『ヤッタ、ヤッタ( Λ Λ )』ハヤトとトントは、リアベ号のコックピットで歓声を上げた。
『バッカヤロー! テメェらどういうつもりだ! 俺を殺す気か!』
バルーの怒声が通信回線越しに響いた。リュウとハヤトは絶句し……爆笑した。「「ハッハハハハハハ!」」トントは顔面に「 ー ー 」の文字を灯し、沈黙をもって応えた。
『アァ? 何がおかしい!』「「ハッハハハハハハ!」」『どうしちまったんだよリュウまで! オイ誰か説明しろ!』「「ハッハハハハハハ!」」
リュウは笑いながら拳で涙を拭った。「ワケがわからんわい」憮然と頭を掻くバルーの首筋から、黒く死滅した細胞片がパラパラとこぼれ落ちた。
「オトウサン!」「オカアサン!」「大丈夫だったか!」「アーン!」「ヨシヨシ、頑張ったね」鉱山コロニーの住人と子供たちの再会を、カミジは穏やかな笑みで見守っていた。
宇宙パイロットアカデミーの生徒が、やり遂げた顔で肩を叩き合う。血気盛んな彼らは昏倒から目覚めるや否や、メビトに置き去りにされた下級トルーパーを囲んで叩きのめしたのだ。若者たちの暴動に恐れをなしたガバナス士官はいずこかへ逃亡。かくして、レアメタル鉱山は再び市民の手に戻ったのである。
「レジスタンスの噂は聞いていました。ご尽力感謝します」
アカデミー教師の一人がカミジに近づいてオジギした。その腕には、宇宙民族衣装に身を包んだ少女……ケイが抱かれていた。
「いえ、私は結局無力でした。全てはリアベの勇士の活躍あってこそ」カミジの指差す空に、宇宙へ飛び去るリアベ号の機影があった。「しかし、彼らにだけ戦わせるわけにはいかない。我々には若い力が必要なのです。もし差支えなければ……貴校の生徒を同志に迎えたいと思っています」
「お役に立てるほどの技量を身に着け、本人の意思が一致すれば、何人でも」ケイの父は奥ゆかしく答えた。「我々からはレジスタンスへの参加を強制しません。それでよろしいか」
「無論です。そうあるべきです」頷くカミジの瞳は少年のように涼やかで……微かな危うさをも秘めていた。
「パパ! ハヤトはあの船に乗ってるの?」父の腕の中でケイが問いかけた。「ああ」「また会えるかな!」「ああ、きっとね」ケイは頭を撫でられながら、熱っぽい目でいつまでも空を見上げていた。
同刻。グラン・ガバナスの広大なブリッジに、報告を終えたクノーイが跪いていた。カリカリカリ……壁面の黄金宇宙ドクロレリーフが無言でUNIX両眼ランプを瞬かせる。コーガーとイーガーの兄弟は、固唾を呑んで皇帝の言葉を待った。
『その宇宙ニンジャ、名は何と申したか』
「ハッ。ナガレボシ=サンにございます」不気味な機械音声に、クノーイは淡々と答えた。
『……面白い奴よのう』
それだけ言って、ロクセイア13世は通信を終了した。
「アイエッ?」膝の上にどさりと投げ出された書物の山に、副操縦席のハヤトは目を丸くした。「何コレ」
「アカデミーから借りてきた教科書よ」リュウはニヤリと笑った。「お前だっていつまでもリアベ号で留守番したかねェだろ。戦闘機に乗りたきゃ、せめて卒業レベルまで勉強するこった」
「アノ……まさか、スクールに行ったのはこれのため?」「だったらどうした。文句あンのか」「ウェー……」
『イヤナラ、ヤメトケ』「誰もそんな事言ってないだろ!」ハヤトはトントの皮肉な電子音声に食ってかかった。「絶対一人前の宇宙船乗りになってやる!」「上等だ。その言葉忘れンな」
三人と一体の勇士を乗せたリアベ号は、漆黒の宇宙空間を突き進んだ。
また近いうちに、第15太陽系のどこかで新たな戦いが巻き起こるであろう。ガバナス・ニンジャアーミーの暴威に、さすらいの宇宙ニンジャが立ち向かうであろう。
長く退屈で気兼ねない旅路が、再び始まった。中央船室で眠るバルーの鼾を聞きながら、リュウとハヤトは交代で操縦桿を握り続けた。
【ザ・ニンジャ・ウィズ・ア・ミリオン・アイズ】終わり
マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第5話「呪われた学校」
セルフライナーノーツ
映画「宇宙からのメッセージ」とTVショウ「銀河大戦」:最初のスターウォーズ(現Ep.4)がアメリカで大ブレイクした頃、鷹のように鋭い商人の目を持つ当時の(株)東映CEOは、翌年の夏に本家が日本上陸するより早くスペースオペラ映画を公開してメイクマネーすべく「宇宙からのメッセージ」の製作を開始。なんと本家より2ヶ月早いGW公開に漕ぎ付けた。
その際に造られたセット、ミニチュア、コスチューム、特撮フッテージを活用して誕生したのが「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」である。スカムまとめサイトでたまに混同されるが別作品だ。
宇宙ニンジャ伸縮刀:超振動で切断する設定は当時のノベライズより。国会図書館まで読みに行った甲斐があった。
ライトニング・キリ:リュウ号(ギャラクシーランナー)が「電光斬り」を放つ相手は、本来はバルー号(コメットファイヤー)だった。マジか! 全27話+劇場版を通して一度しか出さない技を! 味方機に!
というわけでスミマセン、マッシュアップの原則に逆らい、標的をメビト機にしました。
ニンジャが死ぬとジツが解ける:「隠密剣士」で1960年代のニンジャブームを牽引し、「仮面ライダー」で変身ヒーロー番組の基本フォーマットを確立した偉大なる脚本家、伊上勝=センセイの生み出した偉大なるお約束のひとつ。ストーリーの圧縮効果は絶大で、今でもスーパー戦隊シリーズなどに連綿と受け継がれている。ルパンレンジャーはこれのおかげで当初の悲願を果たし得たと言っても過言ではない。
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