《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【ザ・ニンジャ・ウィズ・ア・ミリオン・アイズ】
【#1】←
「「イヤーッ!」」
SLAAASH! リュウとハヤトの宇宙ニンジャ伸縮刀は、木製バリケードに打ち付けられたレーザー・ショドー金属カンバンを3つに切り裂いた。
「ガバナス第8」「12再教」「育キャンプ」の宇宙ミンチョ体が吹っ飛び、乾いた大地に突き立つ。1秒後、もろともに切断された有刺鉄線の断片がバラバラと落下した。
「AAAARGH!」
KRAAAASH! 剥き出しになったバリケードに、バルーは肩から背中にかけてを叩きつけ、木っ端微塵に粉砕した。宇宙猿人ボディチェック!
「なァにが再教育だ、偉そうに」
バリケードの残骸を踏み越え、リュウはキャンパスにエントリーを果たした。ハヤトとバルーが続く。
ここは第3惑星ベルダの宇宙パイロットスクール。ガバナスの侵攻が始まるまでは、第15太陽系に生きる宇宙船乗りの最高学府だった場所だ。
荒れ果てた校内に人の気配はない。窓ガラスを9割方叩き割られた講義棟は、ガバナス軍制式ブラスターの銃痕で宇宙スイスチーズのごとき有様であった。一方、そこかしこに掲げられた帝国紋章バナーは全て無残に焼け落ちていた。周囲に飛び散るガラス片は火焔瓶の残骸であろう。
スクールの学生と教師は、彼らを隔離矯正せんとしたガバナス軍に対し、決死の抵抗運動を繰り広げ……いずこかに消えたのだ。
物陰からハヤト達を監視する宇宙女ニンジャあり。ニンジャアーミー諜報部門の長、クノーイである。
彼女の背後で第三の眼が光った。地球型人類の常識を超えて巨大な眼球が、緑にぬめる皮膚に覆われた頭部の中央で黄金色の虹彩をピクピクと蠢かせる。その他には、口も、鼻も、耳もない。
「リアベ号の反逆者ども、しかと見届けた」
単眼の主、ニンジャオフィサー・メビトは、いずことも知れぬ発声器官からくぐもった声を漏らした。
「目を離すなよ。奴らの誰に『仕込み』を行うか見立てねばならん」
クノーイは異を唱えた。「連中は『あの男』を追ってレアメタル鉱山に来るはず。そこを迎え撃てば良いのでは、メビト=サン?」
「報告書に目を通したが、奴らには協力者がいるそうだな。手練れの宇宙ニンジャが」メビトの単眼がぎょろりとクノーイを睨む。「ヒビト=サンを殺ったほどの相手とあらば、俺も全力を尽くさねばならん。ゆえにジツの仕込みは必須だ」
「承知。校内に隠れている連中は?」
「泳がせておけ。反逆者どもの隙を誘えるかもしれん」
「よかった」クノーイの赤い唇が笑みを浮かべた。「死体を作るのは好きじゃないの」
入口に散乱する机やイス……バリケードの残骸だろう……を潜り抜け、三人は講義棟に侵入した。
「学生も教師も、一体どこ行きやがった」
リュウが訝しんだ。校内に戦闘の形跡はない。死体もない。入口のバリケードに至っては、設置者みずから撤去したとしか思えぬ。
「ガバナスをやっつけて本拠地を攻めに行ったとか」
「GRRR……なあハヤト=サン。真の宇宙の男にはポジティブ・シンキングも必要だが、そいつァさすがに……アイエエエエエ!?」
宇宙猿人の悲鳴にリュウが鋭く振り向いた。「どうしたバルー!」「オバケ! オバケがいた! 俺は見た! そこの教室に!」
が、指差す先の教室には誰もいない。「抗戦」「やるか死ぬか」「相手が誰でも」等のスローガンが、アバンギャルド書体で壁に書き殴られているのみだ。
「驚かさないでよバルー=サン。第一オバケなんてこの世に」「霊的存在を軽視するな、ハヤト=サン! オバケを侮る文明人はオバケによって」「オーケーオーケー。落ち着け相棒」
だが、実際バルーは正しかった。彼が見た人影……すなわちメビトとクノーイは、目撃されるや否や跳び上がり、教室の天井に貼りつき隠れていたのだ。
(((単純な思考。鋭い感受性。そして非ニンジャ。ターゲットはあの宇宙猿人に決まりだな)))メビトはニューロンの奥底でほくそ笑んだ。
「ン……ちょっと待ってろ」
とある教室の扉を前に、リュウがハヤト達を制した。宇宙ニンジャ第六感が何かを告げたのだ。静かに身構え……「イヤーッ!」扉を蹴破って前転エントリーを果たす!
ガラガラガラ! 背後で何かの落ちる音が響いた。地球文明圏に連綿と継承される古式ゆかしいブービートラップ。教室のドアを開けると様々なアーティファクトが頭上に降り注ぐ仕掛けだ。
しかしその中身は剣呑。チョークの粉をたっぷり含んだブラックボード・イレイザーの代わりに、十数宇宙キログラムの鉄塊、ガラス片、刃物の数々がぶち撒けられていた。まともに浴びれば、宇宙ニンジャとて無傷では済むまい。
「イヤーッ!」
トラップの主とおぼしき甲高い声が、廃墟めいた教室に響いた。「フン」リュウは鼻で笑いながら宇宙ニンジャ伸縮刀を振るい、襲撃者の鉄パイプをやすやすと両断した。
「ンアーッ!」
襲撃者は尻餅をつき、ヒステリックに叫んだ。「ナニヨ! 殺るなら殺りなさいよ、ガバナスの宇宙ニンジャめ!」
鉄パイプの切れ端を握るローティーンの少女を見下ろし、リュウは苦笑した。「なんてェ歓迎だ。ガバナスに見えるかよ、俺が」
「エッ?」
少女は目をしばたたかせて、リュウの姿を上から下まで見る。「アー、見えない。全然」「だろ?」「エット……ゴメンナサイ」
「ケイ! ケイじゃないか!」
少女の背後からハヤトの声が響いた。しびれを切らせてバルーと一緒に外壁を伝い、窓からエントリーしたのだ。
「ハヤト!」ケイと呼ばれた少女はハヤトに飛びつき、固くハグした。同じ年頃の子供達が物陰から次々と現れる。
「この子、お世話になったセンセイの娘なんだ。妹みたいに可愛がっててさ」「ナニヨ、妹だなんて! ホントは私の事好きなくせに」「こいつ!」
ハヤトは笑って、ケイの膨らんだ頬をつついた。その笑顔に潜む微かな翳りに、ケイは気付かなかった。彼女は知る由もない。ガバナスの侵攻が始まったあの日、ハヤトの妹と両親がニンジャアーミーに惨殺された事を。
……しばしの後。互いにアイサツを済ませた少年少女とハヤト達は、教室の床で車座に語り合っていた。
「みんな勇敢だったわ、パパ達センセイも、学生も」
ケイは目を輝かせて言った。「夜になると、キャンパスに火炎瓶の炎が上がるの。バリケードの外からも見えるのよ。カブーム! カブーム!」真に迫った口真似に、子供達が笑い声をあげる。
「なのに朝起きたら、みんなどっかに消えちゃった。鉱山町の大人も一人残らずよ!」
「それが三日前か。ハヤト=サン、さっきの貨物船にスクールの連中は?」「いたらとっくに気付いてるよ」「だよなァ」
「お願い! パパ達を探して!」
「もちろんさ。クラスメイトを放ってはおけないよ」
ケイの訴えに、ハヤトは笑顔で頷いた。「ヤッタ! 素敵!」「「「アリガトゴザイマス!」」」子供達が一斉に頭を下げた。
「貴方は? やってくれる?」
「エッ、俺?」
虚を突かれたリュウは間の抜けた顔で問い返した。
「貴方も素敵よ。ハヤトほどじゃないけど」
「ブッ!」「WRAAAHAHAHA!」少女のませた物言いにリュウは吹き出し、バルーは爆笑した。「こいつァ参った。わかったよ、探しますよ! なァ相棒」「おうよ!」
「嬉しい! バルー=サンも素敵よ。愛嬌があって」
「……愛嬌?」
バルーが身を乗り出した。「愛嬌だと?」宇宙猿人の目がぎょろりと見開かれる。顔が近い。
「アッハイ……」ケイが笑顔を強張らせて後ずさった瞬間、「WRAAAGH!」バルーは歓喜の咆哮を上げ、胸板を何度も平手で叩いた。
「よかろう! デーラ人の誇りにかけて引き受けた!」宇宙猿人の言語感覚は、「愛嬌」のひと言に地球系文化圏といささか異なる感銘を受けたようであった。
キュルルル……安心したのか、子供達の幾人かが腹を鳴らした。ケイが照れ臭そうに代弁する。「アタシ達、三日前からほとんど何も食べてないの。ガバナスから隠れてて」
「おお、哀れなるおさな人よ!」明らかに平時と異なるテンションに突入したバルーは、背中のズダ袋をどさりと投げ出した。子供達が身を乗り出し、食物の匂いに鼻をひくつかせる。
「子供を食わせるのは大人の義務だ。待ってろ! バルー様がとびきりうまいメシを作ってやるぞ!」天を仰ぎ、両手を広げ……数秒間の沈黙。
「アー……ついては、近くの水汲み場を教えてくれ」
宇宙パイロットスクールの裏手に流れる川は、レアメタル鉱山コロニーの貴重な水源として親しまれていた。平時ならば多くの人々が訪れ、生活の賑わいが溢れる時間帯だ。だが今は宇宙猿人がひとり佇むのみ。
「GRRRRR……愛嬌……愛嬌ときたぜェ……」
バルーは7フィート超の身体を屈め、宇宙ヤギの胃袋で作った水筒を清流に浸しながら、川面に映る自身の顔にニヤニヤと見入っていた。
「GRRRRR……ン?」水面下で何かが動いた……と感じた次の瞬間! 突如緑色の腕が飛び出し、「グワーッ!」バルーを水中に引きずり込んだ!
「ガボッ! ガボッ……」もがくバルーの血中に宇宙猿人アドレナリンが満ちた。ブーストされた筋力で相手の腕を捉え、「AAAAARGH!」空中高く放り上げる!
「イヤーッ!」オリーブドラブのミリタリーニンジャ装束に身を固めた異星人は、空中回転で巧みにバランスを取り、頭上の宇宙コンクリート橋にクルクルと着地した。巨大な単眼でバルーを見下ろし、いずことも知れぬ発声器官からアイサツを決める。
「ドーモ。ガバナスニンジャオフィサー・メビトです」
「ドーモ、バルーです。スクールの奴らを連れ去ったのは貴様か!」
「察しがいいな。なぜわかった」
「勘だ!」
「なるほど。やはり俺の見立てに狂いなし。イヤーッ!」
メビトはフックロープを投擲し、狙いあやまたずバルーの両足首を拘束! 即座に飛び降りると、ギャリギャリギャリ! 鉄パイプ欄干に引っ掛けられたロープがバルーを引き上げ、逆さ吊りにした!
「グワーッ!?」
バルーと入れ替わりに川岸に立ち、メビトが勝ち誇った。
「スクールの不穏分子どもは、このメビトがレアメタル鉱山で働かせておるわ。お前も俺の役に立ってもらうぞ!」
「ナメるな! デーラ人は誰にも利用されん!」野性的反抗心をむき出しに、逆さ吊りのバルーが叫ぶ。
「殊勝な心掛けだ。だが、俺の顔を見て同じことが言えるかな?」
「ぬかせ! 貴様こそバルー様の愛嬌ある顔を……アイエッ!?」
挑発につられてメビトの顔を見た瞬間、バルーの視界は猛烈な勢いで回転を始めた。「アイエエエエエ!?」グルグルと回る世界の中心で、メビトの単眼が黄金色に輝き、他の一切を闇に染めてゆく。
「ヒュプノ・メダマ・ジツ! イヤーッ!」
「アイエエエエエエエ!」
「…………ン………サン………バルー=サン……どこだよ、バルー=サン!」
「アイエッ!?」
遠くからの呼び声にバルーは跳ね起きた。頭上には第15太陽グローラーの光。傍らには川面のきらめきと、満タンになった水筒。「アー……何やってたんだっけな、俺は」
「アッ、いた! バルー=サン、いるなら返事してよ!」駆け寄るハヤトが視界に入ってきた。「迎えに来たんだよ。水汲みから戻ってこないからさ」
「アー、水汲み……そうだった……ガキどもにメシ食わせてやらにゃ」
霞がかった記憶に潜む何者かの影を意識の隅に追いやり、バルーはハヤトの後からノロノロと歩き出した。
しかし、おお、なんたる事か……バルーの後頭部には両生類めいた細胞塊が貼りつき、体毛の下で脈動を続けていた。そして、ナムサン! ぬめぬめと蠢く組織には、閉じた瞼の如き裂け目が生まれ、覚醒の時をじっと待っているのであった!
【#3へ続く】
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