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《分割版#4》ニンジャラクシー・ウォーズ【ストレンジ・アイデンティティ・オブ・ザ・ストレンジャーズ・エンペラー】

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【#3】←

◆#4◆

 意識の断絶は一瞬だった。

 モノクロの同心円パターンが果てしなく広がる地面。その中心に立つ自分の姿を、ナガレボシは知覚した。頭上には何も……天井やドームの類はおろか、太陽も星も銀河もない。自然とも人工ともつかぬ薄明りが、無限の虚無をのっぺりと照らしているだけだ。

『ムッハハハハハハ……』木霊する哄笑とともに、地平線の向こうに巨大な影が屹立した。ゆらゆらと輪郭の定まらぬシルエットの天辺近く、二つの光が横並びに灯っていた。両眼めいて。『ドーモ。ガバナス帝国皇帝、ロクセイア13世である』

 真紅の宇宙ニンジャは異常空間の只中で跪いた。「ドーモ、はじめまして皇帝陛下。ナガレボシです」『ムッハハハハ……クルシュナイ』ロクセイアは鷹揚に笑った。『この星系の宇宙ニンジャクランは惰弱ゆえ、ニンジャアーミーに編入せず抹殺したと聞いておったが、斯様な強者が野に在ったとはのう』

「お褒めに預かり光栄です」奥ゆかしく答えつつ、ナガレボシは皇帝の姿を油断なく観察した。だが、鍛え上げられた彼の宇宙ニンジャ視力をもってしても、その正体を見通すことはできなかった。距離感も不明瞭。そもそも実体の有無すら判然としない。

『望みの褒美を取らす。申してみよ』ロクセイアの影が揺らめいた。『アーミーの副長に取り立ててやってもよいぞ。オヌシならイーガーよりよほど役に立とう』「ありがたき幸せ」ナガレボシは深く息を吸い、懐から金属製のグリップを取り出した。「……では、遠慮なく」ボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形した。

「オイノチ・チョウダイ! イヤーッ!」

 古式ゆかしいアサシン・チャントと同時に、ナガレボシは色付きの風となり、真っ直ぐに巨影を目指した。『ムッハハハハ! やはりのう』ロクセイアの両眼が輝き、BEEEM! BEEEEEM! 破壊ビームでフラットな地面を薙ぎ払った。爆炎が列を成す! KABOOM! KABOOOM!

「イヤーッ!」ビームを掻い潜るナガレボシとロクセイアとの距離が、あり得ない速度で縮まってゆく。『よいぞ!』不定形の姿は近づくにつれ、身長100メートル超の宇宙ブッダデーモン巨石像に確定していった。『オヌシに何ができるか見せてみよ! ムッハハハハハ!』

「イイイヤアアアアアーッ!」ナガレボシは巨石像を垂直に駆け上がりながら、懐からありったけのバクチク・グレネードをバラ撒いた。KABOOOM! KABOOOOOM! KABOOOOOOM! 爆炎から飛び出し、「イイイイヤァーッ!」二段回転ジャンプでさらなる高みへ!

「イヤーッ!」ナガレボシは両手両足を広げて空中回転を相殺、巨石像の頭部に相対した。「トッタリ!」キュイイイイ! 伸縮刀が放つ高周波音は、三次元上のあらゆる物質を切り裂かずにはおれぬカラテ超振動だ! ……しかし。

『つまらぬ』

 興醒めた声でロクセイアが吐き捨てた瞬間、空間内の一切がスローダウンした。(アイエッ⁉)ナガレボシはカナシバリめいて空中に凍りついた。『所詮は何も知らぬサンシタであったか。その程度の攻め手しか持たず、よくもぬけぬけと余の前に出てきたものよ』

(何だとテメェ!)ナガレボシの叫びは声にならず、指一本動かせぬ中、ただ意識だけが明瞭であった。MOO……OO……BAK! 爆炎が逆再生めいて縮み、眩いエネルギーの光点に収束した。巨像には宇宙モスキートほどのダメージもなし。

『もうよい。下がりおれ下郎』弾けた光点が無数のパーティクルに拡散し、渦を巻いてナガレボシを包み込んだ。(グワァァァーッ!)病んだ虹色の光流に苛まれ、ナガレボシは苦悶した。全身の細胞を引きちぎられるような苦痛!

(グワァァァァ……

 ……ァァァァーッ!」

 ガバと身を起こしたナガレボシは、「痛ッてェ!」屈曲した天井にしたたか頭をぶつけた。

 頭を撫でながら周囲を確かめる。彼の五体は胎児めいて、ガラス玉めいた透明カプセルの中に詰め込まれていた。デーモンめいた鉤爪モニュメントが強化宇宙ガラス製の球体を鷲掴み、手首の切断面が床から生えたように台座となっている。カプセルの前に二つの人影あり。コーガーとイーガーの兄弟だ。

「カーッカッカッカ!」「ハッハハハハ!」哄笑する二人の背後には巨大な軍事建造物が聳え立ち、銀河の星々を無骨なシルエットで覆い隠していた。「ブザマなり、ナガレボシ=サン!」コーガーの宇宙ニンジャソードが、気密偏向フィールドの微かな燐光越しに突き付けられた。

 ナガレボシは状況判断した。この場所はグラン・ガバナスのカタパルトブロック上面、建造物は甲板上から見たブリッジであろう。すなわち外は剥き出しの宇宙空間。カプセルを破壊して脱出するプランはこの瞬間なくなった。宇宙ニンジャでも真空に晒されれば死ぬ。

「オヌシ如きが陛下を弑し奉るなど到底不可能! 増上慢を恥じるがよい!」「違えねェ。あんなバケモノをブッ殺すなんざ、アンタでも無理だろうぜ」勝ち誇るコーガーにナガレボシは不敵な笑いを返した。「意外と自分でも試した事あンじゃねェの、コーガー=サン?」

「兄者を侮辱するな!」イーガーが気色ばんだ。「口の減らぬその首をカイシャクして、銀河の果てとやらに蹴返してやろうか!」「大局を見よ、イーガー」コーガーは弟を諫めた。「既にケムリビト=サンが動いておる。ベイン・オブ・ガバナス破壊作戦に向けてな!」

「何だと?」ナガレボシの顔色が変わった。「あの反逆者どもをオーテする最後の駒がオヌシよ。死ぬ前に役に立ってもらうぞ! カーッカッカッカ!」コーガーは哄笑しながら、手の中の遠隔スイッチを押した。ガゴン! 床が開き、カプセルは落とし穴めいたシャフトへ!「グワーッ!」

 ZOOOM……! シャフト内で電磁加速されたカプセルが、弾丸めいて艦底より射出された。「ああクソッ」ナガレボシは手足を突っ張り、天地逆になった身体を立て直しながら悪態をついた。「とんだクソ兄貴だぜ。イーガー=サンの方が100倍可愛げあらァ」みるみる遠ざかるグラン・ガバナス。

 ルルル。ルル、ルルルル……反重力ドライブが断続的に唸りをあげた。カプセルは遠隔制御で複雑な加減速を繰り返し、惑星シータの静止軌道に乗った。眼下に広がる夜の大陸に、ナガレボシの目が細まった。「アー……いや、1000倍かなこりゃ」見覚えある地形はリアベ号着陸地点の上空だ。

「……」ナガレボシは感覚を研ぎ澄まし、周囲の空間の気配を探った。エテルは凪ぎ、当面のところ何かが起きる兆しはない。「ま、今更ジタバタしても仕方ねェ」彼は体力を温存すべく、狭いカプセル内でアグラ姿勢を取り、目を閉じた。

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 とうにウシミツ・アワーを回った地上では、リアベ号の乗組員が焚火を囲み、船長の帰りをむなしく待っていた。

「勝手だよリュウ=サンは。僕が無茶したらすぐ怒るくせにさ」ハヤトはぶつくさと手首のIRC通信機を弄んだ。依然として通信圏外。『コマッタ、ヤツダ( ─ ─ )』「GRRR……まあなァ」生返事するバルーの背後には、ロープ拘束トルーパーが宇宙マグロめいて転がされている。

「なあ、ハヤト=サン」バルーは慎重に切り出した。「リュウの野郎な……ひょっとしたらガバナスの母艦に乗り込んだかもしれん」「エッ何それ!」ハヤトは跳ね起きた。「どうして言ってくれなかったのさ!」「言ったらお前も行くだろうが」「当たり前だよ!」

 リアベ号のタラップを駆け上がるハヤトの前に「マッタ!」バルーが立ちはだかった。「本当にあのデカブツが相手なら、リアベ号じゃどうにもならん。お前もわかってる筈だ」「でも!」「適当で気分屋で女にゃだらしねえが、リュウは真の宇宙の男だ。信じて待て!」睨み合う二人。「……」「……」

「……ッ!」ハヤトは身を翻し、闇の中へ駆け出した。「オイどこへ行く!」「リュウ=サン、その辺に着陸してるかも!」『ソンナ、ハズガ、アルカ』「探してみなきゃわからないだろ!」色付きの風となって走り去るハヤト。宇宙猿人とドロイドが背後でなおも何か叫んだが、彼の耳にはもはや届いていなかった。

 ゴウ! 灼ける熱風に背中を押され、リュウは振り返った。

 開拓局払い下げコンテナハウスを鉄パイプとワイヤで組み上げた違法建築が、眩い炎を夜空に巻き上げていた。「浮浪青少年労働教育センター寮」とミンチョ文字で記された看板が焼け焦げ、みるみる可読性を失ってゆく。懐かしくも忌まわしきタコベヤ・キャンプの最期だ。

 炎に照らされながら、リュウは己の両手を見た。細く、濡れて、幼い。血を吸った作業着が17歳の身体に纏い付く。(((ザ、ザッケンナコラー……ガキが……)))宇宙ヤクザがコンテナハウスの窓から宇宙チャカ・ガンを構えかけ、(((アバッ)))力尽きてコンテナもろとも崩れ落ちた。ZZZOOM……。

 仲間達の姿は既に無かった。(……オタッシャデー)永訣の思いで呟くリュウの背中に、(((なぜだ)))声が投げられた。(((何故、儂とオヤブンのテウチを待たなかった)))闇の中からゲン・シンが歩み出る。(なくなったんだよ。そのテウチが)リュウは投げやりな口調で答えた。

(6号棟のアホ共が、“実習先”から廃棄分の宇宙トーフをくすねて来やがってさ。夜食にしたら速攻中毒でブッ倒れて、トーフ合成工場のシフトに大穴を開けちまった)リュウはボソボソと語った。(そしたら寮長がキレた。違約金の足しに連中を“換金”するって言うんだ。オヤブンも見て見ぬフリ)

(((馬鹿な)))ゲン・シンがかぶりを振った。(((オヌシら全員の身柄は、生活費ローン債務ともども儂に譲渡される契約だ。既にハンコもついておる)))(トーフ中毒で死んだ事にする気だったんだろ。センセイが俺達に幾らカネを積んでくれたか知らないけど、アイツらは手っ取り早くカネの回る方を取るんだよ)

(すぐ闇医者がやって来た)話し続けるリュウの声に怒りがこもった。(いつもの事さ……何時間かしたら臓器で一杯のケースが運び出されて、俺達は吐きそうになりながら仲間の身体を搔き集めて、埋めてやるしかできないんだ)懐の金属グリップを握り締め、吐き捨てる。(もう沢山なんだよ)

(((故に、殺したか)))ゲン・シンが呟いた。(今の俺のカラテでも、皆を逃がす時間は稼げると思った。運が良ければ追手の一人ぐらい道連れにできるかも、って)リュウは懐から伸縮刀を取り出した。スティック状の刀身は血に塗れていた。(それでもいいって思ったのにさ……何なんだよ、あいつら)

 リュウのニューロンに去来するのは、今日まで彼らを養育し、使役し、搾取し続けてきた宇宙ヤクザクランの死に様だった。(ザッケンナコ、グワーッ!)BLAMBLAM!(アイエッ⁉ 何だこいつ!)(弾が! 弾が当たらねえ!)BLAMBLAMBLAM!(グワーッ!)(アイエエエアバーッ!)

 鈍化する時間の中を自在に駆け回り、伸縮刀を振るうたび、血飛沫と断末魔が飛ぶ。(ヤバイ! このガキ宇宙ニンジャだ!)(アイエエエ! 宇宙ニンジャナンデアバーッ!)切断された手足がコンテナ内壁に跳ね返る。血の海で痙攣する身体。漂う黒煙と刺激臭。

(アイエエエ熱い! アバババーッ!)KRAAAASH! 上階の窓を破って火だるま宇宙ヤクザが飛び出し、燃えながら落ちてゆく。(ガキ共がいねえ! 放火して逃げやがった!)(追え! 一人残らずブッ殺グワーッ!)(アバーッ!)(アバババーッ!)喉に、眉間に、股間に宇宙スリケンを突き立てる。

 BLAMBLAMBLAMBLAM!(クソが! タマトッタラッコラー!)寮長がヤバレカバレでバラ撒く銃弾を掻い潜り、コンマ数秒でワン・インチ距離へ。(ヒッ)(じゃあな寮長。アンタ最低のクソ野郎だったぜ)(アバーッ!)心臓を貫いた刀身が勢い余って背中を突き破り、血塗れの手首が飛び出す。

(アイエエエ……スンマセン、スンマセン……どうかこれで……)燃える事務所コンテナの中、足元にドゲザしたオヤブンが札束を捧げ持つ。(スンマセン……スンマザッケンナコラー!)やおら身を起こし、舞い散る万札の中で宇宙チャカ・ガンを構える動きは、滑稽なほどのスローモーション。

(イヤーッ!)(アバーッ!)刎ねた首が回転しながら宙を飛び……必死の形相のまま、バスケットボールめいてゴミ箱の中に落ちた。ポイント倍点。(ハッ)失笑が漏れた。(ハッ、ハハハ……何なんだよ……)胴体からは血飛沫の噴水。笑いが止まらない。(ハハ、ククク……ハッハハハハ……!)

(((是非もなし)))

 ゲン・シンの言葉でリュウは我に返った。ZZZZOOOM……最後のコンテナが崩れ落ち、燻る残骸の山に加わった。(何なんだよ……あいつら、なんであんなにクソ弱いんだよ)声が震える。(従ってた俺達がバカみたいだ。もっと早く殺っとけばよかった)声音に滲む喜色をセンセイに悟られまいとして。

(((なればこそ、オヌシにカラテ不殺の誓いを立てさせた)))ゲン・シンは沈痛な面持ちで言った。若き弟子の爆発的カラテ成長曲線と未熟な精神のバランスを危ぶんだ彼は、ドージョー外でのカラテ使用を固く戒めていた。それが完全に裏目に出た形だ。(((……すまぬ。儂の落ち度だ。彼奴らの本性を見抜けなんだ)))

(もういいよ)リュウは背を向けた。覚悟は既に決まっている。(……俺、もう行くから)(((待て)))ゲン・シンが遮った。(((誓いを破った件は不問に付す。今宵はドージョーで休み、明日改めて話を)))(心配いらないよ。オヤブンのカネがある。当分食うには困らないさ)(((儂は失いたくないのだ。オヌシほどの逸材を)))

(逸材? 俺が?)リュウは自嘲的に笑った。宇宙ヤクザを殺すたびニューロンを歓喜にわななかせ、オヤブンを斬首した瞬間には達せんばかりだった先刻の己自身を、いま彼は嫌悪と共に思い返していた。そんな自分が正しきカラテを学び、カイデンを受け、いつかはセンセイと師弟以上の絆をなどと……なんと身の程知らずな夢想だった事か。

(センセイにはホントの息子がいるんだろ)(((? なぜ今ハヤトの話が出てくる)))(俺みたいなクソ野郎より、そいつをカイデンすりゃいいじゃないか)(((待て。オヌシは心得違いをしておる)))(俺は……どうせ俺なんか、いくら頑張ったってセンセイの)(((儂の話を聞け、ナガレボシ=サン!)))

(うるせェ! 俺をその名前で呼ぶなーッ!)

 涙混じりに叫んで駈け出した瞬間、「痛ッてェ!」リュウは……ナガレボシは、透明カプセルの内壁にしたたか頭をぶつけた。逞しく成長した身体。真紅の宇宙ニンジャ装束。眼下にはシータの夜。現実だ。「……チッ」ナガレボシは舌打ちした。体力温存のためのアグラ・メディテーションが、望まざる記憶にニューロンを接続したようだ。

 あの夜を最後に、彼は二度とドージョーには戻らなかった。三惑星を転々としてサヴァイヴとDIY修行に明け暮れる日々の中、センセイが語ったであろう言葉、授けてくれたであろうインストラクションを必死に想像し続けた結果……イマジナリーフレンドめいた幻のセンセイが、いつしかニューロンに巣食っていたのだった。

(((なんたる損失。クラン随一の才を持つオヌシのカラテが、斯様なところで宇宙の藻屑になろうとは)))内なるゲン・シンが嘆息した。(だからアイツに教えときゃよかったッてか? 親父ってのは勝手だな)(((ハヤト自身もそれを望んでおった)))(仕方なくだろ。他にセンセイがいねェんだからよ)

(……良かったのさ、これで。クラン長の息子を俺のカラテで汚すのは忍びねェ)声なき声で語るナガレボシの口調には、ある種の諦観があった。(我流の適当なカラテに染まるより、独学で修行した方がアイツの為さ)(((己のカラテを卑下するべからず。変異と混淆こそミームの本質ぞ)))(綺麗事だぜ)

 その時。ZOOOOM……エテルの衝撃波がカプセルを震わせた。「来やがったか」ナガレボシは呟き、星々の間に目を凝らした。暗黒の大空間の彼方、レーザーステーを展開しながらシュート・ガバナス三機編隊が迫る。カプセルを掴むモニュメントの中指に仕込まれた誘導灯が、せわしなく点滅を始めた。赤、緑、赤、緑。

『処刑目標確認』『命令を待ちます。ドーゾ』シュート・ガバナス隊長機のコックピットに僚機の通信音声が響く。「アッハハハ!」操縦桿を握るクノーイが哄笑した。「待っておいでナガレボシ=サン! 髪の毛一本残さず、綺麗に原子に返してあげる! アッハハハハ! アッハハハハハ!」

【#5へ続く】


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