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ニンジャラクシー・ウォーズ【ストレンジ・アイデンティティ・オブ・ザ・ストレンジャーズ・エンペラー】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。
本テキストは70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」とサイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!

(これまでのあらすじ)銀河の彼方、地球連盟第15太陽系に属する3つの惑星は、突然襲い来たガバナス帝国のニンジャアーミーに制圧された。しかしここに、平和を愛し、正義を守らんとする人々の戦いが始まったのである。


◆#1◆

 巨大宇宙戦艦「グラン・ガバナス」の薄暗いブリッジを、不穏な沈黙が支配していた。自我漂白済みのサイバネブリッジクルーが黙々と働く中、微動だにせずドゲザする三人の宇宙ニンジャ。壁面には彼らを見下ろすように黄金の宇宙ドクロレリーフが掲げられ、両眼をUNIX点滅させている。

「……いま何と申されましたか、陛下」

 大角宇宙ニンジャヘルムに覆われた頭を上げ、ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーは慎重に口を開いた。『一度会うてみたいと言うたのだ』ドクロの眼を瞬かせ、ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世の通信音声が繰り返した。『小賢しくも余に楯突く反逆宇宙ニンジャ、ナガレボシとやらにの』

「とんでもございません!」イーガー副長が叫んだ。「ナガレボシ=サンは我がアーミーのニンジャオフィサーを次々と葬った凶悪なる使い手! 陛下の御身に万一の事があれば……アイエッ?」のけぞるイーガーの喉元に、コーガーの宇宙ニンジャソードが光っていた。背後へのノールック・イアイである。

「小賢しい。身の程をわきまえよ」「ま、待て兄者。俺は陛下の御身を案ずればこそ」「わきまえよ! イーガー副長!」カラテ漲るコーガーの怒声がブリッジに轟いた。『ピガーッ!』『ピガガーッ!』サイバネブリッジクルーが火花を散らし、次々とコンソールに突っ伏した。

『許してやれ。忠誠心ゆえの諫言を余は咎めぬ』「……ハッ」コーガーは音もなくソードを収めた。『考えてもみよ。余に仇なすほどのワザマエの持ち主が、果たしてこの銀河宇宙に存在するかな?』ロクセイアの声が不穏な響きを帯びた。『オヌシには判っておろう、コーガーよ。ンン?』

「……」コーガーの表情をよぎる殺気は、しかし一瞬で消えた。「ハハァーッ! 仰せの通りにございます」彼はマントを翻して再び平伏した。『よきにはからえ』「ハハァーッ御意! ナガレボシ=サンなる宇宙ニンジャ! このコーガーが必ずや陛下の御覧に入れるでござりましょう!」

『楽しみにしておるぞ。ムッハハハハ!』黄金ドクロの眼光が消えた。通信終了。「俺は反対したからな、兄者」イーガーは立ち上がりながら言った。「奴が陛下に何をやらかしても、俺の責任じゃないぜ」「……」コーガーはじろりと弟を睨むのみに留めた。

「クノーイ=サン!」「ハッ」コーガーの命に応え、パープルラメ装束の女宇宙ニンジャ・クノーイは、既にUNIXコンソール卓のキーボードをタイプしていた。そのバストは豊満である。「かねてより諜報部ではナガレボシ=サンの行動パターンを分析中です。ディープラーニングには未だデータ不足ですが、既に有意な傾向が」

 モニタ上には戦闘宇宙船のワイヤーフレーム三面図。「おお、ベイン・オブ・ガバナス!」叫ぶコーガーにクノーイが頷いた。「ハイ。かの反逆宇宙船・リアベ号の一味が危機に陥った時、高確率でナガレボシ=サンがPOPしています」「俺の読みとも一致するな」したり顔でイーガーが嘯く。

「して、彼奴らの動向は」コーガーが尋ねた。「ナガレボシ=サンの協力を得てメビト=サンを殺し、第3惑星ベルダの鉱山コロニーを解放したのち、第1惑星シータへ。現地に作戦適任者がおります」クノーイはコンソールを通信モードへ切り替えた。「モシモシ、ケムリビト=サン。応答を!」

 ザリザリザリ……モニタにノイズが走り、鈍色装束の宇宙ニンジャの像を結んだ。『アバーッ!』『アババーッ!』スピーカー越しに絶叫が響く。映像はシータの屋外処刑場。何らかのガスが立ち込める中、『『『アバババーッ!』』』数十人の一般市民が喉を掻きむしりながらのたうち回っている。

『ああ、クノーイ=サン、ドーモ。いま手が離せなくてね』宇宙ニンジャ・ケムリビトはカメラに背を向けたまま、チョンマゲめいた頭部ノズルから淡々と毒ガス噴射を続けた。『アバーッ!』『アババーッ!』『ゴボボーッ!』ナムアミダブツ! どす黒い血を吐きバタバタと倒れる市民達!

『見ての通り、取るに足らん不穏分子の駆除中さ。上層部はいささか私を過小評価しているようだ』「団長閣下もご同席よ」『おっと、シツレイ』平然と答えるケムリビトの表情はエアーダクトめいたフルフェイスメンポに覆われ、判然としない。『『『ゴボボボーッ!』』』「……まあいいわ。そのままで聞いて」

 ……「フム、フム」フルフェイスメンポ内臓スピーカーに耳を傾け、ケムリビトは頷いた。その背後では下級トルーパーが軍用トラックの荷台にガス殺死体を放り投げている。「大体わかった。まずはリアベ号の乗組員を一人確保しよう」ケムリビトはしばし思案した。「シュート・ガバナス偵察飛行小隊を使いたい。構わんかね」

『お安い御用よ。諜報部権限で召集するわ』とクノーイ。『新しい身体も必要?』「いや結構」ケムリビトの宇宙ニンジャ装束が気化消滅し、その下から上級パイロットトルーパーの身体が現れた。「今のボディに合わせた作戦を考えた。なに、壊れたら現地で調達するさ」

 第15太陽系主星・グローラーの陽光が、第1惑星シータの峡谷地帯に強烈なコントラストを焼き付ける。断崖を縫う川岸には大量生産居住ユニットが地衣類めいてへばりつき、ありふれた開拓コロニーを形成していた。ガバナス支配下で日々をサヴァイヴする人々の生活の砦だ。

 そんな光景を断崖から見下ろす人影が、ふたつ。

「イヤーッ!」逞しい体躯の男が百メートル近い高みから身を躍らせた。ジュー・ウェア風ジャケットが空中ではためく。「イイイイヤアアーッ!」地面に激突する瞬間、男は宇宙ニンジャ瞬発力を発揮して足元の岩を蹴った。落下エネルギーを逆利用して高々と回転ジャンプ、二度目の着地を果たす。

「ゴウランガ……」驚嘆する崖上の青年を振り仰ぎ、男は遥か下方から手招きした。「やってみな、ハヤト=サン!」「エッいきなり?」ハヤト青年は困惑した。「インストラクションとかないの、リュウ=サン?」「ア? 今やって見せただろうがよ」リュウと呼ばれた男が眉を顰めた。

「二度はやらねェ。登るのが面倒だからな」「そんな! せめてヒントが欲しいよ!」「意外と呑み込み悪ィなテメェ」リュウは顎を掻いた。「アー……じゃあアレだ、鳥にでもなったつもりで飛んでみな」「……鳥?」おずおずと手をばたつかせるハヤト。「そうじゃねェよアホウめ!」

(((オヌシは良き弟子であったが、良きセンセイとは言えぬのう)))今は亡きゲンニンジャ・クランの頭領、ゲン・シンの声がリュウのニューロンに響いた。(俺はセンセイじゃねェ)リュウが素っ気なく返す。(アンタのインストラクションの受け売りならともかく、ンな簡単に言葉で教えられッかよ)

「イ……イヤーッ!」ハヤトは半ばヤバレカバレで空中に身を投げ出した。猛スピードで迫る地面!「アイエエエエ!」宇宙ニンジャアドレナリンが引き延ばす主観時間の中、全身が恐怖に強張った。「グワーッ!」着地の瞬間、位置エネルギーを活かし損ねた五体はあらぬ方向に跳ね、ウケミを取る間もなくゴロゴロと転がった。ブザマ!

 リュウが呆れ顔で歩み寄った。「何やってンだオマエ」差し伸べられた手を掴み、ハヤトは顔を顰めた。「痛ッ……!」「今日はこの辺にして戻ろうや。昼メシ時だしな」「まだやれるよ!」ハヤトは慌てて立ち上がった。「一日も早くリュウ=サンのように……」「ン?」「あ、いや、エット……一人前の宇宙ニンジャになりたいんだ!」

「前にも言った筈だぜ」リュウはぶっきらぼうに言い捨てた。「サヴァイヴできる程度のカラテは教えてやるが、その先は俺の知ったこっちゃねェ。一人前になりたけりゃ自分で何とかしな」「ナンデ!? 冷たいよ!」「なんでもだ!」「……」「……」二人はしばし無言で睨み合った。

「わかったよ」ハヤトは固い表情で崖へと歩き出した。「自分で修行すればいいんだろ。何度でもやるさ」「ハァ? そういう事じゃねェよ! 大体テメェまだヒヨッコもいいトコ……アーッ!」リュウは髪を掻きむしった。「頭カチ割っても自己責任だかンな!」指を突き付けて踵を返す。

(鳥になったつもりで……それはきっと何らかのメタファーだ)絶壁をよじ登りながら、ハヤトは必死にニューロンを回転させた。(さっき跳んだ瞬間、僕はこのまま落ちて死ぬんじゃないかと恐れた……)再び断崖に立ち、着地点を見定める。(でも、自分が飛べることを疑う鳥はいない!)

 ハヤトは深呼吸し、3つ数えて……「イヤーッ!」決断的に身を躍らせた。リュウのぞんざいなインストラクションから、彼は何らかの宇宙ニンジャ真実を掴み取りつつあった。ゲンニンジャ・クランの血のなせる業か。一瞬の浮遊感の後、猛スピードで迫る地面! だが今度は!

「イイイイヤアアーッ!」

 正しい呼吸で地を蹴ったハヤトの身体は、重力を無視したかのように跳ね上がった。「イヤーッ!」回転ジャンプでリュウの遥か頭上を飛び越え、宇宙体操選手めいた着地ポーズを決める。リュウは憮然と立ち止まり、腕組みしてハヤトの背中を睨んだ。(((ウム、見事なり)))ニューロン内でゲン・シンが感じ入る。

「ヤッタ!」満面の笑顔でハヤトが振り向いた。「できたよリュウ=サン! 見た?」「アー、見た見た」リュウが嘆息した。「腐ってもクラン長の息子だよお前は。やっぱ独学の方が向いてるぜ」「そんな事ないよ! センセイのインストラクションがあったから」「俺はセンセイじゃねェ」

「もう一回やってくる! もっと高くから!」「ア? 調子に乗ってンなテメェ」目を輝かせるハヤトにリュウが顔をしかめた。「ビギナーズラックを真に受けると死ぬぜ?」「今なら限界を超えられる気がするんだ!」「それがニュービーの錯覚だッつってンだよ!」その時。

「AAAAAGH……! AAGH……! GH……!」

 野獣めいた咆哮が峡谷に木霊した。「まァたモメてやがンな、あいつら」リュウは呟き、ハヤトの背中を叩いた。「戻るぜ、ハヤト=サン」「エッ? でも修業は」「今度だ今度! モタモタしてると、昼メシ食いっぱぐれるどころじゃすまねェぞ!」駆け出すリュウを、「アッハイ!」ハヤトが慌てて追った。

 カーン! カーン! カーン! カーン!「AAAAAGH!」

 峡谷の底に停泊する戦闘宇宙船。リアベ号の名で知られるその船は、かつて聖なる勇士を乗せてガバナスと戦い、ただ一隻で帝国本星を壊滅せしめたという。その船体の傍らで、子供ほどの背丈のドロイドがヤットコ状マニピュレータでハンマーを掴み、スクラップ鉄板を執拗に叩き続けていた。カーン! カーン! カーン!

「ヤメロ! メシが不味くなるだろうが!」宇宙合金製のオタマを振り上げて叫ぶのは、身長7フィート超のデーラ人(先住宇宙猿人)。実際彼は、石造りのカマドの前で宇宙チキンの丸焼きの仕上げにとりかかっていた。宇宙ショーユの芳香が漂う中、ドロイドが黙々と作業を続ける。カーン! カーン! カーン!

 宇宙猿人バルーはスクラップの山にオタマを突きつけた。「大体何なんだそれは!」ガバナス戦闘機の外殻、中古ジェネレーター、貨物船の航行UNIX……種々雑多なジャンク品がドロイドの手で複雑に結合され、何らかの構造にまとまりつつあった。「着陸するたびにガラクタ集めてきやがって! ポンコツはテメェだけで十分だ!」

 万能ドロイド・トントの頭部が180度回転した。『ニブイ、アタマニ、セツメイ、シテモ、ムダト、ハンダン、スル』電子音声と共に、顔面LEDプレートに「 \ / 」のアスキー文字が灯る。「ンだとォ!」カーン! 球形の頭部に弾き返されたオタマがクルクルと宙を舞った。『イタクモ、カユクモ、ナイ』

「ならこいつはどうだ! ARRRRGH!」バルーが腰の宇宙ストーンアックスを引き抜いた瞬間、「マッタ、マッタ!」「落ち着いてバルー=サン!」駆け込んだリュウとハヤトが左右から羽交い絞めにした。間一髪だ。「そいつァヤバイぜ相棒! トントがいくら石頭でも……ン?」リュウはバルーを見上げて訝しんだ。

 7フィート超の巨躯が、アックスを振り上げた姿勢で固まっていた。『ドウシタ。ナグラナイ、ノカ』「シッ……黙ってろ」耳をそばだてる宇宙猿人の表情に、既に怒りはない。「子供の声だ。ガバナスがどうとか聞こえたぜ」バルーはカマドの火を素早く踏み消し、身を屈めて歩き出した。

「GRRR……用心しろ。ニンジャアーミーが近くにいるかもしれんぞ」デーラ人の聴力は時として宇宙ニンジャのそれすら凌駕する。「……」「……」リュウとハヤトは顔を見合わせ、バルーに続いた。キュラキュラキュラ。車輪走行のトントが後を追った。

◆#2◆

「ガバナス懲らしめるべし! イヤーッ!」

 デーラ人の少年が棒切れを振りかざし、地球型人類の少女に飛びかかった。「チョコザイナ! イヤーッ!」紙製のニンジャトルーパー・オメーンを被った少女がDIY木刀で迎え撃つ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」チョーチョー・ハッシ!

「待てーッ!」「アイエエエ!」より幼い猿人少年とオメーン少女のコンビが、その周囲を駆け回る。少女は身を翻し、想像上の宇宙マシンガンを構えた。「DADADADA!」口真似だ!「イヤーッ!」少年がその場でクルクルと回転した。宇宙ニンジャの側転あるいはバック転回避をイメージしているに違いない!

 無邪気な立ち回りの果てに、「「ゴメンナサイ!」」トルーパー役の少女は暗黙の勧善懲悪メソッドに則って降参した。「「「ヤッター!」」」小さなヒーロー達がバンザイする。「じゃあ次はアンタ達がガバナスね」「エーッ? 嫌だよカッコ悪い」「嫌じゃない! ジュンバン!」「「アイエエエ?」」

 年上の少女がオメーンを手に少年達を追い回す。岩陰から様子を伺うリュウが苦笑した。「あてが外れたな、相棒」「だが見ろよ、カワイイもんだぜ」バルーが目を細める。「開拓コロニーの子かな」ハヤトが訝しんだ。「だろうな。ガバナスに支配されたコロニーじゃ、自由に遊ぶのもままならねェと見える」

「さあ皆さん! 運動の時間はオシマイ。ランチにしましょう」黒髪の女性が手を叩き、子供達を呼び集めた。「「「「「ハーイ!」」」」」彼らは車座になり、スチームド宇宙ポテトの盛られた木皿に手を伸ばした。「「「「「イターダキーマス!」」」」」アイサツもそこそこにかぶりつく。

「オイシイ?」「「「「「ハーイ、センセイ!」」」」」一人一個きりのポテトを嬉々として貪る子供達。見守る女教師の微笑には陰りがあった。バルーとリュウが囁き合う。「見ろよリュウ。育ち盛りの子供達にあの食事は酷だぜ」「確かに、美人にあんな顔させとく手はねェな」

「今日の昼メシは」「宇宙チキンの丸焼き、焦がしショーユがけ」「上等だ、持って来い。俺達ゃガバナスの軍用レーションでも齧ろうや」「あの固形燃料をか? GRRRR……」バルーは喉を鳴らして笑った。その広い背中をリュウが軽く叩く。「頼んだぜ」「おう」

「ドーモ、はじめまして。リュウです」「!」ハッと立ち上がる女性に、岩陰から歩み出たリュウは最上級の笑顔を見せた。「怪しい者じゃありません。自由と平和のために命懸けでガバナスと戦う、ケチな宇宙の男ですよ」(ハァーッ……)(ンだよその溜息は)隣に立つハヤトを笑顔で小突く。

「ドーモ……はじめまして。アグネです」女性は用心深くアイサツを返した。「アノ、どういった御用でしょう。私達は近くのコロニーから課外授業に来ただけで」「なァに、単なる通りすがりです。しかしこれも何かの縁。よろしければ、ご一緒にランチでもと思いましてね」

 リュウはタイミングを見計らい、芝居がかった仕草で背後に親指を立てた。その瞬間、「WRAHAHAHA! ヘイオマチ!」バルーが岩山を越えて姿を現し、脂したたる宇宙チキンの鉄串を聖剣めいて頭上に掲げた。「焼きたてだぜェ!」「「「「「ワースゴーイ!」」」」」子供達の目が輝いた。

 ZOOOOM……! 帝国軍制式戦闘機、G6-Ⅱ型「シュート・ガバナス」の宇宙スパイダーめいた機体が、第1惑星シータの大気を切り裂いた。三機編成の偵察飛行小隊だ。『ザリザリ……地表に微弱なエネルギー反応。リアベ号の可能性高し。ドーゾ』僚機からの通信が隊長機のコックピットに響く。

「周囲の捜索に集中しろ。我々のターゲットはあくまでナガレボシ=サンだ」上級パイロットの肉体に宿るケムリビトが答えた。『ですが、あの船を破壊すれば間違いなくかつてないキンボシに』「貴様らは命令通りに動いていればいい」ケムリビトの返答はにべもない。

「オイシイ!」「お肉なんて久し振り!」「オカワリちょうだい!」「僕も!」

 その頃地上では、子供達が満面の笑顔で宇宙チキンを頬張っていた。「ダメよ皆さん。奥ゆかしくしなさい」困り顔のアグネに、バルーがいかつい微笑を向けた。「気にするなセンセイ。子供を食わせるのは大人の義務だ」『オマタセ、シマシタ』トントが差し出す木皿にはシュラスコめいてチキンが山盛りだ。「「「オカワリヤッター!」」」

「ホラ、センセイも」「アリガトゴザイマス。でも私の分はこの子たちに」リュウの勧める骨付き腿肉をアグネは固辞した。「最近はガバナスの食料徴収が苛烈で、給食が滞りがちなんです。今日の課外授業も人数分のポテトを調達するのが精一杯」「クソ野郎どもが」リュウが拳を掌に打ちつける。

「でもここなら、ガバナスのカリキュラムに縛られない授業ができます。この子達に本当に必要な授業が」「教科書は? 焼かれちまってンじゃねえのか」「ご心配なく」人差し指でこめかみを叩くアグネの笑顔に、リュウは感じ入った。「ハァーッ……思った通りイイ女だぜアンタ」「ハイ?」

 その時。「……来る!」ハヤトが弾かれたように立ち上がった。「ンだよハヤト=サン。こっちはせっかくイイ雰囲気で……」文句を言いかけたリュウが真顔になった。眉間に人差し指と中指を当てて空を見上げるハヤトの目は、トランスめいて異様な光を帯びていた。「何か来る……アブナイ!」

 ハヤトがこうなる時はヤバイ何かの前兆だ。リュウは彼の視線を追い、上空に宇宙ニンジャ視力を凝らした。青空の中に三つの黒点……否、機影!「伏せろーッ!」リュウが叫ぶと同時に、BEEEEAM! 緑色の破壊ビームが閃いた。「「「アイエエエ!」」」子供達が悲鳴をあげる!

 ゴウ! 突風を巻き上げ、三機編隊が頭上を掠めた。「確認した」隊長機のケムリビトが言った。「男が三人、ドロイド一体。あれがリアベ号の反逆者どもか」悠然と機体を反転させる。「奴らにはもう少し肝を冷やしてもらおう」『『ハイヨロコンデー!』』続く僚機!

「あの陰へ!」アグネが指差す先にはトーチカめいた大岩。「「「アイエエエエ!」」」宇宙レミングスめいて駈け出した子供達の背後に、シュート・ガバナスの機影が迫る。「クソッ!」「WRAAAGH!」「させないぞ!」リュウ、バルー、ハヤトが口々に叫び、飛び出した。

 BEEEEAM! 隊長機のビーム機銃が地上を薙ぎ払った。「イヤーッ!」リュウは両脇に少女を抱えて跳躍!「走れ!」着地と同時に子供達を岩陰へ押しやる!「「アイエエエ!」」「テメェらは隠れてろ! 顔出したら死ぬぞ!」「「アイエエエエエ!」」

 BEEEEAM! 僚機Aのビーム機銃が地上を薙ぎ払った。「WRAAAAGH!」バルーは少年猿人とトントを抱えて跳躍!「坊主を連れてけポンコツ!」着地と同時にトントを岩陰へ押しやる! トントは少年の手を掴んで車輪疾走!『イッショニ、カクレマ、ショウ』「アイエエエ待ってよ!」

 BEEEEAM! 僚機Bのビーム機銃が地上を薙ぎ払った。「イ、イヤーッ!」ハヤトは最後の少年猿人を両腕で抱えて跳躍! 岩陰までの距離が足りぬ!「アイエエエエ!」「ダイジョブ! 僕を信じて!」ハヤトの瞳が決断的に光る!「イイイヤァァァーッ!」

 着地の瞬間、ハヤトは宇宙ニンジャ瞬発力を発揮して足元の岩を蹴った。落下エネルギーを逆利用して再ジャンプ。大岩を飛び越えて二度目の着地を果たす。(……ヤッタ!)ハヤトは少年を降ろし、密かにガッツポーズを作った。少年が目をぱちくりさせた。

「アグネ=サン!」リュウが色付きの風となって飛び出し、白い手を掴み寄せた。「ンアーッ!」BEEEEAM! 一瞬前まで彼女がいた空間をビームが切り裂く。「ア……アリガトゴザイマス。あの子達は」「もちろん全員無事だぜ」リュウは抜かりなく親指を立てた。

 BEEAM! BEEEEAM! ビームが大岩を削り取る。「「「「「アイエエエエ!」」」」」身を寄せ合って震える子供達を、アグネは精一杯掻き抱いた。「ダイジョブ。ダイジョブよ皆さん!」「「センセイ!」」「「「アーン!」」」BEEEEEAM!

「……バルー、トント」リュウが立ち上がった。「あのクソ蠅どもを叩き落としに行くぜ」「ガッテン」バルーはトントのボディを小脇に抱えた。「ハヤト=サンはここに残れ。センセイ達を頼む」「ハイ!」「悪ィな。お前の分までブッ殺して来るからよ」リュウは狂暴な笑いを浮かべた。

「狙いが近すぎるぞバカ共め。威嚇射撃も満足にできんのか」機体を旋回させながら、ケムリビトは冷たく言い捨てた。『スミマセン!』『次こそはご期待に沿います!』パイロットトルーパーの恐怖と焦りは回線越しでも明らかだった。ニンジャオフィサーの機嫌を損ねれば命の保証はない。

「ガキや女はともかく、リアベ号の連中は殺すな。私の作戦に支障が……いや待て」ケムリビトは言葉を切り、モニタの倍率を上げた。「どうやら連中、挑発に乗ったようだ」拡大されたリアベ号の映像が、両翼の係留アームを展開しつつあった。

 ガゴンプシュー……広がるアームの先端には、超小型宇宙戦闘機が1機ずつ接続されている。左のコックピットにリュウ、右にはバルー。『ハッシン、ジュンビ、ヨシ』リアベ号の船内では、自身を船体と直結したトントが「OK」の文字を顔面に点滅させていた。

「「Blast off!」」

 KBAM! KBAM! エクスプロシブ・ボルトが炸裂し、リュウとバルーの2機を弾丸めいて射出した。「アッ!」デーラ人の少年が岩陰から身を乗り出し、興奮して空を指した。「ダメよ! 隠れてなさい」「センセイ見て!」鋭角的な二つの機影が低空飛行でシュート・ガバナスに肉薄する!

『リアベ号のブンシンを確認!』『敵機急速接近中!』僚機の報告に、「作戦通りだな」ケムリビトは満足げに頷いた。「では次の命令だ。貴様らは連中に撃墜されろ」『アイエッ!? それはどういう』ZAPZAPZAP!『アバーッ!』KABOOOM!

 問いただす暇もなくリュウ機のパルスレーザーが閃き、僚機Aを爆発四散せしめた。「ハッハー! ざっとこんなモンよ!」コックピットでリュウが拳を突き上げた。「モタモタしてると残りも俺が殺ッちまうぜ、相棒!」『GRRR……黙って見てろ』

 バルーは落ち着き払ってトリガーを引いた。ZAPZAPZAP! 僚機Bのレーザーステーが数本弾け飛ぶ。「アイエエエ! 援護オネガイシマス!」トルーパーBが絶叫した。『聞いていなかったのかバカめ』ケムリビトの通信音声が鼻白む。『同僚は命令どおり撃墜されただろう。見習え』非情!

「アイエエエ! 嫌です死にたくない!」バーティカルループで振り切ろうとする僚機Bに、バルー機が食らいつく。「GRRRR」宇宙猿人耐G力で加速に耐え、UNIXターゲットスコープのアスキー機影を睨み……ZAPZAPZAPZAP!『アバーッ!』KABOOOOM!

「ヤッター!」「WRAAAGH!」地上の子供達が歓声をあげて飛び跳ねた。「スゴイね! 3対2なのに!」少女の一人が興奮の面持ちでハヤトを振り返る。「だろ? 凄腕なのさ、リュウ=サンとバルー=サンは」ハヤトは自分の手柄のように胸を張った。

「作戦は順調だ。これよりフェイズ2に入る」ケムリビトは通信回線のスクランブルを切り……「アイエエエ降伏します!」作り声で叫んだ。「ア?」リュウは虚を衝かれ、トリガーから指を放した。『もう交戦意志はありません! 何でも従います! だから撃たないでェーッ!』

「アー……オーケー。わかったから高度を維持しな」『アイエエエ死にたくないーッ!』ひび割れた絶叫がコックピットに響く。「うるせェな! オーケーっつッてんだろ!」うんざりと叫び返すリュウは完全に毒気を抜かれていた。『コイツをどうする? 相棒』バルーの通信音声も戸惑い気味だ。

「そうさなァ」リュウは沈思黙考し……やがて口元に悪童じみた笑いを浮かべた。愛機をシュート・ガバナスの左舷につける。呼吸を合わせてバルーが右舷へ。「まずは着陸してもらおうか。妙なマネしたらその場でブッ殺すぜ」『アッハイ! 言う通りにします!』

「逃げようなどと思わん事だ」ZAPZAPZAP! バルーがレーザーを空撃ちした。「アイエエエエ! ヤメテ! ヤメテーッ!」ケムリビトは偽りの悲鳴をあげながら、機内UNIXを操作してデータプロテクトを解除する。その手つきは、罠を仕掛ける熟練の狩人めいて滑らかだった。

◆#3◆

「エット……タダイマ」

 リアベ号の停泊地点に戻って来たハヤトは、鹵獲されたシュート・ガバナスをおそるおそる見上げた。足を縮めた宇宙スパイダーめいた機体が、地上ギリギリに浮遊している。「おう、遅かったな」その陰から歩み出たのはパイロットトルーパー!「アイエッ!?」

 反射的にカラテを構えるハヤトに、パイロットはヒラヒラと手を振った。「よせやい。俺だよ」リュウの声だ。背後からバルーが現れ、肩に担いだトルーパーをどさりと放り投げた。ラグドールめいて転がる全身は黒いアンダースーツにくまなく覆われており、素顔は判然としない。

「死んでるの、そいつ」「知らん。リュウが身ぐるみ剥いでたらいきなりブッ倒れやがった」バルーは肩を竦めた。「目ェ覚ましたら面倒だ。適当に縛っとけ」パイロット姿のリュウが言った。「センセイとガキ共はどうした、ハヤト=サン」「大丈夫、無事に帰ったよ。リュウ=サン達にお礼を言っといてってさ」

「上等だ。俺の頼もしさがバッチリ彼女にアピールできたッて寸法だな」リュウはひらりと跳び上がり、シュート・ガバナスのコックピットに身を沈めた。「オイ、何する気だリュウ」バルーが眉をひそめる。「別に。こいつの乗り心地を試すだけさ」「変装までしてか」

 リュウは聞こえぬふりでハッチを閉じた。「オイ相棒!」「リュウ=サン!」ZOOOM!「「グワーッ!」」反重力の渦が砂塵を巻き上げ、バルーは引っくり返った。「リュウ=サン!」クロスガードの隙間からハヤトが見上げる中、機体がレーザーステーを開きながら上昇していく。

 ZOOOOOM! シュート・ガバナスは急激に速度を増し、たちまち青空の中へと消えていった。「GRRR……リュウの野郎、妙な事考えてなけりゃいいが」「妙な事って?」「ン、ンン。まあな」立ち上がったバルーが、砂塵を払いながら曖昧に咳払いした。

 球形のコックピットは、リュウの逞しい体躯にはいささか窮屈だった。余計な箇所に触れぬよう、慎重に手を動かして計器類を探る。ピボッ。UNIXモニタに航宙図が表示された。さらに操作を繰り返し、より深層のデータへ。「ノープロテクトじゃねェか。ツイてるぜ」

 プロコココ……ピボッ。『グラン・ガバナス現在座標な』。輝く十字ポインタとアスキー文字が航宙図に重なった。「ビンゴ! 面白くなってきやがった」フルフェイスメンポの下でほくそ笑み、リュウは操縦桿を傾けた。ニンジャアーミーの母艦へ向けて。ZOOOM……!

 だがリュウは気付いていなかった。彼の足元で脈動する白いガス体の存在に! ナムサン! 身ぐるみを剝がされながらパイロットのアンダーメンポ呼吸口から流れ出したその気体は、リアベ号の誰にも知られぬまま機内に潜り込んでいたのだ。その振舞いを見た者は誰であれ、高度な知性を感じずにはいられなかったであろう!

 ゴウンゴウンゴウン……シュート・ガバナス船外モニタの画角を、グラン・ガバナスの巨体が埋め尽くした。開放型3Dカタパルトを左右に抱えたシルエットは、双子の宇宙巨人のカンオケの如し。「見れば見るほどデカい図体だな」リュウは呟き、そろそろと接近コースを取った。

『ザリザリ……こちら管制室。第196偵察小隊の帰還を確認』グラン・ガバナスからの通信が入る。『1機のみか』「僚機はリアベ号との戦闘で撃墜された」最低限の応答を返しつつ、リュウはコンソールに目をやった。識別信号は正常に送信中。「着艦許可求む。ドーゾ」

 ノイズ交じりの沈黙の中、リュウは操縦桿を握る手に力を込めた。少しでも疑いのそぶりが見えた瞬間、全力で離脱せねばならぬ。追撃は苛烈なものとなろう……『着艦を許可する。左舷第8デッキへ侵入せよ』「了解ドーゾ」息を吐き、カタパルトに機体を滑り込ませる。

 巨大な長方形の空間内には、無数のシュート・ガバナスが係留ハンガーにぶら下がり、休眠する宇宙スパイダーの巣穴めいて多層を成していた。『指定のハンガーに着艦せよ』「アイ、アイ」リュウはモニタのワイヤーフレーム表示に目をやり、十字ポインタで示されたハンガーに機体を寄せた。

 ガゴン! キュイイイ……ガゴン。ジョイントが機首を咥え込んだ。ステーを閉じた機体がハンガーごと90度垂れ下がる。着艦完了。リュウは垂直になった操縦席から抜け出し、キャットウォークめいて張り渡された金網通路に降り立った。宇宙ニンジャの身体能力に依存した簡素な着艦システムだ。

(さァて……何をしでかしてやろうかねェ)

 軽い足取りで歩き出したリュウの背中に、「オツカレサマ」何者かの声が飛んだ。「アイエッ?」反射的に振り向くと、パープルラメ装束の女宇宙ニンジャが通路に立っていた。「アー……ドーモ、クノーイ=サン。只今帰還しました」リュウは内心ひやりとしつつ、因縁浅からぬ女宇宙ニンジャにオジギした。

「ドーモ。コーガー団長が報告を聞きたいそうよ」「団長ォ?」リュウは思わず聞き返した。「いや、もとい、団長閣下でありますか」「アラ、嬉しくないの? 一般トルーパー風情が団長閣下に直接お目通りできるのよ」クノーイは皮肉な口調で言った。「それとも、報告したくない出来事でもあったのかしら」

「いやァそんな! 滅相もない……であります」「ならさっさと来なさい。閣下をお待たせしないで」クノーイは踵を返した。(……まァいいやな。ニンジャアーミーの親玉のツラ、ひと目拝んどくのも悪かねェ)リュウは腹を決め、女宇宙ニンジャに随行した。その後ろをガス体が音もなく這ってゆく。

 ガゴンプシュー……エレベーターの隔壁ドアが開き、クノーイはグラン・ガバナスのブリッジに足を踏み入れた。

 続いて入室しつつ、リュウは周囲に素早く目を走らせた。整然と並ぶコンソール卓にブリッジクルートルーパーが直結し、艦内各所をオペレートしている。見たところカラテは脆弱。事を構えても脅威にはなるまい……「何をモタモタしてるの」「アッハイ、スミマセン」ヘコヘコとクノーイに追いすがる。

「例のパイロットが出頭しました、コーガー団長閣下」跪くクノーイ。「ウム」漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角ヘルムに身を固めた宇宙ニンジャが、慌てて膝をついたリュウを艦長席から見下ろした。傍らに立つはイーガー副長。背後の壁面に飾られた黄金ドクロレリーフが威圧的に輝く。

 しばし沈黙が流れ……「カーッカッカッカ!」コーガーは唐突に哄笑した。「ハッハハハハ!」「ホホホホホ!」イーガーとクノーイも追従めいて笑い声をあげる。「ドーモはじめまして! ニン・コーガーです! 弟が大変お世話になっております!」不審! 一般兵士相手とは到底思えぬ他人行儀なアイサツ!

「イーガー!」「心得た」弟宇宙ニンジャが歩み出し、軍用マントの紐をニヤニヤと解き始めた。フルフェイスメンポの内側でリュウは眉をしかめた。何かヤバイ。「アー、申し訳ありません。アイサツを返したいのはやまやまでありますが、生憎IDナンバーを失念しまして。確認しに兵舎だかドコだかに戻っても……」

「イヤーッ!」イーガーが振り上げた右手の中でマントが縒り集まり、瞬時に電磁鞭へと変形した。「イヤーッ!」リュウは側転回避! 空を切った鞭がコンソール卓を打つ! BBZZZZTTT!『ピガーッ!』直結ブリッジクルーが昏倒するが、イーガーは攻撃の手を緩めない。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」リュウは連続側転回避! BZZZTTT! BBZZZZTTTT! コンソールが火花を散らすたび、『ピガーッ!』『ピガガーッ!』ブリッジクルーがバタバタと倒れてゆく。その一人のメンポ呼吸口にガス体が潜り込んだ。『ピガッ』全身から煙が湧き出し、新たな宇宙ニンジャ装束を生成する。

「ピ、ピガッ……サイバネ者の、のの乗っ取りは、なかなか、はああああ、ああ、まあこれで良かろう」

 痙攣が収まり立ち上がった五体は、鈍色装束とエアーダクトめいたフルフェイスメンポに覆われていた。「先程はドーモ、リュウ=サン。ケムリビトです」カラテを構える。「アイサツは結構。君とは既に面識があるからね」「俺は知らねェな! イヤーッ!」リュウは宇宙スリケンを投擲!

「フン」ケムリビトは僅かに首を傾けて躱した。「理解できなくても無理はないが、君をここまで誘き出したのは私なのだよ。パイロットトルーパーの身体を使って……」「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者のチョップが交錯し、ケムリビトが飛び離れた。「やれやれ。聞く耳持たずか」

「まだ殺すでないぞ!」「承知しております閣下。私が立案した作戦ですので」ケムリビトは頷いた。「本艦にリアベ号乗組員を誘い込み、ナガレボシ=サンの居所をインタビューする作戦、順調に進行中です」「その前に手足のひとつふたつ落としてもよかろうな! イヤーッ!」イーガーが電磁鞭を横薙ぎに振るう!

「勝手に話進めンなテメェら! イヤーッ!」リュウはイーガーの間合いに飛び込んだ。ギリギリまで身を沈め、電磁鞭の下を潜り抜けて艦長席へ!「……」コーガーは腰を落とし、軽く開いた右手を宇宙ニンジャソードの柄に添えた。左手は鞘に。そして!

「イヤーッ!」

 イアイ! 空間が水平に切り裂かれた。『『『ピガガガーッ!』』』コーガーの殺気にあてられ、刃の延長線上にいたブリッジクルーが扇状に倒れた。だがその時、リュウは既にコーガーの斬撃を高々と飛び越えていた。「イヤーッ!」脱ぎ捨てられたパイロット装束が空中で翻る!

 コーガーの背後に着地したのは、新たなる真紅の宇宙ニンジャだった。「銀河の果てからやって来た、正義の味方」カラテを構え、ヒロイックなアイサツを繰り出す。「ドーモ、ナガレボシです」「……オヌシ、できるな」ソードを振り抜いたザンシン姿勢のまま、コーガーが言った。「なるほどイーガーも手こずろうて」

「マッタ」ケムリビトが口を挟んだ。「私が連れて来たのはリュウ=サンの筈。なぜ一足飛びに君がここにいる?」ハヤガワリ・プロトコルを順守した宇宙ニンジャの正体は99.99%秘匿される。「作戦の齟齬を検証せねば」「もうよい」コーガーが遮った。「フェイズ3は中止せよ」「……不本意ですが、団長のご命令ならば」

 コーガーはソードを収めて立ち上がった。「オヌシの目的を言うがよい、ナガレボシ=サン」「そうさなァ」ナガレボシは腕組みした。「せっかくここまで来たんだ。皇帝陛下にでも会わせてもらおうか」「ほう、それは」コーガーの目がカミソリめいて細まった、その時。

『ムッハハハハハ! それはチョージョー!』

 黄金宇宙ドクロレリーフの両眼が輝き、「ハハァーッ!」コーガーは身を翻してドゲザした。『そ奴が例の愉快な男か』「ハハァーッ御意! これなる宇宙ニンジャ、ナガレボシ=サン! 陛下にお目通りを願っておりまするーッ!」

「あれが陛下ねェ」ナガレボシは黄金ドクロを見上げた。「アンタらガバナスは誰も皇帝の顔を知らねえッて噂、本当かい……」「アイサツせよ!」イーガーの叫びをナガレボシは一笑に付した。「通信機にドゲザしろってか? 地球連盟の小役人でも回線越しのオジギが精々だぜ」「貴様ァ!」

『やめよ』「アイエッ!?」皇帝の声に、イーガーは電磁鞭を振り上げたまま凍りついた。『クルシュナイ。とくに謁見を許す。ムッハハハハ!』ドクロ両眼の点滅が幻惑的に早まった。「アイエッ⁉」ナガレボシはよろめいた。視界が赤く染まり、グルグルと回り出す。

「グワーッ!」不可思議な力場に囚われた全身は、もはや指一本動かす事も叶わぬ。『ムッハハハハ! ムッハハハハハ!』機械音声の哄笑とUNIX両眼の点滅が、ナガレボシの視聴覚を埋め尽くした。細胞ひとつひとつを引きちぎられるような苦痛!「グワァァァァァァーッ!」

 ……静寂が戻ったブリッジでコーガー達が面を上げた時、黄金ドクロの両眼は既に光を失っていた。ナガレボシのいた場所には病んだ虹色のパーティクルが漂い、やがて跡形もなくエテルに溶けていった。


◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆#4◆

 意識の断絶は一瞬だった。

 モノクロの同心円パターンが果てしなく広がる地平。その中心に立つ自分の姿を、ナガレボシは知覚した。頭上には何も……天井やドームの類はおろか、太陽も星も銀河もない。自然とも人工ともつかぬ薄明りが、無限の虚無をのっぺりと照らしているだけだ。

『ムッハハハハハハ……』木霊する哄笑とともに、地平線の向こうに巨大な影が屹立した。ゆらゆらと輪郭の定まらぬシルエットの天辺近く、二つの光が横並びに灯っていた。両眼めいて。『ドーモ。ガバナス帝国皇帝、ロクセイア13世である』

 真紅の宇宙ニンジャは異常空間の只中で跪いた。「ドーモ、はじめまして皇帝陛下。ナガレボシです」『ムッハハハハ……クルシュナイ』ロクセイアは鷹揚に笑った。『この星系の宇宙ニンジャクランは惰弱ゆえ、ニンジャアーミーに編入せず抹殺したと聞いておったが、斯様な強者が野に在ったとはのう』

「お褒めに預かり光栄です」奥ゆかしく答えつつ、ナガレボシは皇帝の姿を油断なく観察した。だが、鍛え上げられた彼の宇宙ニンジャ視力をもってしても、その正体を見通すことはできなかった。距離感も不明瞭。そもそも実体の有無すら判然としない。

『望みの褒美を取らす。申してみよ』ロクセイアの影が揺らめいた。『アーミーの副長に取り立ててやってもよいぞ。オヌシならイーガーよりよほど役に立とう』「ありがたき幸せ」ナガレボシは深く息を吸い、懐から金属製のグリップを取り出した。「……では、遠慮なく」ボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形した。

「オイノチ・チョウダイ! イヤーッ!」

 古式ゆかしいアサシン・チャントと同時に、ナガレボシは色付きの風となり、真っ直ぐに巨影を目指した。『ムッハハハハ! やはりのう』ロクセイアの両眼が輝き、BEEEM! BEEEEEM! 破壊ビームでフラットな地面を薙ぎ払った。爆炎が列を成す! KABOOM! KABOOOM!

「イヤーッ!」ビームを掻い潜るナガレボシとロクセイアとの距離が、あり得ない速度で縮まってゆく。『よいぞ!』不定形の姿は近づくにつれ、身長100メートル超の宇宙ブッダデーモン巨石像に確定していった。『オヌシに何ができるか見せてみよ! ムッハハハハハ!』

「イイイヤアアアアアーッ!」ナガレボシは巨石像を垂直に駆け上がりながら、懐からありったけのバクチク・グレネードをバラ撒いた。KABOOOM! KABOOOOOM! KABOOOOOOM! 爆炎から飛び出し、「イイイイヤァーッ!」二段回転ジャンプでさらなる高みへ!

「イヤーッ!」ナガレボシは両手両足を広げて空中回転を相殺、巨石像の頭部に相対した。「トッタリ!」キュイイイイ! 伸縮刀が放つ高周波音は、三次元上のあらゆる物質を切り裂かずにはおれぬカラテ超振動だ! ……しかし。

『つまらぬ』

 興醒めた声でロクセイアが吐き捨てた瞬間、空間内の一切がスローダウンした。(アイエッ⁉)ナガレボシはカナシバリめいて空中に凍りついた。『所詮は何も知らぬサンシタであったか。その程度の攻め手しか持たず、よくもぬけぬけと余の前に出てきたものよ』

(何だとテメェ!)ナガレボシの叫びは声にならず、指一本動かせぬ中、ただ意識だけが明瞭であった。MOO……OO……BAK! 爆炎が逆再生めいて縮み、眩いエネルギーの光点に収束した。巨像には宇宙モスキートほどのダメージもなし。

『もうよい。下がりおれ下郎』弾けた光点が無数のパーティクルに拡散し、渦を巻いてナガレボシを包み込んだ。(グワァァァーッ!)病んだ虹色の光流に苛まれ、ナガレボシは苦悶した。全身の細胞を引きちぎられるような苦痛!

(グワァァァァ……

 ……ァァァァーッ!」

 ガバと身を起こしたナガレボシは、「痛ッてェ!」屈曲した天井にしたたか頭をぶつけた。

 頭を撫でながら周囲を確かめる。彼の五体は胎児めいて、ガラス玉めいた透明カプセルの中に詰め込まれていた。デーモンめいた鉤爪モニュメントが強化宇宙ガラス製の球体を鷲掴み、手首の切断面が床から生えたように台座となっている。カプセルの前に二つの人影あり。コーガーとイーガーの兄弟だ。

「カーッカッカッカ!」「ハッハハハハ!」哄笑する二人の背後には巨大な軍事建造物が聳え立ち、銀河の星々を無骨なシルエットで覆い隠していた。「ブザマなり、ナガレボシ=サン!」コーガーの宇宙ニンジャソードが、気密偏向フィールドの微かな燐光越しに突き付けられた。

 ナガレボシは状況判断した。この場所はグラン・ガバナスのカタパルトブロック上面、建造物は甲板上から見たブリッジであろう。すなわち外は剥き出しの宇宙空間。カプセルを破壊して脱出するプランはこの瞬間なくなった。宇宙ニンジャでも真空に晒されれば死ぬ。

「オヌシ如きが陛下を弑し奉るなど到底不可能! 増上慢を恥じるがよい!」「違えねェ。あんなバケモノをブッ殺すなんざ、アンタでも無理だろうぜ」勝ち誇るコーガーにナガレボシは不敵な笑いを返した。「意外と自分でも試した事あンじゃねェの、コーガー=サン?」

「兄者を侮辱するな!」イーガーが気色ばんだ。「口の減らぬその首をカイシャクして、銀河の果てとやらに蹴返してやろうか!」「大局を見よ、イーガー」コーガーは弟を諫めた。「既にケムリビト=サンが動いておる。ベイン・オブ・ガバナス破壊作戦に向けてな!」

「何だと?」ナガレボシの顔色が変わった。「あの反逆者どもをオーテする最後の駒がオヌシよ。死ぬ前に役に立ってもらうぞ! カーッカッカッカ!」コーガーは哄笑しながら、手の中の遠隔スイッチを押した。ガゴン! 床が開き、カプセルは落とし穴めいたシャフトへ!「グワーッ!」

 ZOOOM……! シャフト内で電磁加速されたカプセルが、弾丸めいて艦底より射出された。「ああクソッ」ナガレボシは手足を突っ張り、天地逆になった身体を立て直しながら悪態をついた。「とんだクソ兄貴だぜ。イーガー=サンの方が100倍可愛げあらァ」みるみる遠ざかるグラン・ガバナス。

 ルルル。ルル、ルルルル……反重力ドライブが断続的に唸りをあげた。カプセルは遠隔制御で複雑な加減速を繰り返し、惑星シータの静止軌道に乗った。眼下に広がる夜の大陸に、ナガレボシの目が細まった。「アー……いや、1000倍かなこりゃ」見覚えある地形はリアベ号着陸地点の上空だ。

「……」ナガレボシは感覚を研ぎ澄まし、周囲の空間の気配を探った。エテルは凪ぎ、当面のところ何かが起きる兆しはない。「ま、今更ジタバタしても仕方ねェ」彼は体力を温存すべく、狭いカプセル内でアグラ姿勢を取り、目を閉じた。

画像17

 とうにウシミツ・アワーを回った地上では、リアベ号の乗組員が焚火を囲み、船長の帰りをむなしく待っていた。

「勝手だよリュウ=サンは。僕が無茶したらすぐ怒るくせにさ」ハヤトはぶつくさと手首のIRC通信機を弄んだ。依然として通信圏外。『コマッタ、ヤツダ( ─ ─ )』「GRRR……まあなァ」生返事するバルーの背後には、ロープ拘束トルーパーが宇宙マグロめいて転がされている。

「なあ、ハヤト=サン」バルーは慎重に切り出した。「リュウの野郎な……ひょっとしたらガバナスの母艦に乗り込んだかもしれん」「エッ何それ!」ハヤトは跳ね起きた。「どうして言ってくれなかったのさ!」「言ったらお前も行くだろうが」「当たり前だよ!」

 リアベ号のタラップを駆け上がるハヤトの前に「マッタ!」バルーが立ちはだかった。「本当にあのデカブツが相手なら、リアベ号じゃどうにもならん。お前もわかってる筈だ」「でも!」「適当で気分屋で女にゃだらしねえが、リュウは真の宇宙の男だ。信じて待て!」睨み合う二人。「……」「……」

「……ッ!」ハヤトは身を翻し、闇の中へ駆け出した。「オイどこへ行く!」「リュウ=サン、その辺に着陸してるかも!」『ソンナ、ハズガ、アルカ』「探してみなきゃわからないだろ!」色付きの風となって走り去るハヤト。宇宙猿人とドロイドが背後でなおも何か叫んだが、彼の耳にはもはや届いていなかった。

 ゴウ! 灼ける熱風に背中を押され、リュウは振り返った。

 開拓局払い下げコンテナハウスを鉄パイプとワイヤで組み上げた違法建築が、眩い炎を夜空に巻き上げていた。「浮浪青少年労働教育センター寮」とミンチョ文字で記された看板が焼け焦げ、みるみる可読性を失ってゆく。懐かしくも忌まわしきタコベヤ・キャンプの最期だ。

 炎に照らされながら、リュウは己の両手を見た。細く、濡れて、幼い。血を吸った作業着が17歳の身体に纏い付く。(((ザ、ザッケンナコラー……ガキが……)))宇宙ヤクザがコンテナハウスの窓から宇宙チャカ・ガンを構えかけ、(((アバッ)))力尽きてコンテナもろとも崩れ落ちた。ZZZOOM……。

 仲間達の姿は既に無かった。(……オタッシャデー)永訣の思いで呟くリュウの背中に、(((なぜだ)))声が投げられた。(((何故、儂とオヤブンのテウチを待たなかった)))闇の中からゲン・シンが歩み出る。(なくなったんだよ。そのテウチが)リュウは投げやりな口調で答えた。

(6号棟のアホ共が、“実習先”から廃棄分の宇宙トーフをくすねて来やがってさ。夜食にしたら速攻中毒でブッ倒れて、トーフ合成工場のシフトに大穴を開けちまった)リュウはボソボソと語った。(そしたら寮長がキレた。違約金の足しに連中を“換金”するって言うんだ。オヤブンも見て見ぬフリ)

(((馬鹿な)))ゲン・シンがかぶりを振った。(((オヌシら全員の身柄は、生活費ローン債務ともども儂に譲渡される契約だ。既にハンコもついておる)))(トーフ中毒で死んだ事にする気だったんだろ。センセイが俺達に幾らカネを積んでくれたか知らないけど、アイツらは手っ取り早くカネの回る方を取るんだよ)

(すぐ闇医者がやって来た)話し続けるリュウの声に怒りがこもった。(いつもの事さ……何時間かしたら臓器で一杯のケースが運び出されて、俺達は吐きそうになりながら仲間の身体を搔き集めて、埋めてやるしかできないんだ)懐の金属グリップを握り締め、吐き捨てる。(もう沢山なんだよ)

(((故に、殺したか)))ゲン・シンが呟いた。(今の俺のカラテでも、皆を逃がす時間は稼げると思った。運が良ければ追手の一人ぐらい道連れにできるかも、って)リュウは懐から伸縮刀を取り出した。スティック状の刀身は血に塗れていた。(それでもいいって思ったのにさ……何なんだよ、あいつら)

 リュウのニューロンに去来するのは、今日まで彼らを養育し、使役し、搾取し続けてきた宇宙ヤクザクランの死に様だった。(ザッケンナコ、グワーッ!)BLAMBLAM!(アイエッ⁉ 何だこいつ!)(弾が! 弾が当たらねえ!)BLAMBLAMBLAM!(グワーッ!)(アイエエエアバーッ!)

 鈍化する時間の中を自在に駆け回り、伸縮刀を振るうたび、血飛沫と断末魔が飛ぶ。(ヤバイ! このガキ宇宙ニンジャだ!)(アイエエエ! 宇宙ニンジャナンデアバーッ!)切断された手足がコンテナ内壁に跳ね返る。血の海で痙攣する身体。漂う黒煙と刺激臭。

(アイエエエ熱い! アバババーッ!)KRAAAASH! 上階の窓を破って火だるま宇宙ヤクザが飛び出し、燃えながら落ちてゆく。(ガキ共がいねえ! 放火して逃げやがった!)(追え! 一人残らずブッ殺グワーッ!)(アバーッ!)(アバババーッ!)喉に、眉間に、股間に宇宙スリケンを突き立てる。

 BLAMBLAMBLAMBLAM!(クソが! タマトッタラッコラー!)寮長がヤバレカバレでバラ撒く銃弾を掻い潜り、コンマ数秒でワン・インチ距離へ。(ヒッ)(じゃあな寮長。アンタ最低のクソ野郎だったぜ)(アバーッ!)心臓を貫いた刀身が勢い余って背中を突き破り、血塗れの手首が飛び出す。

(アイエエエ……スンマセン、スンマセン……どうかこれで……)燃える事務所コンテナの中、足元にドゲザしたオヤブンが札束を捧げ持つ。(スンマセン……スンマザッケンナコラー!)やおら身を起こし、舞い散る万札の中で宇宙チャカ・ガンを構える動きは、滑稽なほどのスローモーション。

(イヤーッ!)(アバーッ!)刎ねた首が回転しながら宙を飛び……必死の形相のまま、バスケットボールめいてゴミ箱の中に落ちた。ポイント倍点。(ハッ)失笑が漏れた。(ハッ、ハハハ……何なんだよ……)胴体からは血飛沫の噴水。笑いが止まらない。(ハハ、ククク……ハッハハハハ……!)

(((是非もなし)))

 ゲン・シンの言葉でリュウは我に返った。ZZZZOOOM……最後のコンテナが崩れ落ち、燻る残骸の山に加わった。(何なんだよ……あいつら、なんであんなにクソ弱いんだよ)声が震える。(従ってた俺達がバカみたいだ。もっと早く殺っとけばよかった)声音に滲む喜色をセンセイに悟られまいとして。

(((なればこそ、オヌシにカラテ不殺の誓いを立てさせた)))ゲン・シンは沈痛な面持ちで言った。若き弟子の爆発的カラテ成長曲線と未熟な精神のバランスを危ぶんだ彼は、ドージョー外でのカラテ使用を固く戒めていた。それが完全に裏目に出た形だ。(((……すまぬ。儂の落ち度だ。彼奴らの本性を見抜けなんだ)))

(もういいよ)リュウは背を向けた。覚悟は既に決まっている。(……俺、もう行くから)(((待て)))ゲン・シンが遮った。(((誓いを破った件は不問に付す。今宵はドージョーで休み、明日改めて話を)))(心配いらないよ。オヤブンのカネがある。当分食うには困らないさ)(((儂は失いたくないのだ。オヌシほどの逸材を)))

(逸材? 俺が?)リュウは自嘲的に笑った。宇宙ヤクザを殺すたびニューロンを歓喜にわななかせ、オヤブンを斬首した瞬間には達せんばかりだった先刻の己自身を、いま彼は嫌悪と共に思い返していた。そんな自分が正しきカラテを学び、カイデンを受け、いつかはセンセイと師弟以上の絆をなどと……なんと身の程知らずな夢想だった事か。

(センセイにはホントの息子がいるんだろ)(((? なぜ今ハヤトの話が出てくる)))(俺みたいなクソ野郎より、そいつをカイデンすりゃいいじゃないか)(((待て。オヌシは心得違いをしておる)))(俺は……どうせ俺なんか、いくら頑張ったってセンセイの)(((儂の話を聞け、ナガレボシ=サン!)))

(うるせェ! 俺をその名前で呼ぶなーッ!)

 涙混じりに叫んで駈け出した瞬間、「痛ッてェ!」リュウは……ナガレボシは、透明カプセルの内壁にしたたか頭をぶつけた。逞しく成長した身体。真紅の宇宙ニンジャ装束。眼下にはシータの夜。現実だ。「……チッ」ナガレボシは舌打ちした。体力温存のためのアグラ・メディテーションが、望まざる記憶にニューロンを接続したようだ。

 あの夜を最後に、彼は二度とドージョーには戻らなかった。三惑星を転々としてサヴァイヴとDIY修行に明け暮れる日々の中、センセイが語ったであろう言葉、授けてくれたであろうインストラクションを必死に想像し続けた結果……イマジナリーフレンドめいた幻のセンセイが、いつしかニューロンに巣食っていたのだった。

(((なんたる損失。クラン随一の才を持つオヌシのカラテが、斯様なところで宇宙の藻屑になろうとは)))内なるゲン・シンが嘆息した。(だからアイツに教えときゃよかったッてか? 親父ってのは勝手だな)(((ハヤト自身もそれを望んでおった)))(仕方なくだろ。他にセンセイがいねェんだからよ)

(……良かったのさ、これで。クラン長の息子を俺のカラテで汚すのは忍びねェ)声なき声で語るナガレボシの口調には、ある種の諦観があった。(我流の適当なカラテに染まるより、独学で修行した方がアイツの為さ)(((己のカラテを卑下するべからず。変異と混淆こそミームの本質ぞ)))(綺麗事だぜ)

 その時。ZOOOOM……エテルの衝撃波がカプセルを震わせた。「来やがったか」ナガレボシは呟き、星々の間に目を凝らした。暗黒の大空間の彼方、レーザーステーを展開しながらシュート・ガバナス三機編隊が迫る。カプセルを掴むモニュメントの中指に仕込まれた誘導灯が、せわしなく点滅を始めた。赤、緑、赤、緑。

『処刑目標確認』『命令を待ちます。ドーゾ』シュート・ガバナス隊長機のコックピットに僚機の通信音声が響く。「アッハハハ!」操縦桿を握るクノーイが哄笑した。「待っておいでナガレボシ=サン! 髪の毛一本残さず、綺麗に原子に返してあげる! アッハハハハ! アッハハハハハ!」

◆#5◆

『コレカラ、ドウスル』「GRRR……俺に聞くなよ」

 バルーは火掻き棒で焚火をつついた。ハヤトがいずこかへ走り去ってから、何度も繰り返されたやりとりだ。口の端に咥えた宇宙葉巻から紫煙が立ち昇り、星空へ消えてゆく。

 どれほど時間が経過しただろう……やがて、紫煙とすれ違うように一筋の白いガス体が上空より降り来たり、バルーの背後の暗闇にわだかまった。彼らの死角を縫って地を這い、パイロットトルーパーのアンダーメンポ呼吸口に音もなく滑り込む。トルーパーの身体がびくりと痙攣した。

 ピボッ。トントがマニピュレータで頭上を指した。『アレハ、ナンダ』「ア?」バルーは目を眇めた。星空の中、せわしなく瞬く光点あり。赤、緑、赤、緑。「さあなァ……何かの信号か、合図か」「そう、合図さ」第三の声!「アイエッ!?」バルーは弾かれたように振り向いた。

「ナガレボシ=サンの処刑準備が整った合図だよ」拘束トルーパーがいつの間にか上半身を起こし、アンダーメンポ越しにこちらを見ていた。「処刑だと? どういう事だ!」バルーがトルーパーの胸倉を掴んだ瞬間、その全身からもうもうと白煙が噴き出した。「アイエッ!?」

 尻餅をついたバルーの眼前でトルーパーが立ち上がった。「フッフフフ」拘束ロープがブチブチと足元に散らばり、五体に纏わりつく煙が新たな装束を形成する。「ドーモ。ガバナスニンジャオフィサー・ケムリビトです」鈍色の宇宙ニンジャは慇懃にオジギした。

「ナ、ナ、何者だ貴様!」「だから今アイサツしただろう。宇宙猿人の低知能ぶりには辟易するな」オジギから頭を上げると同時に、チョンマゲめいた頭部ノズルからガスが噴出した。「AAARGH麻痺毒!」引っくり返ったバルーの巻き添えを食い、倒れたトントの頭部が地面に激突!『ピガーッ!』

「包囲せよ」「「「ヨロコンデー!」」」ケムリビトの命に応じ、岩陰から次々と現れるニンジャトルーパー。およそ一個分隊が円陣を組み、グルグルと二人を取り囲む。「GRRRR……貴様らの思い通りにはならんぞ!」バルーは無理矢理に立ち上がり、痺れる手で宇宙ストーンアックスを構えた。

「やめておきたまえ」ケムリビトはサイバー双眼鏡を投げ渡し、頭上の星空を指差した。「アイエッ⁉」双眼鏡を覗くバルーが叫んだ。電子拡大された宇宙空間を飛び回るシュート・ガバナス。獲物めいて漂うカプセルの中には……「ナガレボシ=サン!」

「この状況、君の頭脳でも理解できると思うがね」「GRRRR!」KRACK! バルーの手の中で双眼鏡が潰れた。「作戦は最終フェイズに入る。カカレ!」「「「ヨロコンデー!」」」ケムリビトの命令一下、無線起爆装置付き宇宙C4爆弾を手にしたニンジャトルーパー部隊がリアベ号のタラップを駆け登る!

「ヤメロクソ野郎ども!」『ユルサ、ナイゾ( \ / )』なす術なきバルーとトントをよそに、爆弾設置作業は着々と進んでいった。「コックピット設置完了!」「中央船室設置完了!」「エンジンルーム設置完了!」「格納庫設置完了!」「WRAAAGH! ヤメローッ!」『ピガーッ!』

「ハァーッ、ハァーッ!」星空よりなお暗い荒野をハヤトは駆け続けた。「リュウ=サン! どこだよリュウ=サン!」無駄と知りつつ叫ばずにいられない。「リュウ=サ……アイエッ⁉」突如視界が白く吹き飛んだ。ギャリギャリギャリ! 宇宙ブーツが急ブレーキめいて土煙をあげる。

「ハァーッ、ハァーッ……」急停止したハヤトは荒い息を鎮めつつ、降り注ぐ白光の源に手を翳した。静寂の中、眩い光子セイルの宇宙帆船が上空に停泊していた。その優美なフォルムは、地球連盟とガバナス帝国いずれの文明圏にも属さぬテクノロジーの産物であり……彼には馴染み深い存在だ。

 船底から地上へ、スポットライトめいて一筋の光が差した。その中に実体化した人影はストレートブロンドの宇宙美女。純白のドレスが逆光に透け、滑らかなプロポーションを浮かび上がらせる。「ドーモ、ハヤト=サン。ソフィアです」

「ド、ドーモ、ソフィア=サン! ゲン・ハヤトです!」ハヤトは食い気味にアイサツを返した。宇宙美女ソフィアは時間と空間を超越して出没し、リアベ号の乗組員に超自然的救済をもたらす守護女神めいた存在だ。「会えてよかった! いまリュウ=サンが大変で……」「リアベ号に危機が迫っています」

「エッ?」ハヤトは虚を突かれた。「貴方がリアベ号を離れてすぐ、ニンジャアーミー部隊が襲ってきたのです。彼らは今まさに船体の爆破準備を進めています」「何だって! じゃあバルー=サンとトント=サンは」「囚われの身です」「アーッ!」頭を抱える!「僕のせいだ! 僕が軽率に船を離れたから!」

「悔いる必要はありません。引き換えに貴方は奇襲の好機を得たのです」ソフィアはハヤトの足元に手を翳した。光のパーティクルが凝集して、四角く畳まれた白銀の衣装に変じた。ブレーサー、レガース、ベルト、頭巾、ゴーグル……まっさらな宇宙ニンジャ装束一式が次々と実体化してゆく。

「アイエエエ!」ハヤトは悲鳴をあげて飛び退いた。それはナガレボシの雄姿を胸に、仲間の目を盗んでコツコツと作り上げたDIY装束。いわば憧れの具現化だ。「ナンデ? ナンデこれをソフィア=サンが?」クローゼットに隠したコス・プレイ衣装を母親に発見されたかの如き羞恥心が彼を苛む。

「私は未来を見ます。あまり遠くまでは見えませんが」ソフィアは言った。「貴方はこの装束を纏い、ガバナスを退けてリアベ号を救うのです。すぐ先の未来で」「無理だよ!」火を噴くような顔でかぶりを振るハヤト。「ナガレボシ=サンに見られたら絶対笑われる!」

「彼は来ません」ソフィアは白い指で星空を指し示した。「エッ」見上げたハヤトの視界に飛び込む赤緑の点滅。ドクン! 心臓が強く打ち、彼の謎めいた超時空認知力が発現した。空間を跳躍した視覚が、軌道上の宇宙カプセル内に真紅の宇宙ニンジャの姿を見出す。「ナガレボシ=サン!」

「ガバナスの母艦に侵入して捕えられたのです」「ナンデ!? 母艦に行ったのはリュウ=サンの筈……」ハヤトの言葉が止まった。リュウがガバナスへ潜入してナガレボシが囚われた……過去のある時はナガレボシが姿を消し、直後にリュウが現れ……またある時は……記憶の断片が結びついてゆく。ハヤガワリ・プロトコルの隠蔽効果を凌ぐ強度で!

「まさか」「そうです」ソフィアは頷いた。「彼はリュウ=サンです」「そんな!」平時のハヤトなら躍り上がって喜んだであろう。憧れの宇宙ニンジャとセンセイが同一人物と知れたのだから。だが今、彼の全身は小刻みに震え始めていた。額に冷たい汗が流れる。

「彼は私が救出します。貴方はリアベ号を」「無理だってば!」ハヤトは再びかぶりを振った。「リュウ=サンもナガレボシ=サンも助けに来てくれないんだよ!」「貴方自身の可能性を信じるのです。さもなければ」ソフィアの声音が厳しさを帯びた。「リアベ号が再び飛び立つ時は来ないでしょう」

「そんな……」ニューロンに冷水を浴びせられた思いで、ハヤトは立ち尽くした。女神にも等しいソフィアの力をもってすれば、軌道上の窮地からをもリュウを救い得よう。だがその時、リアベ号が失われていたら……自分は生涯、彼と仲間達に顔向けできないだろう。

 気が付けば、ソフィアと帆船は消え失せていた。闇の中に取り残されたハヤトは拳を握り、震えを抑えつけた。「……やるんだ」歯を食い縛る。恐怖と不安と羞恥心を、もろともに嚙み砕かんとして。「やるんだ……僕が!」星々の輝きのもと、ハヤトは己の装束に手を伸ばし……掴んだ!

「爆破準備完了!」「ウム」上級トルーパーの報告にケムリビトは頷き、懐から取り出したリモコン起爆装置のアンテナを伸ばした。「ヤメロ! ヤメローッ!」『ピガーッ!』バルーとトントの叫びが空しく響く。「君達はそこで見届けるがいい。ベイン・オブ・ガバナスの最期をな」

「10、9、8、7」ケムリビトは淡々とカウントダウンを開始した。「6、5、4、3」爆破スイッチに指がかかる。「2、1」「WRAAAAGH!」『ピガガーッ!』その時!「イヤーッ!」どこからかヤジリ状の宇宙スリケンが飛び来たり、ケムリビトの手首に突き立った。「グワーッ!」リモコンが地に転がる。

「イイイイヤアアアアーーーーッ!」

 新たな宇宙ニンジャが流麗なる回転ジャンプエントリーを果たした。大岩の上に降り立つ姿を、その場の全員が仰ぎ見た。白銀の宇宙ニンジャ装束。両手両足にはブレーサーとレガース。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾とゴーグルに隠され、人相は判然としない。

「その姿は……ナガレボシ=サン!?」思わず口走るケムリビトに「違う!」白銀の宇宙ニンジャが叫んだ。「僕はナガレボシ=サンの右腕! つまりサイドキックだ!」カラテを構え、決断的アイサツを繰り出す!

「ドーモ、はじめまして! 今の僕はマボロシです!」

「マボロシ!?」「マボロシだと!?」「何者だ!?」「ナガレボシ=サンではないのか!?」どよめき立つニンジャトルーパー部隊!「ナガレボシ=サンに弟分? 初耳だぜ」バルーは目を丸くした。『デモ、ソックリ、ダ( Λ Λ )』トントの頭部UNIXランプが電子的興奮で激しく点滅する。

(ゲンは……まぼ、ろし……)亡父ゲン・シンの声が、マボロシの……ハヤトのニューロンに木霊した。(ゲン、は……みなもと……)

 それは家族が皆殺しにされたあの日、腕の中で死にゆく父が遺した言葉。デス・ハイクとも暗号ともつかぬ謎のフレーズ。真の意味は未だ謎の中だ。だが今、その言葉は天啓めいて、ハヤトに新たな宇宙ニンジャネームを名乗らしめたのである!

「イヤーッ!」マボロシは飛び降りざまに宇宙ニンジャ伸縮刀を振り下ろした。キュイイイイ……カラテを注ぎ込まれた刀身が超振動を放ち、トルーパーの一人を脳天から両断!「アバーッ!」マボロシは左右に割れた身体の間を走り抜け、「イヤーッ!」「イヤーッ!」ケムリビトと鍔迫り合う!

「「「ケムリビト=サン!」」」「バカめ! 私を助ける暇があったら起爆装置を回収しろ!」「アッハイ!」「「ヨロコンデー!」」リモコンめがけて殺到するトルーパー。「そうはいかねえ!」立ち塞がるバルーの全身を宇宙猿人アドレナリンが駆け巡り、麻痺毒を押し流す!

「AAAARGH!」バルーは先頭トルーパーの頭部を掴み、地面に叩き付けるや否や踏み砕いた。「アバーッ! サヨナラ!」爆発四散!『トントモ、ヤルゾ』POW! ドロイドの胸部から射出されたマイクロミサイルが放物線を描き、バルーの頭上を越えて着弾! KABOOOM!「「「グワーッ!」」」「ARRRRGH!」

「危ねえだろうがポンコツ!」クロスガードで爆風を防いだバルーが叫ぶ。『ツギモ、ウマク、ヨケロ』「オイ待て……」POW! KABOOOOM!「「「グワーッ!」」」緑色異星血肉の欠片が降り注ぐ中、「AAARGH畜生!」バルーは匍匐前進で起爆装置を掴んだ。「もういい! お前はコレ持って逃げろ!」投げ渡す!

『ガッテン』キュラキュラキュラ……トントは最短コースで予測落下地点へ車輪走行し、起爆装置を正確にヤットコアームでキャッチした。『アトハ、マカセタ』最大速度のままリアベ号へ。実際、内蔵ミサイルは今の2発でアウト・オブ・アモーだ。降りたままのタラップを駆け上がる。

「起爆装置回収!」「回収ーッ!」追いすがろうとするトルーパー達の襟首を掴み、「WRAAAGH!」バルーは宇宙猿人膂力にまかせて放り投げた。「「グワーッ!」」同僚達に激突したトルーパーは、宇宙ボウリングのピンめいてもろともに地面を転がった。「「「「「グワーッ!」」」」」

「シューッ……」マボロシと鍔迫り合うケムリビトのフルフェイスメンポから、排気めいて白煙が漏れた。チュイイイ……超振動の火花散る伸縮刀を少しずつ押し返し、一瞬の体勢の乱れにトラースキックを叩き込む。「イヤーッ!」「グワーッ!」くの字に吹き飛ぶマボロシは、連続バック転に繋いで距離を取った。

 宇宙ニンジャ装束に潜在能力を引き出されてもなお、ニンジャオフィサーとのイクサは互角とはいかぬ。「ドーモ、ケムリビトです。状況を理解しているのかね君は」ケムリビトがようやくにアイサツを返す。「軌道上のナガレボシ=サンを処刑しても構わないと?」

 ピボボボ、ピボボボ……リアベ号後部の格納庫から、電子音とともに円盤型のスペースクラフトが浮上した。トントのDIYスクラップの完成形である。「逃がさん! イヤーッ!」上級トルーパーが部下の肩を踏み台にして二段ジャンプ、球形のボディにしがみついた。

『ウットウ、シイナ( ─ ─ )』上昇しながら機体がぐるりと360度回転し、上級トルーパーはあえなく滑り落ちた。「アイエエエアバーッ!」墜落死! ルルルルル……スペースクラフトはエンジンの唸りを高め、星空の彼方へ飛び去ってゆく。

「なるほど」ケムリビトの声が一段低くなった。「船と引き換えに協力者を見捨てるか。さすが反乱テロリスト、血も涙もないな。感服したよ」フルフェイスメンポの耳元に手をやり、内蔵IRC通信機を操作する。「クノーイ=サン、応答せよ。ただちにナガレボシ=サンの処刑を……」

「させるか! イヤーッ!」マボロシは宇宙スリケンを投擲! KILLIN! ケムリビトがソードで斬り払う一瞬で距離を詰め、「イヤーッ!」手首ごとソードを斬り飛ばす!「グワーッ!」「バルー=サン! ここは僕に任せてリアベ号で……エット、ナガレボシ=サンを!」

「すまねえ、マボロシ=サンとやら!」片手拝みで駈け出すバルー。それを追うトルーパー達の背中に「イヤーッ! イヤーッ!」マボロシの宇宙スリケンが次々と突き立つ。「「「グワーッ!」」」「やめたまえ! イヤーッ!」ケムリビトのトビゲリを紙一重でスウェー回避!「イヤーッ!」

「虫が良すぎるとは思わんかね、君達」ケムリビトは緑の鮮血ほとばしるケジメ痕を突き出した。存在しない人差し指を突きつけるが如く。「この期に及んでナガレボシ=サンまで助け出そうとは……オット」上半身がぐらりと傾いた。「血が流れすぎたか。そろそろ乗り換えるとしよう」

 ケムリビトの身体が宇宙ジョルリめいてくずおれた。「エッ?」訝しむマボロシの目の前で、鈍色の宇宙ニンジャ装束が雲散霧消した。その下から現れたのはパイロットトルーパーのアンダースーツ死体。呼吸口から白いガス体が流れ出し、宇宙スネークめいた速度で足の間をすり抜ける。

「アイエッ!」マボロシは反射的に振り向いた。ガス体が背後の下級トルーパーの身体を這い登り、フルフェイスメンポの呼吸口からするりと侵入した。「アバッ! アババババーッ!」わななくトルーパーの全身に大気が凝り、鈍色の装束が形成されてゆく。

「ンンッフウーッ……」痙攣が収まった時……ナムサン! そこには新たなケムリビトが立っていた。「アイエエエ!?」叫ぶマボロシの鳩尾に「イヤーッ!」無慈悲なミドルキックが叩き込まれた。「グワーッ!」地に転がる背中を踏みつけるケムリビト。

「グワーッ!」「ンンー……この身体、下級トルーパーにしてはカラテを積んだ方だな」踵を抉り込みながら、ケムリビトは再びIRCコールを飛ばした。「モシモシ、クノーイ=サン」『何があったのケムリビト=サン? さっきの通信途絶は?』「気にするな。君は直ちにナガレボシ=サンの処刑を……」

 BRATATATA!「イヤーッ!」ケムリビトはリアベ号のレーザー機銃掃射を側転回避した。ゴンゴンゴン……上昇するコックピットにはバルーの姿。下級トルーパーの返り討ち撲殺死体をラグドールめいて吐き出しながら、タラップが閉じてゆく。マボロシは立ち上がって叫んだ。「行け、バルー=サン! ナガレボシ=サンを救え!」

『取り込み中のようね』「いいから処刑を急ぎたまえ。リアベ号がそちらに向かったぞ」『ハ? 話が違うじゃない。貴方まさかしくじったんじゃ』ブツン。通信を切り、ケムリビトはマボロシに向き直った。「これでナガレボシ=サンの死は確定した。君にも後を追わせてやろう、サイドキック君」

「死ぬもんか! 僕らの誰も、こんな所で死にやしない!」決死の思いで伸縮刀を構え直すマボロシ。「フン。格好だけのカラテ弱者がイキがるさまは見るに耐えんな」新たな身体でソードを抜き放つケムリビト。対峙する両者の遥か頭上に、緑色のビームが閃き始めた。

◆#6◆

 BEEAM! BEEEAM! 破壊ビームの閃光がエテルの闇を切り裂き、宇宙カプセルを緑色に照らし出す。散開したシュート・ガバナス編隊は、力尽きた獲物を順番に食いちぎろうとする宇宙シャークの群れめいてカプセルの周囲を飛び回り、無慈悲なる軌道上公開処刑シーケンスに入っていた。BEEEEAM!

「いよいよ年貢の納め時か」カプセル内のナガレボシが溜息混じりにひとりごちた。死を目前にしてもなお精神のヘイキンテキを保つべし。無限の大空間で取り乱した者は、万に一つの生を掴み損ねる。宇宙の男の鉄則だ。だが今……彼は胸の裡に無視できぬざわつきを感じていた。

 ついにハヤトに伝えられなかったインストラクションの数々が、ソーマト・リコールめいてニューロンに去来する。微かな痛みを伴って。「みっともねェな、リュウ=サンよォ」BEEEEAM! 至近距離のビーム光が、寂しげに笑うナガレボシの……リュウの片頬に影を刻んだ。「未練だぜ」

 その時。ZZZOOOOOM! 懐かしきエンジン音とともに、リアベ号の無骨な船体が宙域に乱入した。「WRAAAGH!」ZAPZAPZAP!船首レーザー機銃を撃ちまくりながらバルーが吠えた。「AAAAGH! ナガレボシ=サンは殺らせんぞ、クソ野郎ども!」ZAPZAPZAPZAP!

「イヤーッ!」宇宙ニンジャ耐G力を駆使した超高速機動で、クノーイは光弾の雨を回避した。船外モニタをちらりと見て舌打ちする。僚機がリアベ号を振り切れず、交戦状態に持ち込まれつつあった。機動力においてはシュート・ガバナスの方が上だが、それを十全に発揮できるかは操縦者の技量とカラテ次第だ。

「役立たず共が……まあいいわ」宇宙カプセルは既にターゲットスコープの中央。赤い唇に酷薄な笑みを浮かべ、クノーイはトリガーに指をかけた。「じゃあね、ナガレボシ=サン。イーガー副長よりは面白い男だったわよ」BEEEEEAM!

 KABOOOOOM……!

 エテルの暗闇に爆炎が花開いた。「AAAARGH!」バルーは絶叫し、操縦桿を何度も殴りつけた。「畜生! AAAAGH! AAAAAAGH!」いかつい頬に涙が滂沱と流れる。だが一方、シュート・ガバナス隊長機のコックピットではクノーイが驚愕に目を見開いていた。「消えた!?」

 彼女の宇宙ニンジャ動体視力は、着弾寸前にナガレボシが黄金の閃光を放ち、カプセル内から消失する瞬間を捉えていたのだ。左舷モニタが真っ白に輝き、「アイエッ!」クノーイは反射的に手を翳した。船外カメラの自動露出補正機能が働き、並走する飛行物体の映像を結ぶ。

 それは銀色に輝く宇宙帆船だった。側面に並ぶ船窓のひとつから、ストレートブロンド宇宙美女の横顔が垣間見える。その口元に浮かぶアルカイックな微笑は、クノーイのニューロンをひどく逆撫でした。二重露光めいて薄れゆく船体を、僚機の破壊ビームが空しく素通りする。BEEAM! BEEEAM!

「無駄な真似はおやめ! 退却よ!」クノーイは通信マイクに叫び、機体を反転させた。反逆者に協力する宇宙帆船の存在は既に諜報部の知るところであったが、実物を見たのは初めてだ。もはやエテルの他には何もない空間をモニタ越しに睨み、彼女は呟いた。「何者なの、あの女……?」

 地上は夜明けを迎えようとしていた。

「ハッハハハハ!」頭部のチョンマゲノズルから麻痺毒ガスを撒き散らし、ケムリビトは嬉々としてマボロシを苛んだ。「グワーッ!」ついに連続側転回避に失敗し、マボロシはブザマに転倒した。周囲に滞留するガスにニューロンが蝕まれ、四肢の先端が痺れ始めていた。

「「「イヤーッ!」」」マボロシに斬りかかるトルーパー達は、フルフェイスメンポ内蔵フィルターでガスから護られている。「クソッ! イヤーッ! イヤーッ!」バネ仕掛けめいて跳ね起き、伸縮刀で必死に防御するマボロシ。だがこのままではジリー・プアー(徐々に不利)……!

 明けゆく空の一角が不意に輝いた。「見るがいい。ナガレボシ=サンの最期だ」ケムリビトは軌道上の爆発光を指差した。「嘘だ!」マボロシは叫んだ。「ナガレボシ=サンが死ぬもんか!」「ハッハハハハ! 現実から目を背けながら君も死ね! イヤーッ!」

 ケムリビトが斬りかかろうとした瞬間。両者の頭上に黄金の光が迸り、ゴウ! 大気が激しく渦巻いた。「「「「「グワーッ!」」」」」ゴロゴロと地を転がるニンジャトルーパー部隊。同じく吹き飛ばされたケムリビトとマボロシはそれぞれにウケミを取り、金色に渦巻くパーティクルを見上げた。

 風が荒れ狂い、ケムリビトのフーリンカザンたる麻痺毒ガス帯を千々に散らしてゆく。パーティクルは崖の上で人型に凝集し、一人の宇宙ニンジャの姿に変じた。真紅の装束。クーフィーヤめいた頭巾。目元を隠すゴーグル……「あれは!」マボロシが瞠目した。

 ケムリビトは思わず数歩後ずさり、「バカな」崖上に立つナガレボシと上空を交互に見やった。「バカな……あり得ない! あり得ないだろう! たったいま軌道上で処刑された君がなぜ!」「女神様のご加護さ」ナガレボシは余裕の表情で答えつつ、胸の裡で呟いた。(恩に着るぜ、ソフィア=サン)

「俺のいねェ間に好き勝手やってくれたようだな、ケムリビト=サン。このオトシマエは……ンンッ!?」いま一人の宇宙ニンジャの姿に気付き、ナガレボシは目を剥いた。「ナ……何だテメェその恰好はよォ!」自身のコス・プレイめいた姿に人差し指を突きつける。彼の宇宙ニンジャ洞察力をもってすれば、その正体は一目瞭然だ。

「ア、いや、これは……!」マボロシは一瞬取り乱しかけたが、すぐに顔を引き締め、ナガレボシの視線をまっすぐ受け止めた。覚悟は既に決めた筈だ。深呼吸をひとつ。「変幻自在に悪を討つ、平和の使者」流麗な身のこなしでヒロイックなカラテを構える。

「ドーモ、はじめましてナガレボシ=サン! マボロシです!」

 常日頃ひそかに練っていたアイサツ・チャントが、自分でも驚くほど滑らかに口を衝いた。ナガレボシは腕組みして若き宇宙ニンジャのアイサツを見届け、「本気か」低く言った。「……」マボロシは目を逸らさず頷いた。「……そうかい。なら俺もアイサツを返さねえとな」

 ナガレボシは懐から宇宙ニンジャ伸縮刀を取り出した。「銀河の果てからやって来た、正義の味方」力強い身のこなしでヒロイックなカラテを構える。「ドーモ、はじめましてマボロシ=サン。ナガレボシです」二人の視線がぶつかり合い、張り詰めた沈黙が流れた。「……」「……」

「……ハッ」ナガレボシの口元が笑み崩れた。「バッカヤロー! あとで絶対後悔するかンなテメェ!」伸縮刀を突き付けて叫ぶ声音は、吹っ切れたように明るい。「後悔なんかするもんか!」マボロシもまた満面の笑みで叫び返した。「一日も早くナガレボシ=サンのようになってみせる!」

「アイサツは終わったかね」痺れを切らせたケムリビトが口を挟んだ。背後には整列したトルーパー部隊。「ならばマボロシ=サンから死んでもらおう! カカレ!」ケムリビトの号令一下、ニンジャトルーパーは一斉にソードを抜き放った。「「「「「イヤーッ!」」」」」殺到!

「させねェよ! イヤーッ!」ナガレボシが崖上から身を躍らせた。着地の瞬間、落下エネルギーを逆利用して高々と回転ジャンプ!「イイイイヤアアーッ!」キュイイイ……伸縮刀にカラテを込め、二度目の着地と同時にケムリビトを脳天から斬り下ろす!「アバーッ!」

 左右に分かれて転がったケムリビトの肉体は、アンダースーツ姿のパイロットトルーパーに戻っていた。ガス体が地を走り、「アバーッ!」マボロシを取り囲むトルーパーの一人に憑依した。新たなケムリビトとなって斬撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」肩口を浅く斬られたマボロシが倒れ伏す!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ケムリビトの連続ストンピングをゴロゴロと転がって回避するマボロシ!「ハッハハハ、どうしたサイドキック君! これしきのワザマエでナガレボシ=サンの右腕などと……アバーッ!」ナガレボシのヤジリ型宇宙スリケンが嘲笑う喉笛を貫通!

「やり方がセコいぞテメェ! イヤーッ!」「グワーッ!」ナガレボシは壁めいて立ち塞がるトルーパーを斬り倒した。即座に新手が前へ。近付けぬ!「いいぞ! 貴様らはそいつを足止めしていろ!」次の身体に憑依済みのケムリビトが叫ぶ。「弱敵から先に片付けるのはイクサの定石だ! イヤーッ!」「グワーッ!」胸板を浅く斬られるマボロシ! 飛ぶ血飛沫!

「上等だ! イヤーッ!」ナガレボシは連続バック転で飛び離れた。両手に宇宙スリケンを握り、ギリギリと身を捻って叫ぶ。「マボロシ=サン!」ケムリビトと鍔迫り合うマボロシは辛うじてナガレボシを見やり、その一瞬で察した。「いいよ! やって!」「おうよ!」

「ミダレ・ウチ・シューティング! イイイイヤアアアーッ!」

 彼のヒサツ・ワザを知るマボロシだけが、一瞬早くブリッジ回避に成功した。高速回転するナガレボシの身体は真紅の竜巻と化し、そこから放たれる無数の宇宙スリケンがケムリビトとトルーパーを暴風めいて蹂躙する!「アバーッ!」「「アバーッ!」」「「「「アバババーッ!」」」」

「ヌゥーッ……」ケムリビトが呻いた。ソードで防ぎきれなかった宇宙スリケンが何枚も四肢に突き立っている。トルーパー部隊は全滅。「ハァーッ、ハァーッ……コソコソ逃げ込む先がなくなったな、うらなり煙幕野郎」ナガレボシは片膝をつき、荒い息で笑った。「弱敵から先に片付けるのが定石なンだろ?」

「フン、意趣返しのつもりかね。だが」「イヤーッ!」「アバーッ!」ケムリビトの胸からスティック状の刀身が突き出した。マボロシが跳ね起きざまに背後から心臓を刺し貫いたのだ。「ハイクを詠め、ケムリビト=サン!」「ゴボッ……その必要はないね」メンポ呼吸口から、異星血液と共にガス体が溢れ出る。

 トルーパーに戻った肉体が爆発四散した。「イヤーッ!」マボロシの投げた宇宙スリケンが、ガス体を空しく突き抜ける。『ハッハハハ! カラテやスリケンで私は殺せんよ』不明瞭な笑い声とともに、ガス状のケムリビトはみるみる高度を上げて行った。『またいずれ、別の姿で君達をハメてやろう。オタッシャデー!』

「クソ野郎が」ナガレボシが吐き捨てた時、BEEPBEEP! マボロシの腕時計型IRC通信機がコール音を発した。『聞こえるか、ハヤト=サン……』バルーからの通信だ。『ナガレボシ=サンが死んじまった……人質にされて……ガバナスの野郎共がリアベ号に爆弾仕掛けるためによォ……ウウッ』

「爆弾?」明けゆく空を見上げるナガレボシ。リアベ号の船影を認めた瞬間、彼のニューロンは高速で回転した。「オイ相棒!」マボロシの手首を掴んで叫ぶ。『リュウ? リュウか? お前いつ戻って』「爆弾ッつったな! あンのかそこに!」『お、おう』相棒のただならぬ様子に、バルーの涙声がたちまち引き締まった。

「C4がざっと1ダース。無線起爆式のやつだ」バルーは操縦席から振り返り、中央船室の床に積み上げた爆弾を見やった。「起爆リモコンはトントがバラしちまったがな」『ソノホウ、ガ、アンゼント、ハンダン、シタ』リアベ号と合流済みのトントが頭部を回転させた。足元には電子部品の山。『モンク、アルカ』

『構わねェ! 今すぐこの上にバラ撒け!』ピボッ。グリーンモニタのアスキー地図にビーコン座標が点灯した。バルーは瞬時に状況判断した。「ガッテン!」叫ぶや否やコックピットを飛び出し、爆弾の山を抱え上げてダストシュートに放り込む。入れ替わりに航法UNIXを直結掌握したトントが、急旋回をかけつつ船底の投棄口を開いた。ガゴン!

 地上では、マボロシの手首で通信機がビーコン発信を続けていた。遥か頭上をリアベ号が通過する。だが彼の未熟な宇宙ニンジャ視力では、投下されたはずの爆弾を捉えようもない。

 ナガレボシはしばし上空を睨んだのち……狙いを定めて跪いた。宇宙スリケンを握る両手を背中に回し、弓を引き絞るように力を籠める。「イイイイイ……」装束越しに筋肉が縄めいて浮き上がった。「……イイイイヤアアーーーッ!」同時投擲!

 二枚の宇宙スリケンはDNA螺旋めいて絡み合い、指数関数的軌道を描いてほぼ垂直に空を駆け上がった。目を閉じてザンシンするナガレボシ。その背中と頭上を交互に見やり、マボロシは固唾を吞んだ。沈黙のうちに時間が流れる。2秒、3秒、4秒……

 DOOOM……上空の一点に生じた小爆発が引き金となった。DOOOM! DOOOOM! 放射状に誘爆が広がり、DOOOOM! DOOOOM! KABOOOM! ものの数秒で上空一帯が赤黒い炎に埋め尽くされた。DOOOOM! KABOOOOM! DOOOOOM! KRA-TOOOOOM……!

 ゴウ! 爆風と衝撃波が地上に到達した。二人の宇宙ニンジャは両足を踏みしめ、荒れ狂う熱風にクロスガード姿勢で耐えた。クーフィーヤめいた頭巾が激しくはためく。……やがて戻った静寂の中、空から落ちて来た物体が乾いた地表に激突して、グシャリと広がった。

 それは空中で焼き尽くされ、もはやガス体にも移行できぬ体組織の塊だった。「ア、アバッ」炭化した体表の下、赤く爛れた肉と極彩色の内臓の隙間から不明瞭な声が漏れる。断末魔にわななくその姿は、何らかの名状しがたき生命のありようを思わせた。「サヨナラ!」ケムリビトは爆発四散した。

 ゴンゴンゴンゴン……リアベ号は垂直着陸でシータの地上に帰還した。タラップを降りるバルーの表情は沈痛だ。後に続くトントの顔面に「T T」のアスキー文字がしめやかに点滅する。「すまねえ、ナガレボシ=サン……」7フィート超の長身が頭を垂れ、謎めいた真紅の宇宙ニンジャの冥福を祈った。

「俺達ゃ、アンタに助けられてばっかりだったなあ」トボトボと歩き出した宇宙猿人の呟きはオツヤめいて湿っぽい。「なのに恩のひとつも返せねえまま……こんな……こんなよォ……ン?」涙に霞む視界の中に立つ、真紅と白銀の人影。バルーは目を擦った。「あれは……!」

『ピガッ!?』棒立ちの背中にトントが衝突して電子的悲鳴をあげた瞬間、「WRAAAGH!」宇宙猿人は歓声をあげて駆け出した。「おう、相棒」「バルー=サン!」振り向く二人の宇宙ニンジャは頭巾とゴーグルを外し、リュウとハヤトとしての素顔を晒していた。

「WRAHAHAHA! 何だよお前! そういう事かよ!」ナガレボシ装束のリュウを抱え上げ、バルーはピョンピョンと飛び跳ねた。「ハハハハ! 悪かったな黙ってて……アイエッ?」リュウの身体が腕の中でクルリと回転し、SLAM! プロレスめいて地面に叩きつけられた。「グワーッ!」

「何しやがるテメェ!」悪童めいた笑顔でリュウが叫んだ。「WRAHAHA! 勝手なマネをしたお仕置きだ!」「グウの音も出ねェわ! ハハハハハ!」「WRAHAHAHA!」……ひとしきり笑った後、リュウはバルーの差し伸べた手を取って立ち上がった。ハヤトの手首を掴み、そこに重ねる。「心配かけたな」

「一人でガバナスの本拠に乗り込むなんてズルいぜ、リュウ=サン?」「この野郎」不敵ぶるハヤトの額をリュウが小突いた。「わかったよ。次のカチコミは三人一緒に行こうや」「約束だよ!」「GRRR……そうとも。真の宇宙の男はいつでも一蓮托生よ」

 キュラキュラキュラ。『トントモ、イマス。イクトキハ、ヨニン、デス』ドロイドのヤットコアームがさらに重ねられた。「ア? 四人じゃねえよ。三人とポンコツだ」『サッキマデ、メソメソ、ナイテタ、ヤツガ、エラソウニ( \ / )』「ンだとォ!」

「プッ」ハヤトは思わず吹き出した。「アハハハハ!」「ハッハハハ!」「WRAHAHAHA!」ピボボボ、ピボボボ。トントの電子音が三人の笑い声に加わった。宇宙ニンジャ、ニュービー、宇宙猿人、ドロイドが円陣を組む。「よォし出発だ!」「ハイ!」「WRAAAGH!」『ガッテン、ダ( Λ Λ )』

「センセイ、あれ!」

 シータの荒野を歩く生徒が空を指差した。「まあ」課外授業登校中のアグネは、花のように顔をほころばせた。ZOOOM……昇る朝日にボディを輝かせ、戦闘宇宙船が飛び去ってゆく。「オーイ、リアベ号!」「また来てね!」子供達は一斉に手を振った。「「「オタッシャデー!」」」

 アグネもまた、胸に手を当てて宇宙の勇士の武運を祈った。(勇気をもって戦い続けてください……この子達の未来のためにも)

 ピボッ。『アナリス、カラノ、キュウエン、シンゴウヲ、キャッチ』リアベ号のコックピットで、トントは顔面に「SOS」の文字を灯した。「リュウ=サン!」「おうよ。第2惑星アナリスに進路を取れ!」「アイサーッ!」自信に満ちた手つきで、ハヤトが操縦桿を傾ける。ZOOOOM……。

 その背中を眺めつつ、バルーは満足気に宇宙葉巻をふかした。「一皮剥けたな、ハヤト=サン」主操縦席のリュウが振り返る。「甘やかすなよ相棒。コイツすぐ調子に乗るからな」「なんだよ! もう少し褒めてよ!」「コス・プレイの出来はまあまあだったぜ」「エーッ?」トントはうんざりと頭部を回転させた。『ウルサイ、ヤツラダ( ─ ─ )』

 ZZOOOOM……無限の大空間を飛ぶリアベ号の傍らを、ソフィアの宇宙帆船がつかのま並走した。船窓から笑顔を覗かせる宇宙美女に手を振りながら、三人と一体はアナリスへの旅路を急いだ。次なる戦いへの道を。


【ストレンジ・アイデンティティ・オブ・ザ・
ストレンジャーズ・エンペラー】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第6話「怪皇帝の正体?」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

今回は長い:「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」は1話30分枠のTVショウ。文字に起こすとだいたい20000文字前後になるのが常だが、このエピソードはそれを15000文字ぐらいオーバーしてしまった。
 理由は明らかで、とにかく本編に説明が足りないのだ。地上にいたはずのケムリビトがグラン・ガバナスのブリッジにPOPした理由も、ゲン・ハヤトがいきなり宇宙忍者“まぼろし”になった経緯も、何かにつけてハヤトへの当たりが強かったリュウの態度が軟化したきっかけも、なにもかも説明なし。
 ラフ&ブルタルなストーリーテリングは1978年当時でも相当にレアで、いま見ると逆に面白い。機会があればぜひ一度視聴して頂きたい……とはいえさすがに1970’sそのままの味をお出しするわけにはいかんわな。そう考えて、独自設定とオリジナル展開をめちゃくちゃ盛りまくった結果の15000文字なのです。それはそれで楽しかったけど。もともと辻褄合わせが好きなんだなきっと。

▲アマプラ会員であれば、このチャンネルに1ヶ月だけ登録するのが最もコスパの高い視聴方法だろう(配信ラインナップから外れることがあるので事前確認は必要だが)。1日1話で余裕で完走可能。


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