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『MOCT-「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人』

著者の青島顕という人は1966年生まれの毎日新聞東京社会部記者。この本が初めての単著とのこと。東西冷戦下のモスクワ発の日本語放送で業務を担ってきた日本人たちを追ったノンフィクション。「MOCT」とは橋を意味するロシア語のこと。彼らが遠い異国の地から何を伝えようとし、何を伝えられられなかったか。

70年代、中高生を中心としたBCLブームにはまっていた人は一度ならずモスクワ放送の電波を受信していたと思う。モスクワ放送は比較的受信しやすく初心者向けにはうってつけだったらしい。まさに世代だったのだが、その頃はフォークだロックだと音楽ばかりに夢中になっていて、海外といえばアメリカやイギリスばかりで遠くシベリア鉄道の向こうはまったく関心の外だった。読んだ本といえば五木寛之の「さらばモスクワ愚連隊」くらいか。

モスクワ放送で働くということはどういうことか。なぜ彼らは遠くモスクワの地で暮らすことになったのか。シベリア抑留という過酷な経験を経てという人もいれば、自ら求めて入っていったという人もいる。日本語放送が始まったスターリンの時代に始まり、フルシチョフやブレジネフなどを経てゴルバチョフのグラスノスチへ、政権と世界情勢の変遷に翻弄されながらも彼らが伝えようとしたことは。「Back  in  the  U.S.S.R.」をかけた時のこと、戦前樺太からソ連へ逃避行し世間を驚かせた岡田嘉子の逸話(彼女は戦後モスクワ放送のアナウンサーになっている)、使用済みのレントゲン写真で作られた非合法の「肋骨レコード」などのエピソードを絡ませながら一人一人の人生が浮き彫りになる。

電波に乗せたのはただのプロパガンダだったのか、彼らはそのお先棒を担いだだけなのか。著者は一人一人への取材を重ねながら、そんな「うわべの偏見」をきれいに剥がしていく。取材を受けた人の一人がウクライナ侵攻に関して残した言葉「当事者にとって物事そう簡単に白黒つけられるものではない。すべて陰影のある灰色なのだ」-この世に真っ赤な人間も真っ黒な人間も、ましてや真っ白な人間などどこにもいない。X(旧Twitter、めんどくさいなー)あたりではびこる一刀両断の危うさなんてのもよぎった一冊。

2023年第21回開高健ノンフィクション賞受賞作。




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