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「歴史は面白い」と漫画は教えてくれたけれど。

カゴ直利という人の名前を突然思い出した。60~90年代を中心に学習漫画で知られた漫画家。今はどうしているのかと思ったら2013年に亡くなられていた。合掌。1920年生まれというから天寿を全うされたのだろうか。学習漫画という枠故に正当な評価をされていなかったという。かくいう私も漫画「日本の歴史」でしか氏の作画は見ていない。力強いタッチで、絵の巧い人だった。

我が家にあったのは学習漫画の先駆けの一つだった集英社の「日本の歴史」全18巻(明治以降は宮坂栄一という方の作画)。1967~69年の初版で監修が和歌森太郎。父親が和歌森ゼミだったので刊行にあたり「息子さんにどう」という話があったらしい。1967年といえば小学2年、漫画と言えば何でも飛びついた。牧歌的な藤子不二雄の世界が物足りなくなってきた頃で、歴史上の人物が感情たっぷりに躍動する様に、ダイナミックな歴史という「物語」の虜になった。そして子供心に「その時、歴史が動く」のにはちゃんとワケがあるらしい事を知る。

ところが、その後学校で習った歴史は漫画の躍動感とはほど遠く、これが同じ歴史なのかと疑いたくなるほど退屈極まりないものだった。大事も小事もないまぜの平坦な事実の羅列と人格を持たない名前だけの人間が出入りするその時間は、泰平の眠りに誘うにもってこいの時間となる。歴史の授業は、よく眠くなる授業の筆頭格に挙げられる。そもそも「歴史と言えば暗記」というのが定着しているのだからさもありなん。日本史の教師だった父親は、生前あの手この手を使ってどうにか生徒の気を惹こうと悪戦苦闘したらしい。政治家の汚職・芸能人のゴシップ・あれやこれやのアップトゥデイトな話題と結びつけ(大抵の歴史は今とほとんど進化していない)、息子が高校生になれば同年代の女学生(私の高校時代、父親は女子高に勤務していた)に我が子の行状を暴露(一体何をばらした)し興味を惹こうとした。昭和から現代を犠牲にするカリキュラムに抵抗し、最後の期末テスト後に希望者だけを集めて自主講義も開いていた(教室の定員以上の生徒は集まったらしい)。

一体、過去に学ぶことをこんなに軽んじている国が世界のどこにあるのだろう。都合の悪い真実はシュレッダーしてしまえばそれで済む国だ。ただ、愚民化政策はしたたかに、着実に進んでいると思われる。

蛇足ながら、親は息子が漫画「日本の歴史」に夢中になった事に味を占めて「なぜなぜ理科学習まんが」という全集を買い与えたが、こちらは期待したリアクションはなく、数回読んで書棚の肥やしと化した。漫画は、万能ではない。

見出しのイラストは「ふっくらポリサット」さんの作品をお借りしました。

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