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「巨大テック企業」 SAPのスポーツ活用②成長期

今回はSAPの成長期におけるスポーツとの関わりについて触れる。

●チャート

<「巨大テック企業」SAPのスポーツ活用>

はじめに
創業期:ERPパッケージを開始した時期
成長期:ERPパッケージでグローバル展開した時期 ◄本記事
③停滞期:ERPパッケージの限界を迎えた時期
④革命期<前半>:クラウドへの変革を進めた時期
⑤革命期<後半>:クラウドのさらなる進化を目指す時期
⑥日本での活動

SAP R/3でグローバル企業に

1988年に上場した後、約10年間かけてSAPは一気に成長し、ITバブルの絶頂期である1999年には売上が約5,000億円、企業価値は約8兆円となった。また1998年には米国のNY証券取引所にも上場している。

SAPはこの10年でグローバルでみてもトップカンパニーの仲間入りをしたのだ。

特に伸びたのは米国事業。1991-1995年には年間で85%以上の売上成長率となり、ドイツでの売上を超えるようになった。
(この頃からメインマーケットになった米国では、今後様々なスポーツ活用を展開していくことになる)

このグローバル成長を牽引したのが、新型ERPソフトウェア「SAP R/3」。

これまでのR/1・R/2と同様、SAP R/3の「R」はリアルタイムを、「3」はシリーズ3つめの製品ということだけでなく三層アーキテクチャの採用を意味している。

この三層アーキテクチャの採用により、負荷分散や柔軟なシステム変更が実現し、操作のリアルタイム性が一気に高まった。

ERPソフトウェアは、様々なデータを統合・蓄積し、ビジネスパーソンが判断をスピーディー行うためのサポートをしてくれるものであり、そのリアルタイム性の大幅な改善は、それだけで世界中の企業を魅了するものだった

また、そもそも「ERP」という概念を最初に世の中に出したSAPは名実ともにERPのトップリーダーであった。

この時期、SAPが始めた象徴的なスポーツへ関わりは2つ。

創業者ホップ氏がホッフェンハイムのオーナーに

一つは、1990年の創業者ホップ氏がホッフェンハイムのオーナーとなり、全力支援を始めたこと。

前回の記事にも書いたが、この後1991年からクラブは急速な発展を遂げ、20年間で9部リーグから1部リーグまで一気に駆け上がることになる。

ちなみに、急躍進を遂げたホッフェンハイムへのホップ氏の関与には否定的な意見もある。1人が50%以上の株式を保有してはいけないという「50+1ルール」に違反し、スポーツの商業化を助長している、というものだ。

しかし、あまり世の中に正確に伝わっていないホップ氏の信念を知れば、このような批判は的外れと分かる。

ホップ氏はSAP上場によって1兆円とも言われる巨万の富を得たが、その資産を世の中に還元し続けている。その寄付額は1,000億円を超えており、『世界で最も寄付をした20人』にも挙げられている。

また、1995年には財団Dietmar Hopp Stiftunを立上げ、保有するSAP株式のほとんどを財団へ寄付している。この財団はスポーツだけを対象としておらず、「若者」に関連する医療・健康に関する研究、地域密着型の教育、に幅広く資金を供給している。この中でも実は医療機関への寄付が2/3を占めているとも言われていおり、ここからも分かるように、ホップ氏の関心事は、「若者」を軸に社会を良くすることにあるのだ。

ホップ氏がホッフェンハイムを支援し始めた理由は、「ホッフェンハイムを1部まで昇格させる・株式の値上がりで儲ける」ということが一義的な理由ではなく、「地域密着型の教育」の場としてスポーツを選択したことが大きいとも言われている。

また、そもそも、「50+1ルール」自体も古い可能性がある。スポーツを継続的に行っていくスために、むしろ50%以上の株式保有を義務付けるMLSもある。

いずれにしても、「若者を軸に世の中を良くする」というホップ氏の想いに沿った資金還元の一部が、本格的にホッフェンハイムへ供給され始めたのが1990年であり、その後累計約400億円がチームに投じられることになる

またホッフェンハイムでは、ホップ氏の思想に沿い、一貫してユースからの育成・昇格を重視する戦略をとっている。そして、ドイツ・ブンデスリーガで最もトップチームの平均年齢が低いチーム(24歳)でもある。

資金力に物を言わせて世界中からトッププレイヤーを集めているわけではない。若い選手を一流選手に育てることで、トップリーグで戦い続けているクラブなのだ。

そして、その育成の根幹にあるのが、SAPのテクノロジーということになる。ホッフェンハイムは「現代サッカーの象徴」とも言われるほど、あらゆる場面でテクノロジーを活用している

このホッフェンハイムの若者から育てるスタイルと、ブンデスリーガでの長年の実績が、SAPのブランディングに役立っていることは言うまでもない。

マクラーレンと技術開発パートナーに

2017年、マクラーレンとSAPのパートナー契約が2020年まで延長が発表されたと報じられた。

このパートナーシップは、本記事が対象とするSAP成長期の1997年に始まったもので、すでに20年以上続いている息の長い取り組みだ。

マクラーレンと言えば、1992年に「史上初の1億円カー」を発表したことでも有名なイギリスの名門レーシングチームで、常に世界最先端の新技術導入にチャレンジしている。

SAPはこのマクラーレンのパートナーとなり、そのデータ処理のリアルタイム性をアピールし続けている。

F1で走行するマシンは「走る研究所」とも言われるくらい、F1は今も昔も世界中の知が結集するスポーツだ。

また世界中のどんなスポーツよりも素早い連携が必要になる。

大好きな動画がこちら。F1ではいかにスピードが大切かが分かる(笑)

このもっともリアルタイム性が求められてるスポーツに対して、SAPはソリューションを提供し続けている。その長年のパートナーシップ関係の象徴として、マクラーレン関係者はこう語っている。

「1兆件のデータをSAPシステム内に蓄積。グランプリが開催される週末には200万から400万件のデータを、SAP HANAを用いて処理してレースカーのチューニングを行っています。また、膨大な履歴データを活用してブレーキの摩擦や温度の状況を把握し、レーシングカーの開発に役立てることもしています。」

1997年にパートナシップ開始当初は、世界的に人気があり、最先端技術が集結するスポーツであるF1で、SAP S/3のリアルタイム性を証明することから始まったと推察される。

そのパートナーシップが継続し、いまではHANAやSAP S/4 HANAといったSAPの新しいソリューションの実証実験の場としても活用されている

成長期まとめ

サッカー・F1は、SAPのDNAである「リアルタイム性」を世の中に示すためにはうってつけの領域だ。

重要なこととして、サッカーでは30年以上、F1では20年以上という長いパートナーシップの中で、ホッフェンハイムやマクラーレンと良好な関係を築いていることだ。

世の中の変化が激しくなる中で、常に新しいソリューションを試してくれるパートナーとの信頼関係が重要であり、その礎が築かれ始めたのがSAPの成長期であったのではないか

次回の記事は、SAPの停滞気について触れるが、この時期にイノベーションのジレンマから抜け出すことができたのも、この時期の仕込みがあったからだろう。

<「巨大テック企業」SAPのスポーツ活用>

はじめに
①創業期:ERPパッケージを開始した時期
成長期:ERPパッケージでグローバル展開した時期◄本記事
③停滞期:ERPパッケージの限界を迎えた時期
④革命期<前半>:クラウドへの変革を進めた時期
⑤革命期<後半>:クラウドのさらなる進化を目指す時期
⑥日本での活動
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池田寛人 | ファンベース×金融

気ままに更新をしています。マーケティング、フィンテック、スポーツビジネスあたりを勉強中で、関心があう方々と情報交換するためにnoteはじめました。サポートいただけると力がでます。どうぞよろしくお願い申し上げますm(_ _)m

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スポーツ系・ビジネス系書評 |ファンベースカンパニープロデューサー | 国立高校(FC町田ゼルビア)→慶應SFC(体育会ソッカー部)→野村證券にて営業/PB/投資/新規事業等→令和元年に(株)ファンベースカンパニー立上げ | いつか君津でまちづくり