街角で見かけたシンガー

午後からアルバイトがあった。

電車を降りるときに軽い粉雪か舞うような寒さだった。

駅を出ると、雪は収まってったが、かすかな隙間からギリギリわずかな陽が刺すような寒い曇天だった。

あたたかい蕎麦でも食いたい気もしたが、最近、食が細くなっていて、ガッツリ蕎麦を食えないような気がした。

ベーカリーでハムの入ったデニッシュパンをひとつ買って、モールの広場で食べることに決めた。

いつもだと、鳩やすずめなどが沢山やってくるのだが、この寒さだ

鳩一匹(一羽か?)いやしない。

缶コーヒーを買ってきて、ボチっと栓(フタ)を開けて、ベンチに腰をおろす。

ひだりの方から、歌が聴こえてくる。

左手にあるモール前の屋外ステージから聴こえてきた

結構うまい歌だった。

といっても、たとえば、マライアキャリーのそれとかと較べると優劣はあまりに明らかなのだが

フツーにうまく、ライブなんかをやるのは一応理解できるレベルではあった。

バックのサウンドも、録音音源だったが、かなりしっかりしている。

録音音源をバックに、彼女がひとりで歌っている。

お金になるのかな?

余計な心配があたまをよぎる。

曲が終り、MC(曲間のお喋り)が始まる。

大阪から来たというはなしだった。

MCが結構面白く

大阪の女の子って、みんなこんなに、かわいいと面白いが両立するのかな、という不思議な疑問がわく。

関東(こっち)の人って、控えめで人見知りで面白くないみたいなイメージがあるが

そういわれてみると、明らかにあっち(関西)の空気が漂ってる気もした。

MCを聞いていると、こちらも若干不思議な上機嫌に包まれる。

30(歳)になったというはなしだ。

知り合いなら

「結婚はどうするの?」という悲惨なツッコミを入れただろう。

日常会話というのは、特に悪意なく、その人がしばしもっとも嫌がるツッコミをつい入れてしまう場合もある。

それに自覚的になると、口数も減るもんだ。

これからの10年(40までの)は積極的に自分のスタイルを追求していきたいいというはなしだった。

明るい希望に溢れている。

僕は、結構な齢(アラフィフ)なので、多少冷静に考えてしまう。

女性シンガーなんて、それこそ松田聖子レベルにでもならないと

45をすぎたあたりから苦しいんじゃねぇか、みたいな……

でも、これからの10年を語るそのシンガーは、今輝いている。

10人ほどしか見てる人がいない

モール前の特設ステージで、はち切れんばかりの明るさに満ちている。

大事なのは、きっとそういうことなのかもしれない。

赤ちゃんを産むとか、家庭に入るみたいなプランは多分まったくないのだろう

50をすぎたらどうするつもり?なんて、多分まったく要らぬお世話なのだろう。

大阪からわざわざ神奈川なんかに1人でやってきて

10人見ているかいないかの屋外ステージで、この寒い曇天の中、明るいパフォーマンスをしているそのシンガーに、少しだけ自分を重ねた。

多分、そこまでやっても、儲かったりはしないのだろう。

そのシンガーと自分はきっと、すこしだけ見つめているところが重なるのではないか

そんなまったく勝手な思い入れをして、そのシンガーにもう一瞥入れる。

そろそろバスの時間なので、シンガーの歌うステージをあとにした。

シンガーのやることは、ただ歌うだけではもしかするとないのかもしれない。

斬りつけるような寒さの中、ちょっとだけ懐があったまったような気がした。

無料でいいのかなというちょっとした後ろめたさを感じつつ


(あとがき)
昨日、そのシンガーからもらったエネルギーを無にしてしまうのは、ちょっと苦しくて、せめてそのスッケチを書き留めようと思いました。
日記みたいな文章にお付き合いくださり、ありがとうございました。

(製作データー)
書き始め:2022年2月6日午前9時53分

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