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私は役に立てない がんサバイバーと献血

新型コロナウイルス感染症の影響で、献血が不足している。

献血は、いつも不足している。さまざまなところに献血車が出向き、知恵を絞ったPRが行われている。私は輸血のお世話になったことはないのだけれど、がん経験者としても輸血用血液の重要さはとてもとても理解しているつもりだ。でも、これまで一度も献血をしたことがなかった。

高校生の頃、1年に2度ほど献血車が来ていた。文字通り血の気が盛んなお年頃だから、じつに正しい! でも、その頃の私はよくわからない湿疹でかゆみ止めの薬を服用していたため、行かなかった。その後もずっと機会はなく、30代にさしかかって「これは社会に生きるものとして協力せねばならんのではないか?」と高めの意識を持つようになったころには抗うつ剤や入眠剤が手放せない生活で無理。思えば処方薬をまったく服用していない時期というのが人生の中ですごく少ない。

そんな「健康」な状態があまりない人生の中で、かなりピチピチに元気だった7年ほど前。乳がんの標準治療が終わり、長い長い低空飛行を終えて人並みの健康を備えたアラフォーになった。常時服用の薬もなかったので、次に献血の機会があったらぜったいに行こう!とひそかに思っていた。ちょうど運転免許センターに献血ルームがあるのを思い出し、免許更新の手続きを終えてうきうきと献血を申し込んだ。

お菓子や飲み物をいただきながらアンケートを書き込んでいると、ん?となる。ちょうど90年代の前半にイギリスで短期語学留学をしていたから、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の項目で引っかかったなと思った。あれあれ、知らなかったよー。係の人にアンケートを見せたが「まあでも一応、面談までしてもらいましょうよ」と血液もらう気まんまんの様子だった。

献血の前に医師が面談をする。私のアンケートに目を通した医師は、とてもやさしい目で私を見ながら「乳がんをされたのですね。献血はしていただけません」と言った。私は驚いて、標準治療は2年程前に終了して貧血も服薬も何もないですよと言ったら、医師はやさしい目のまま小さくため息をついて

「僕は、がんの専門医です。ときどきこちらでボランティア的に来ているのですけれどね。僕の患者さんにもがん治療を終えて、少しでも恩返しがしたい、世の役に立ちたいと献血を考えていると言ってくれる方がおられます。すごくありがたいし、気持ちは痛いほどわかるんです。やっと取り戻した健康な体だからね。でも、抗がん剤や放射線治療をしたでしょう。体の中にはがん細胞が確かにいたわけでしょう。だから本当に申し訳ないけれど、いただくわけにはいかないんです

私は、心底びっくりした。自分が無知だということもあるけれど、その献血ルームの注意事項にもアンケートにも「がん経験者はご遠慮ください」という注意書きは目立つようになっていなかった。がんの主治医からそんな留意事項を聞いたこともなかった。健康を取り戻したと思っても、ふつうの人とは違うなんてその時まで思いもよらなかった。

私はその医師にお礼を言って、献血ルームのスタッフには平謝りして(お菓子をかなり食べちゃってたし)帰途についた。これが、初めて自分ががんサバイバーだと自覚した時だったかもしれない。私は、もう健常者じゃないんだ。どんなに努力して健康を目指しても、そうはなれないんだ。

術後7年目のその時、ホルモン治療を終えて生理が戻ってUFTの影響がすっかり抜けて、それまでの6年間が嘘だったように年齢相応の元気さを取り戻したあの時に突き付けられた現実は、大げさかもしれないけれどがん告知に匹敵するショックだったように思う。告知の時と同じく泣きもしなければ、誰かに言うこともなく、何に怒って何を悲しめばいいのかわからなかった。世の中でこんなに献血を呼び掛けているのに、見た目は健康でも私はもう協力することができない。

それまでのように無関心でいればよかったのに。輸血が他人事で、どこかで誰かがやってくれているのだろうと思ってればよかったのに。軽く思いついた自分の「恩送り」の気持ちでずたずたに傷ついた。まあ、勝手なことだ。

献血の話題に心がざわつくことはもうないけれど、健康を取り戻したがんサバイバーたちが自分の「恩送り」的な善行に傷つかなければいいな…と思う。そして、2人に1人ががんになることを考えれば、そうでない人たちは「よし献血をしよう!」と思い立ったその時に行ってもらえれば…と。

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