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しみじみと美味しいロシア料理の秘密をエピソードから探る―お菓子編

『はじめてでも美味しく作れるロシア料理』著者ヴィタリさんに訊く、もうちょっとロシア料理のことーvol.9ー

料理が大好きというロシア人のオペラ歌手、ヴィタリ・ユシュマノフさんのとっておきのロシア家庭料理のレシピが、はじめてでも美味しく作れるロシア料理という一冊の本になりました。この連載では、本に収めきれなかった貴重な解説を含め、いくつかのレシピを特別に公開しています。
ロシア料理のレシピだけでなく、その特徴や成り立ちについても熱心に調べているヴィタリさんのノートから、今回はお菓子のエピソードをピックアップしてご紹介します。詳しい作り方が気になる方は、ぜひ本書を見てみてください。
前回の記事はこちらからどうぞ。

5歳の時に初めて作った、思い出のお菓子「カルジーナチキ」

型に生地をできるだけ薄く伸ばして貼りつけたら、焼き色がつきすぎないように焼き上げるのがポイント。

子供のころ、誕生日やお正月になると父がいつも作ってくれた、思い出のお菓子。デザートのメインともいえるお菓子です。

「カルジーナチキ」とは、小さいバスケットの意味で、20世紀半ばのソ連で生まれました。
生地の軽くサクサクとした食感を生み出す秘密の材料は、ゆで卵の黄身
柔らかいクリーム、たっぷりのジャムと一緒にほおばる、繊細なお菓子です。
決して派手でなく、素朴で美味しいこのお菓子は、政府の公式なレセプションでも振舞われるそうです。

初めて父を手伝って、これを作った時、私は5歳でした。これが私の料理研究の始まりです。

ロシアのクッキーと聞くと、これを思い浮かべる人も多いかも?「クラビエ」

こちらも焼き色をつけずに、できるだけ白い状態で美しく焼き上げるのがポイント。アプリコットジャムとの相性も抜群です。

ソ連生まれなら誰しも、子どものころからよく知っていて、皆、大好きなクッキーです。
ロシアには190もの民族が住み、東洋からも影響を受けています。このクッキーもクリミア・タタール料理の伝統菓子です。

クリミア・タタール語 で「クラビエ」「甘い物」という意味で、アゼルバイジャンでは小麦粉から作られた焼き菓子のことを指します。
ちなみに、トルコ、シリア、ギリシャ、フランスなど各国の人々が、それぞれ自分の国こそが、このクッキーの発祥の地であると考えているようです。

ロシアでは「オリエンタルのお菓子」といわれ、『千夜一夜物語』のロマンチックな雰囲気があります。
卵は卵白だけを使うのが特徴で、味わいも食感も軽やかです。

食べ始めたら止められない美味しさ!クセになる「ハニーケーキ―熊の喜び―」

天板で焼いた1枚の生地を切り分けて重ねるヴィタリさん流のレシピは、効率もよくて無駄もなく、しかも美味しくなるという、まさに一石三鳥!

生地をレイヤーに重ねて、間にクリームをたっぷりと挟む、ロシアのオリジナルケーキ。名刺代わりともいえるロシアを代表するお菓子で、その点でも人気が高く、ロシアでのお菓子名「メドヴィク」にちなみ、「メドヴィク祭り」というお祭りがあるほどです。

「熊の喜び」は、”はちみつ好きの熊が喜ぶほどおいしい”ことをイメージして、私がこんな日本名をつけてみました。

はちみつは、古代エジプト、ギリシャ、ローマで、デザートやパンの材料のひとつとして使われていました。
12世紀のドイツで、「ハニーケーキ」と似たような、ナッツとスパイス入りのケーキができて、それがフランスで「ハニーパウンドケーキ」になり、フランスから全ヨーロッパに広がったと考えられています。

ロシアでは昔から、「プリャーニキ」というスパイスが入ったはちみつのクッキーが作られていましたが、はちみつを使ったレイヤーケーキは、20世紀に生まれました。
このケーキはソ連時代には大変人気が出て、家庭で作られるようになりました。各家庭のレシピノートには、その家族のオリジナルのレシピが書かれているかもしれません。

このような成り立ちなので、砂糖とはちみつの配合など、レシピにはさまざまなバリエーションがあります。お菓子屋さんでは生地を1枚ずつ焼きますが、4回焼かなくてはならないので、私はいつも1枚の生地を切り分けて使います。

もともとは家庭で作りやすくするための工夫ですが、じつはそれが、このお菓子がもっと美味しくなる秘訣ではないかと思っています。生地のぼこぼこした断面にクリームを塗ることで、クリームが生地にしみ込んで、しっとりするのです!

クリームは、生クリームとヨーグルトを混ぜるのですが、軽やかで少し酸味があって、とても美味しいです。ヨーグルトの代わりにサワークリームで作っても美味しいですが、少し濃厚な味わいになります。
ひと晩冷蔵庫で冷やして、落ち着かせてから召し上がってください。

最近はロシアの有名なシェフもこのお菓子を作っているようですが、自分の好きなレシピで手作りするのが、何より一番美味しいですね!

※ここで本書の補足を少し。
「カルジーナチキ」で使う小麦粉は、薄力粉を使用します。
「ヴァトルーシキ」、「プィシキ」、「モスクワのスイートパン」などのパン類には(最)強力粉を使用してください。

これまでの記事は、こちらからお読みいただけます。

文:Vitaly Yushmanov(ヴィタリ・ユシュマノフ)/サンクトペテルブルク生まれ。マリインスキー劇場の若い声楽家のためのアカデミーで学ぶ。ライプツィヒ音楽演劇大学を卒業。2015年春より日本に拠点を移す。びわ湖ホールオペラ、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」、「東京・春・音楽祭」、NHK-FM、NHKワールド・ラジオ日本、BSテレ東、NHKワールドTV、東京芸術劇場他の全国共同プロジェクト、新国立劇場オペラなどに出演。「日本トスティ歌曲コンクール」第1位、「日伊声楽コンコルソ」第1位、「東京音楽コンクール」など、受賞多数。これまでに4枚のCDをリリース。幼いころからの料理好きが高じ、YouTube「Café Vitaly」(カフェ・ヴィタリ)でも、その腕を披露している。
オフィシャルサイト:http://vitalyyushmanov.com/
twitter:https://twitter.com/vitaly_jpn
写真:ローラン麻奈