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大河ファンタジー小説『月獅』62         第3幕:第15章「流転」(5)

前話(第61話)は、こちらから、どうぞ。

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。

第3幕「迷宮」

第15章「流転」(5)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉な天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で『隠された島』をめざし、ノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵る。王宮の捜索隊に見つかり島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれた。
 レルム・ハン国では、王太子アランと第3王子ラムザが相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子キリト派の権力闘争が進行。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。15歳になったカイルは立宮し藍宮を賜る。藍宮でカイルとシキ、キリトが出合う。『月世史伝』という古文書を見つけたシキは、巽の塔でイヴァン(ルチルの父)と出合い、共に解読を進める。レルム・ハンの建国前に「月の民」という失われた民がいたことがわかる。
 王妃からキリト王子の師傅しふを要請されたラザールは、王子との謁見のため真珠宮を訪れる。

<登場人物>
キリト(12)‥‥‥‥‥第4王子(王妃の三男)
カイル(17)‥‥‥‥‥第2王子(貴嬪サユラの長男)
ラザール‥‥‥‥‥‥‥星夜見寮のトップ星司長、シキの養い親
王妃ラサ‥‥‥‥‥‥‥キリトの母・真珠宮の主
シキ(12)‥‥‥‥‥‥星童、ラザールの養い子
ウロボス元帥‥‥‥‥‥軍の総帥・陰の権力者
カール・ルグリス侯爵‥王太后の兄・実質的な陰の権力者
ギンズバーグ侯爵家‥‥サユラ妃の実家

<レルム・ハン国 王家人物>
ウル‥‥‥‥‥国王・母である王太后の傀儡
サユラ‥‥‥‥貴嬪・カイルの母
アラン‥‥‥‥第1王子・逝去(享年18歳・王妃の長男)
ラムザ‥‥‥‥第3王子・逝去(享年14歳・王妃の次男)
カムラ‥‥‥‥前国王・ウル王の父・勇猛果敢であった
王太后‥‥‥‥ウル王に代わって政権を握っていた・7年前に薨去

<補足>
真珠宮‥‥‥‥‥‥後宮にある王妃の宮・キリトはここで暮らす
レイブンカラス‥‥王直属の偵察カラス
『黎明の書』‥‥‥王国の史書・天卵に関する記述がある
『月世史伝』‥‥‥古代レルム文字で書かれた幻の古文書
ゴーダ・ハン国‥‥レルム・ハン国の北にある戦闘的な強豪国
トルティタン皇国‥レルム・ハン国の同盟国

 王統の純血を主張するカイル派も、それが本懐ではないという。
「どういうことだ。そちの話は混沌としてわからぬ」
「カムラ王が戦地にてお斃れになった折、王の遺志を実行して条約締結を成し遂げ、戦の処理にあたられたのがウロボス元帥です。これによって、一介の陸軍大将でしかなかったウロボス元帥が絶大な権力を手にされました。幼かったウル王は、まさに飾りの王でしかございませんでした。実権を握られたのは、表向きは母后であられる王太后様でしたが、裏で権力を手にし国を動かしたのは、ウロボス元帥と王太后様の兄上のカール・ルグリス侯爵といわれております。これを苦々しく思っていたのが、サユラ妃のご実家であるギンズバーグ侯爵家をはじめとする名門貴族でした。ウロボス元帥とルグリス侯爵家の力を少しでも削ぎたかった。浅ましき権力の駆け引きでございます」
「純血かどうかは、政争の具にされただけか」
「いかにも」
「それが、今の派閥闘争につながっていると申すか」
「左様。なれど、不審な点がございます」
「まだあるのか、何だ?」
 キリトはいい加減、呆れていた。
 権力とは何だ。それほど魅力的なものなのか。実体のない、得体のしれない怪物に、吾もカイル兄上も、ただまつり上げられ翻弄されるのか。持って行き場のない怒りがほむらとなって、躰の深部を灼くような心地がした。獅子のように吠えたい。
「トルティタンは、ウル王即位の折に煮え湯を呑まされております。それ故、カイル殿下が立太子なされば、トルティタンが黙っていないは明白。同盟の解消だけで済めばよろしいが、ゴーダ・ハン国と手を結び我が国に攻め入ってくることも十分に考えられます」
 ぴぃいいい。また雲雀が晴天を衝く。
「にも関わらず、王太子の空位がいたずらに二年も続いております。そこに胡乱うろんな作為を感じるのでございます」
「どういうことだ」
「本来であれば、遅くともラムザ王子がご逝去の三月みつき後ごろにはキリト様の立太子が公表されて然るべきでありました。なれど、王妃様が渋られたと承っております」
「ああ、母上が申しておった。アラン兄上も、ラムザ兄上も暗殺されたに違いない、立太子は不吉だと。兄上たちはまことに謀殺されたのか」
「それは臣にはわかりかねます。ただし、王子様方を立て続けに亡くされた王妃様のお嘆きの深さは、尋常ならざるものでございましたでしょう。そこに付け込んだ輩がおったのではないでしょうか」
「付け込む?」
「アラン殿下とラムザ殿下の急逝は不可解であり、王統の純血を主張する一党の謀略によるのではないかと、王妃様にお耳打ちされた者がいたのではないでしょうか。キリト様を無事に王にするには、反対勢力を炙り出し一掃すべきであると」
「そのための、引き延ばしか?」
「恐らくは。そのように考えると、この無意味な空位に合点がゆくのです」
「母上に吹き込んだは、ウロボス元帥かルグリス侯爵か」
「ウロボス元帥もカール・ルグリス侯爵もすでに隠居されておられます故、裏で操っている者を特定するのは困難でございましょう。ギンズバーグ侯爵家が踊らされたのでございます」
「踊らされた?」
「嵌められた、とも言えます。カイル派に組する貴族が明らかになった時点で、キリト様の立太子が公表され、ギンズバーグ家を筆頭に多くの貴族が失脚させられるでしょう。恐らくギンズバーグ侯爵父子とカイル殿下は謀反の罪を被せられて極刑に処せられるでしょう」
「なぜじゃ、なぜそうなる」
 キリトは椅子を蹴倒して立ち上がる。
 石造りの橋を打つ金属音に、橋のたもとで控えていた侍従が駆け寄ろうとする。
「大事ない。椅子を倒しただけじゃ」と片手で制し、キリトは椅子を起して座り直す。
「事態を収束させるには、見せしめとして誰かが罪を被らねばなりません」
「母上に吾がお願いしよう」
「事態は引き戻せないところまで進行しております。今、軽率に王妃様に嘆願いたしますと、かえってカイル様を窮地に陥らせるやもしれませぬ」
 キリトは半ば開きかけた口を噤んで唇を噛む。眉間が引き攣っている。
 淀んでいた空気がぴんと張り詰める。
「兄上の窮地を黙って見過ごせと申すか」
「臣は」と言ってラザールは立ち上がり、キリトの足下に跪拝する。
「キリト様とカイル殿下とお二方ともにお救い申し上げたいのでございます。それ故、キリト様の師傅しふを承りました」
 ひざまずくラザールをキリトは無言で睨む。
「そちの本心か。それとも駆け引きか」
 ラザールの瞳をきりりと凝視する。
「本心にございます」
「相わかった」
 それだけを告げると、キリトは振り返ることなく四阿あずまやを後にした。理不尽に抗う未だ消化しきれない感情が少年の肩を強ばらせていた。
 ラザールは跪拝したまま、踵で石橋を蹴るように歩む足音を聴いていた。

(to be continued)

第63話に続く。

 


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