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#5「ときじくのかくのこのみ」

 別の調べものをしていて、偶然、いわゆる日本のみかんは英語ではオレンジと言わないのだと知った。 

 サツマあるいはサツマ・マンダリンというらしい。
 なんだかピンと来ない組み合わせに、つかみどころのない違和感を覚えた。平均的な日本人の感覚からすると、サツマとみかんをイコールで結ぶのは難しい。仮に、アメリカ人から「サツマが食べたい」と請われれば、おそらく石焼き芋を買いに走るだろう。それほど、みかんのイメージからは遠い。

 どうして、サツマなのだろう。
 今はインターネットという便利なものがあるのだから、ちょっとググればすぐにわかるけれど、それではすぐにタネのわかる手品のようで楽しみも半減する。「みかんの原木が伝わった中国から近いからだろうか」などと、あれこれ独りよがりな連想と迷想の螺旋をさまよっているうちに、『古事記』の話を思い出した。

 日本には、お菓子の神様がいる。
 神の名は、田道間守命(たじまもりのみこと)という。天界の神ではなく、垂仁天皇に仕えた、大和朝廷の高級官僚だった人だ。人から神になったといえば菅原道真が有名だが、道真公と同じ役人だったのに、学問の神様でも、武運の神様でもなく、スイーツの神様である。いったいどんな数奇な運命をたどって、神にまでなったのだろうか。

 古事記によると、病に伏した垂仁天皇は、常世の国にあるという不老不死の果実「ときじくのかくのこのみ」を所望した。非時香菓と書く。非時(ときじく)とは、一年中いつでも、ということ。つまり、「四季を通じてたわわに実っている、かぐわしい果物」のことだ。そんな珍しい果物があるならば、食べてみたいと願うのは、天皇でなくとも無理からぬことだろう。ましてやそれが、病をも癒す不老不死の果実というならば。

 今の世からみれば荒唐無稽な話だが、「天皇のために不老不死の果実を探す」ことは、国を挙げての一大プロジェクトである。その白羽の矢が立ったのが、田道間守命だった。大陸から渡来した一族の長(おさ)であったことが大きかったのかもしれない。
 常世の国とは、海の向こうにある不老不死の国のこと。古代の人々が夢見た理想郷で、現実にはあるはずもない。そんな幻の国へ、幻の果実を求め、危険極まりない大海原に船出するというのだから。いにしえの人の忠誠心と冒険心は、驚きをはるかに飛び越えている。

 旅立ちのとき、チーム「ときじくのかくのこのみ」は大編隊だったにちがいない。だが、苦しい旅枕を重ねるうちに、一人減り、二人減り、行って帰ってくるのに10年の歳月を費やしたという。それでも、のちの時代の阿倍仲麻呂が、ついぞ日本の土を踏めなかったことを思えば、目的を果たして帰国できたことは僥倖というべきか。

 苦難の旅の果てに、田道間守命はときじくのかくのこのみの、葉の茂っている枝を8本、実のついている枝を8本、折り取って都へ持ち帰った。ようやく帰途についたその胸には、大役を果たした誇らしさが満ちあふれていただろう。艱難辛苦の旅のてんまつを、大王(おおきみ)にいかに語ろうかと胸を高ぶらせていたかもしれない。
 だが、時すでに遅く、天皇はその前年に崩御していた。それを知った田道間守命は、その陵(みささぎ)の前で号泣のあまり絶命したという。

 彼が持ち帰った「ときじくのかくのこのみ」は、今の橘と伝えられる。
 いわば、日本のみかんの祖ともいえる。不老不死の果実でないことは、だれもが知っている。けれども、艶やかな葉は一年中青々と茂り、草木の枯れる冬に、まぶしい太陽にも似た色の実をつける。古代の人には、まさに命の輝きに見えたことだろう。

 五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

 歌に詠まれているように、初夏には花が甘い香りをただよわせ、実のなる冬には甘酸っぱい芳香をはなつ。そう思えば、一年中かぐわしい香りのする果物、まさに「ときじくのかくのこのみ」と言ってもいいのかもしれない。

 スイーツはおろか砂糖もなかった時代、みかんのみずみずしい甘さは、どれほど人々を幸福感で満たしたことだろう。会席料理の最後に供されるデザートを「水物」とよぶが、もとは果物のことをさしていた。いにしえの人にとって、甘い果物こそが菓子であり、スイーツであったのだ。

 想像を絶する困難を乗り越えて、「ときじくのかくのこのみ」という珍しい果物すなわち菓子を伝えた功績をたたえ、田道間守命はお菓子の神様となった。

 京都御所の内裏の庭には「右近の橘」が、何代にもわたって植え替えられながら、今も大切に守られている。田道間守命が持ち帰った「ときじくのかくのこのみ」の直系ではないが、橘は天皇家にとって時代を継いで守るべき大切な果樹なのだ。

 話をもとにもどそう。なぜ、みかんを英語ではサツマというか、であるが。
 もとより、アメリカ人は日本の古い神話など知らない。
 タネ明かしは、明治9年にサツマからみかんの苗木がアメリカに渡ったから、という単純なものだ。手品のタネは、やはり知らぬほうがミステリアスで、いい。

 まもなく、みかんが甘く美味しくなる冬が、やって来る。


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