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アンノウン・デスティニィ 第4話「通常任務(3)」

第1話は、こちらから、どうぞ。

第4話:通常任務(3)

【2034年5月、つくば市・山際調査事務所】
「なんでこんなめんどうな手順を踏まなきゃいけないんですか」
 つくば市の郊外にある山際調査事務所に甲高い声が響く。
 諜報機関の事務所のイメージにそぐわないログキャビンの建物は、雑草のはびこる、よくいえばナチュラル・ガーデン風(?)の風景にはなじんでいた。ふいの来客も、まさか、ここがインテリジェンスの下請け事務所とは思わないだろう。これもカモフラージュなんだとボスはいうけれど。ものはいいようね。
 つくばエクスプレスのつくば駅から車で10分ほど。周囲には国による広大な実験林と農地が広がっている。実験林横の道路は整備されているが、その先は私道のため舗装されていない。私道の奥に山際調査事務所がある。
 無駄に広すぎる敷地は、所長の山際瑛士が祖母から相続した土地だ。
「このへんは地価が安いからなあ」
 祖母は所有していることすら忘れていたらしい。
 子どものころビデオで観たアニメ『サンダーバード』に憧れていた山際は、わりと真剣に無人島購入を検討したらしいが、利便性や行政手続きというくだらん壁に行く手を阻まれたのだとじつに悔しそうに話す。酔っぱらうと三度に一度は聞かされる話だ。
 それが妥当ね、とアスカは思う。あんなの実現しようと思ったら、国家予算でも足りないんじゃない。ほんと男って、いくつになってもアホ。トレイシーアイランドの再現には挫折したが、ミッションインポッシブルを実現するためにこの仕事をはじめたのだという。いつのまにか方向性すらまちがっている。やれやれ。
 仕事の性質上、機密保持や訓練場も必要なこともあり祖母の土地を思い出したらしい。おかげで薬草栽培のための温室も実験室も建て放題。アスカは薬の研究を自由にできるから、その点では満足している。温室の近くに事務所とは別棟の離れがある。薬草の世話に便利なのでアスカはここで暮らしている。山際調査事務所にもう一人いる調査員の三谷にも「ここで住んでいいぜ」と所長は薦めたが、「四六時中いっしょでは落ち着きません」とすげなく断られた。三谷あらた、通称シンちゃんは機械とハッキングのエキスパートだ。彼にかかれば、たいていの情報は手に入る。『サンダーバード』におけるブレインズみたいな存在ね。所長の憧れがトレイシーファミリーだけあって、殺しの依頼は受けない。困っている人を非合法でレスキューするのが、山際調査事務所の企業理念だ。
 
「一石二鳥って、やつだな」
「は?」
「依頼人Aは長塚大臣に選挙期間中おとなしくしてもらいたい。依頼人Bは森山たか子の立候補を断念させたい」
 トランプを二枚、山からとり指に挟んで振りながら山際は顎をぼりぼり掻く。伸びほうだいの髪をむぞうさに後ろでひとつに束ねている。映画や小説に登場する怜悧な刃物のごときスパイ像からは最も遠い。ちょっと型崩れしたフリーランスのおっさんでしかない。ごく稀に、数年に一度くらい、眼光が鋭くなることがあったりもするけれど。動物園でナマケモノを見たときは、ボスそっくりと思ったもの。
「長塚大臣が動けなくなる原因を森山たか子に作ってもらえばいい。な、いいアイデアだろ。これなら一度にカタがつく」
「大臣と森山議員の密会を押さえた写真があるじゃない。これをメディアにリークするって脅せばいいだけでしょ」
「そんなの俺たちがやる意味がないだろ」
「は?」
「大臣のほうはどうするんだ?」
「だから、それは。ホテルのボーイに扮装して近づけば」
 ちっ、ちっ、ちっと、山際がひとさし指を振る。
「定番すぎて映画になんねえ」
「定番でいいじゃないですか」
「それにな。今回はれいの法案もあって、ホテル従業員の身体検査も厳しいし、警備も厳重ときてる。事前にホテル従業員に潜り込むのは難しい。となれば、おまえの得意技を使って現場で従業員と入れ替わるしかないだろ。てまは同じじゃないか。いや、むしろリスクが高くなる」
 アスカはぐっと詰まる。山際のいうことにも一理ある。
「そして、ラッキーなことにおまえが森山議員と、見ようによっちゃ似てる。ま、あそこまでの美人じゃねえけどな」
 アスカは山際のむこうずねを一撃する。
「ボスに対して何すんだ、おまえ」
 すねを両手で抱えアスカをにらみながら、いたずらを思いついた少年のように、にたにたしている。
「世の中なんでも効率さ。そしてリスクは最小限に、だ」

(to be continued)

第5話に続く。

 


 

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