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【連載小説】「北風のリュート」第23話

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第23話:赤の正体(2)
【5月25日 鏡原基地】
 赤い異物をうまく採取できるだろうか。
 迅は基地の上空を見上げる。流斗から「もうすぐ着く」と着信があった。
 バラララララッ。
 滑走路ではUH-60Jロクマルがすでに暖気を始めている。細く長いメインローター・ブレードが周囲の空気を大きく攪拌していた。ブレードの旋回によるダウンウォッシュの風が滑走路を掃き、360度で暴れている。時刻は午前十時になろうとしていた。太陽はすでに中天に昇っているはずだが、黄昏のように雲の底が朱色に暗い。
 赤いワンピース姿のレイがエプロンの端に立っている。「上空からでも目立つ服にしてくれると助かる」と伝えてあった。無骨な基地の風景にそこだけ色がついていた。迅は手をあげてレイに歩み寄る。
 レイのヘッドセットインカムの装着具合を確認していると、背後から肩を叩かれた。
「いやあ、すごいねえ」
 振り向くと、リュックを背負った流斗が立っていた。ジーンズに迷彩柄のTシャツの軽装だ。
 ちょっと挨拶してくるよ、と言い捨て、エプロン前に居並ぶ池上副司令たちのもとへと向かう。「俺も一緒に」と追い駆けようとすると、「いいから、いいから」と背を向けたまま、ひらひらと手を振る。
 直前のブリーフィングでは、ホバリングによるダウンウォッシュの影響を極力避けるため高い位置からのホイスト降下を確認した。操縦は救援隊小野寺一曹、サンプル採取は迅が担い、フライトエンジニアの田畑二曹がホイストを操作する。国内屈指のレンジャー隊員を動員することに、迅は申し訳なさを拭いきれないが、依頼の張本人は暢気にも、ロクマルに同乗できなかったことを悔しがっている。その気楽さに脱力を覚える。だが、流斗がちらりと空を見上げては眉をひそめているのも、迅は気づいていた。空の状態は、そうとう悪くなっているようだ。
 レイは暴れるワンピースの裾を必死で押さえている。
「少し先の川の上あたりに魚が集まっています」
「五百メートルぐらい先の竜野川上空だね」迅が確認する。
「はい」
 レイが示した空に赤いものが、ぽつぽつ見える。
「増えてるな」流斗がぼそりと漏らす。「目の悪いぼくでも空に赤い点があるのがわかる。それだけ増えて大きくなってる」
「レイちゃんは魚の集まっている真下あたりで待機してて」
 即席で傘をつけた小型集塵機を脇に抱え、迅はヘリに乗り込む。
 バラララララッ。
 エンジンがひときわ低く太くうなる。
 ババババババッ。
 ダウンウォッシュで揚力をつかんだ無骨な機体が、大きく右に逆Cを描きながら斜めに上昇する。レイと流斗が用意されたジープに乗り込むのが見えた。ジープは北門を出て竜野川の堤に向かっている。
 
 層積雲を階層的に抜けながら、迅は目を疑った。
 ふだんはイーグルの機首を上げて一瞬で雲を突っ切るため気づかなかったが、赤い球体が夜店のヨーヨー釣りのように、そこかしこにぷかぷかと漂っている。いつのまに、こんなに。しかも大きくなってる。
「何だ、これ」
 コクピットの小野寺一曹も目を剥く。「これか、赤い物体って」
「ホイストで降下しなくても、機上からでも採取できそうだ」後部席を振り返る。
 確かに。だが、ヘリの風圧を受けたちまち下方に流されていく。コクピット周辺はすぐに撒き散らされる。
「予定どおりホイスト降下で狙います。上昇してください」
「ラジャー」 
 レイのいる場所をスマホの位置情報で把握する。赤いワンピース姿はどこだ。点になった彼女を機上から目視で探す。
「魚はどのあたりにいる?」無線で地上のレイに問う。
 バラララララッ。
 ヘリのローター音がうるさい。
「川の上空から」レイが声を張り上げる。「基地のフェンスにかけて。もう少し南です」
 迅に向かって大きく手を振っている。
「そこ、そこです」
「オーケー。降下する」
 迅は動画撮影用カメラのスイッチを入れ、集塵機を抱え降下した。

「お帰りなさい」
 滑走路でレイが手を振っている。
「ミッション、コンプリートした?」と流斗に肩を掴まれる。
 流斗はコクピットから降りて来た小野寺と田畑のもとへ歩み寄っていく。
「救援隊のご協力に深く感謝します」
 さまにならない敬礼をしている。
「N大学の研究室を借りて、採取物を顕微観察する手はずを整えています。よろしければ、一緒に赤い物体をご覧になられませんか」
 ぜひ、いかがでしょうと、エプロン前の池上副司令にも提案している。
「多忙極まりない身でね。遠慮させてもらうよ」
 池上が皮肉まじりに返すのを、迅はひやひやして背中で聞く。
「向後のために副司令には、ぜひとも、ご覧になっていただきたいですね」
 副司令に何を……。迅は真っ青になって流斗の袖を引っ張るが、流斗は後ろ手を組んで満面の笑みを浮かべ、池上を挑発する。
「ふん、後学のため、というやつか」
「ぜひとも。きっと参考になりますよ」
 流斗の悪びれない態度に、迅は曇り空を仰ぐ。


続く


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