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【連載小説】「北風のリュート」第22話

前話

第22話:赤の正体(1)
【5月20日 鏡原基地】
 事態は別方面から動いた。
 デブリが終わると「副司令のとこに行ってくれ」と、迅は音無三佐に肩を叩かれた。
(俺、何かやらかしたか)
 入室すると、池上副司令の傍らに気象隊の佐藤一尉と山部三佐、救援隊の野口三佐が並んでいた。
 顔触れに、迅は、あっと思った。
「気象庁から要請が来た」
 池上がテーブルの上の書面を掲げ、読めとばかりに迅のほうに、ひらひらと振る。
「拝読します」断って受け取る。
 推測どおり空中の赤い浮遊物採取の依頼書だった。ゴールデンウイークが開けて2週間。流斗が根回ししたのだ。
「そこにあるように」と池上が不機嫌な声をあげる。
「サンプル採取者として、第一発見者の君が指名されている。どういうことかね」
 トントンと、池上はボールペンの先で机を小突く。
 迅は生唾を呑み込む。
 自分は嘘や小細工に向かないと十二分な自覚がある。
「演習からの帰路、鏡原上空で赤いものを目撃しました。すぐに消えたため目がおかしくなったか、とSNSでつぶやきました。それが気象研究官の天馬氏の目に留まり、詳しい話を聞きたいとアプローチがありました。彼との面会については、音無三佐に報告しています」
 直立不動でいると、座っている池上を見下ろす形になる。
「佐藤一尉、君もその赤い浮遊物が異常気象に関係があると思うか」
 佐藤がちらりと迅に視線をやってから、体を池上の方へ向ける。
「立原三尉から赤い異物について尋ねられた際、光の乱反射では、と返しました。異常気象との関連性は思いもよりませんでした。が、これほど長く層積雲が滞留し続けているのは通常では考えられません。異常気象の専門家が関連性を疑われているのであれば、調べる価値はあると考えます」
 ふむ、と口をへの字に曲げる。
「正式に要請が来ちまったからな。協力せざるを得ん。飛ばすとしたらヘリのUH-60Jロクマルだが。『人命救助の最後の砦』の救援隊を何だと思っとるんだ、気象庁は。いや、その天馬とかいう研究官か」
 ぎりっと奥歯を軋ませ、苦々しげに吐き捨てる。
「災害要請……と考えることができます」迅がおずおずと意見を述べる。
「なにぃ?」池上の語尾が直角に跳ねあがる。「どこに災害が起きとる」
「天馬研究官は未知の災害が起きる可能性に言及しています」
(ただし、空の魚の絶滅だけど)
 池上は叩き上げの幹部だ。防大卒のエリートにはないしぶとい眼光が迅を射る。
「それで、どうやって採取する」
 池上が頬杖をつき、またコツコツとペンの尻で机を小突く。
「非常に小さく、かつ空中を漂う浮遊物ですので、携帯型集塵機による採取が確実と考えます。集塵口に傘を取り付けて口幅を広げたものを自分が抱え降下します」
「ドローンではダメなのか」
「重たい集塵機を付けると、ドローンの飛行が安定しません」
 池上は救援隊の野口三佐に目をやる。野口がうなずく。
「ふん、採取方法についても検討済み、ということか」
「一点、許可をいただきたいことがあります」迅が願い出る。
「何だ」
「民間人一名の協力を要請します」
「それはどこの誰で、何のために?」
「小羽田レイ、中町在住の17歳です。彼女も空中に赤い浮遊物を観察しており、その頻度も私を上回っています。レーザーに感知されない物体のため、位置特定には彼女の協力が欠かせません」
 年齢を告げた時点で眉をしかめている。
「高校生だろ。親の許可がいる」
「それは問題ありません」
 即答すると、池上がこめかみを引き攣らせる。
「許可は取っています。正式な書面が必要でしたら、今日にでも同意書にサインをもらってきます」
「えらく根回しがいいな」
 パサっと書類を机に放り投げる。
「詳しい作戦については、救援隊の野口三佐と詰めろ」
「ありがとうございます」
 踵を鳴らして背骨を立て、敬礼する。
 副司令の機嫌を損ねただろうか。だとしても、そんなことは糞くらえだ。流斗の役に立てるなら。廊下を歩く足が軽い。
 
 レイの参加が前提となり、採取は25日土曜に決定した。
 赤い浮遊物がどこに現れるか予測がつかないため、採取場所の選定は直前まで議論を重ねた。民家に被害はご法度だ。最も望ましいのは基地上空だが、当日、基地の空で赤い浮遊物を発見できるかは未知数。代替候補地も用意する必要がある。海上案もあがったが、鏡原上空以外で目撃していないこと、洋上では海自も動かすことになるため早々に却下された。加賀美山の山頂も検討されたが、山中では目標物を追うレイの移動が困難であるため、これも見送った。やはり広く開けた場所が適している。
 鏡の森緑地公園を候補地に検討していると、レイからヒントとなる観察報告があった。
《竜野川周辺に空の魚が多い》
 流斗が小羽田家に滞在していたゴールデンウイーク中に、今後の情報共有にと、アプリで3人のグループトークを設定した。採取場所の選定が難航していると報告すると、レイが「気づいたこと」としてつぶやいたのだ。赤い浮遊物は空の魚の餌だから、魚の集まる場所に多いのでは、という。なるほど。竜野川は基地の西端に沿って流れている。川幅もある。民家に被害を及ぼす懸念もない。
 基地から竜野川にかけての空域に照準を定めることが決定した。


続く


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