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【連載小説】「北風のリュート」第41話

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第41話:空の赤潮対策本部(3)
「ところで、どうやって瘡蓋を除去するんだ。それを剥がさない限り、住民は鏡原に戻れないんだろ。原発事故のように何年も住民を避難させたままにするのか」
 当然の質問が飛ぶ。
「掃討作戦については、わしから説明しよう」
 池上が会議室を睥睨して立ち上がる。空気が一瞬にして緊張する。
「原理は単純だ。ペトリオットミサイルによって瘡蓋に穴をあける。穴が開けば、ダウンバースト級の強力な下降気流が起こる。その気流で一気に瘡蓋を吹き飛ばす」
 ダウンバーストは積乱雲の上昇気流によって起こる災害級の下降気流だ。発生原理は異なるが、要は、蓋に穴を開けることで瞬間的に強い下降気流を生じさせ、逃げ場を失った気流の力で瘡蓋を吹き飛ばそうという、自衛隊と気象とのハイブリッド作戦だ。
「ただし、地面を直撃する下降気流のベクトルを、空へ向けんといかん。自然現象のダウンバーストは、地上に達すると暴風が同心円状に地を這い広がる。水平に散らすのではなく、暴力的な力を保ったまま空へ反転させたい。要は横に広がらんように、直撃点の周りをコンクリートか鋼鉄の壁で碗状に囲めればええんじゃが、そんなもん数日で配置できん」
 池上は左手で顎を撫でる。
「そこでだ。鏡の森緑地公園にある鏡池を利用する。鏡池はすり鉢状で深く大きい。ペトリオットで鏡池上空をピンポイントで狙い、下降気流を鏡池に直撃させ、池の内側をなぞって気流の矛先を空へ向けさせる」
 流斗が仕組みを表したスライドを投影させる。
「そのためには池の水を抜かんといかん。公園は国交省都市局の管轄だな」
 池上は都市局の前田に問う。
「水抜き作業は陸自で行う。公園の樹木は薙ぎ倒される可能性が高い。その点も併せて許可をいただけますかな」
 鷺池陸将も前田に迫る。
「しょ、承知いたしました。水抜き作業には職員も……」
「いや、結構。こちらは連携作業の訓練ができています。素人が周りでうろちょろされると作業も進まん。許可さえいただければ十分」
 二人の老将に前田は竦みあがる。
 それを視線の端に捕らえながら流斗は補足する。
「ペトリオットにはミサイル誘導機能があるため落下点もコントロールできます。しかし、まったく被害がないと保証できません。また、気流が周囲にどう作用するかも未知数です。それも踏まえての全住民避難です」
「作戦決行は、避難完了後の6月30日だ」
 池上が有無を言わさぬ口調で宣言する。異論を唱える者は誰一人いない。
 満場一致で「赤い瘡蓋掃討作戦」は可決された。
 
「次に、鏡原への風評を根絶する必要があります。不安は人の行動から理性を剥ぎ取ります。風評根絶は作戦遂行の鍵を握ると考えています」
 再び流斗が会議をリードする。
「総務省は政府広報室と連携してマスコミに感染症の誤った情報を正し、鏡原クライシスは気象災害である旨を放送していただきたい。SNSを通じた周知もお願いします」
 総務省席の細面の官僚は、流斗の要請を聞くとすぐさまタブレットに入力を始める。
「また、諸外国への広報も急務です。感染の懸念がないこと、温暖化がもたらした気象災害であり、山火事などと同じフィールドで議論されるべきことを、外務省を通じて各国に発信していただきたい。総理から全世界に向けての発信のほうが良いかもしれません。判断は内閣官房でお願いします」
 流斗の矢継ぎ早の説明に皆、圧倒され、もはや言葉もなかった。
「一つだけよろしいですか。鏡原市長の庭本です」
 末席からアンパンマン市長が挙手する。

続く


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