童話「ユニコーンのなみだ」(#ウミネコ文庫応募)
では、時間をほんの少しまき戻しましょう。
そんなことができるのかですって?
もちろん、できますよ。胸に小鳥を飼えばいいんです。
ぱたぱたと想像力の翼をはばたかせさえすれば物語の世界では、どこにだって飛んでいけるし、勇者にもお姫様にもドラゴンにもなれるし、どんなこともかなえられます。
「ほら、こんなふうに」
そういって、月から落ちてきた黒猫はふふんと鼻を鳴らし、指をぱちんと鳴らすと、回転木馬が夜空に回りだし、こんぺい糖みたいな星が降ってくるではありませんか。
「では、まいりましょう」
いつのまにか、わたしは小鳥になっていました。腕をのばして翼のぐあいをたしかめ、そっとはばたいてみると――。ぱたぱたと胸がおどります。黒猫はもちろん、黒い羽をはばたかせています。わたしたちは並んで飛んでいきました。物語のかなたへと。
北の東の平原の奥に「銀の森」というふかい森がありました。ユニコーンたちの最後の楽園だった森です。
ユニコーンのらせんを描いてのびるりっぱな角は、ひと突きで岩もくだける槍として騎士たちのあこがれでした。それだけではありません。ユニコーンの角は、水を清め、どんな毒にもききめがあり、あらゆる病をなおす力をもっているといわれていました。そのため狩人たちにねらわれ、どんどん数を減らしていました。もう地上にいるユニコーンが、銀の森にすむ二十頭たらずになってしまったときのお話です。
小鳥になった黒猫とわたしは、銀の森を空からながめていました。月が白くかがやく夜でした。
「あそこを見てごらん」
白い月あかりがまっすぐさす先にユニコーンのむれがみえました。声も聞こえてきました。
「今夜、銀の道がひらける」
「もう地上でくらすことはできないよ」
「まだ、エリスが帰らないわ」
ユニコーンたちは、地上でのくらしをあきらめ、天に帰ることにしたようです。月が一年のうちでいちばん明るくかがやく今宵は、天にのぼる銀の道ができています。天に帰るには、今夜しかありません。ずっとまえから決めていました。
ところが、一頭のユニコーンが三日前から帰ってきません。エリスという名のユニコーンには、ウノという子がいました。
「ウノや、おまえも、わたしたちといっしょに天へ帰らないか」
おさないユニコーンは、短い角とほそい首をふります。
「ぼく、ここで、おかあさんをまってるよ」
ユニコーンたちは、ウノのひたいに次つぎにわかれのキスをすると、銀に光るたてがみを、うしろ髪をひかれるようになびかせながら、月の光がつくる銀の道を天へとかけあがっていきました。
みんなが旅だってしまうと、ウノはひとりぼっち。
さびしくて、おかあさんが恋しくて泣いてばかりいました。ユニコーンのなみだは銀の粒。ウノのなみだは、足もとにどんどんたまり、やがて「銀の泉」になりました。
「あの子は、どうなるの」
わたしがささやくと、黒猫は
「だまって見てるといいさ」
といって、指(ではありませんね)、翼をついとのばします。
ひとりの少女が、長いものをかかえて、森を歩いてくるのが見えました。
少女が銀の泉にやってくると、ウノは起きあがりました。風にのっておかあさんのにおいがしたのです。
「おかあさん」
ウノは少女にかけより、頭をすりつけます。少女はどさりと尻もちをつきました。
ウノは泣きすぎて、目がぼんやりして、まわりがよく見えません。でも、ユニコーンは鼻がいいので、においでおかあさんかどうかわかります。まちがうわけがありません。
「ごめんなさい」
少女はウノのたてがみをなでながら、なみだをこぼしました。
「ごめんなさい。わたしは、あなたのおかあさんじゃないし、それに……」
少女はことばにつまります。
「あなたのおかあさんを死なせてしまったの」
「えっ?」
ウノは顔をあげ、やさしく背をなでてくれているのが、おかあさんではないことに気づきました。
「ユニコーンをつかまえる方法を知ってるかい?」
はばたきながら、黒猫の小鳥がたずねます。
「野生のユニコーンはとても気が荒い。人なんて角でひと突きされたらおしまいさ。つかまえるのは難しい」
それはそうでしょう。あんなに太くて長くてするどい角ですもの。
「でも、たったひとつだけ方法がある」
「どんな?」と、わたしが首をかしげると、
「まあ、あの娘の話を聞こうじゃないか」ですって。
少女の泣きながら語る声が星をふるわせます。
「角を切るだけと聞いていたのに。あんなことになるなんて」
女の子の話は、こうです。
女の子のおかあさんは、病で寝たきりでした。病をなおすには、ユニコーンの角を煎じてのませるとよいと聞きました。けれども、ユニコーンの角はめったに手にはいらず、とても高価です。薬屋の店先でとほうにくれていると、狩人たちに声をかけられました。
「おれたちの手つだいをしてくれれば、角をわけてやるぜ」
「手つだい?」
「銀の森のふもとで立ってくれ。そうすりゃ、ユニコーンが近づいてくる」
「でも、角でつかれたら……」
少女はこわがります。
「だいじょうぶ。あいつらは、乙女のにおいをかぐとおとなしくなるんだ」
「おじょうちゃんは、ユニコーンを抱いていればええんだ。そのあいだに、おれたちが角を切る。鹿の角切りとおんなしさあ」
春になると鹿の角を切りおとします。すると、新しい角がはえてくることを少女はしっていました。
狩人たちにつれられ、少女は銀の森のはずれにある野にやってきました。男たちは木のうしろや草のかげにかくれています。少女が清らかな声で歌うと、かさり、と枝をふむ音がして、銀にかがやく美しいユニコーンが一頭、森から出てきました。
あまりの美しさに少女は声もでません。ユニコーンが近づいてきます。女の子も近よりました。女の子がユニコーンのたてがみをなでて、その首をやさしく抱きよせると――。
ひゅっと、矢が風をきる音がしました。
どすっ、どすっ、どすっ。
あちこちから矢が何本もユニコーンの背をつらぬきます。
「やめて、やめてえ」
女の子の腕のなかでユニコーンが力つきていきました。
狩人たちはユニコーンをしとめることができ、じょうきげんで酒もりをはじめました。ぱちぱちとはぜるたき火を遠くに見ながら、女の子は傷ついたユニコーンをひざにかかえて泣き続けていました。
<角をもって逃げなさい>
風のささやきのような声がしました。少女はなみだをぬぐって、あたりを見まわしました。
<狩人たちは酔って眠っています。角をもって逃げなさい。かれらは、あなたに角をわけるつもりはありませんよ>
<おかあさんの病をなおしたいのでしょう?>
ユニコーンは人の心を読むことができます。
少女はおどろいて、ユニコーンを見つめました。
「傷ついたあなたをおいていくことなんてできない。だって、わたしのせいだもの」
女の子がうったえます。
<あいつらに、わたしの肉や皮をやるなんて、くやしいわね>
ユニコーンの目に光がよみがえりました。
<むすこが、わたしの帰りをまっているの>
ユニコーンは全身に矢がささったまま立ちあがりました。
少女は角をかかえて、ユニコーンの背を支えます。
ふたりは銀の森へむかいました。
ユニコーンは、傷だらけの体でよくがんばりました。
でも、とうとう力つきてしまいました。
<ありがとう。森までつれてきてくれて。わたしの体はここで森の苗床になるけれど、たましいは角にやどるから。角をむすこに届けて>
たおれた体から、すうっと、透明のユニコーンが立ちあがりました。
少女は長い角をかかえ、ユニコーンのたましいにみちびかれて、ウノのいる銀の泉にたどりついたのです。
おかあさんが殺されたとしって、ウノは悲しみのあまり、少女の胸を角で突きました。短くてもユニコーンの角です。血がどくどくと流れました。それでも女の子はほほ笑みながら、「これをあなたに届けにきたの」といって、ユニコーンの角をさしだしました。
すると、角から透けるユニコーンが現れました。
「おかあさん」
ウノが目をみはります。
<ウノ、この角を銀の泉につけなさい>
ウノがぼうっとしていると、
<早くしなさい。泉の底の銀のなみだの粒を、この娘の傷に。早く>
母がウノをせかします。
銀の粒を傷にあてると、たちまち血が止まり、傷がふさがりました。
少女もウノもおどろきます。
<ユニコーンの角は病をいやし、銀のなみだの粒は傷をなおすのよ>
透明なたましいになったエリスがいいます。
<さあ、角を半分もっていきなさい>
女の子はあわてます。
「おかあさんの病には、指先くらいあればじゅうぶんです。角は、あなたの形見なのだから、ウノのものです」
<じゃあ、ウノの角をもっていきなさい。ウノの角はまた、いくらでも生えてくるし、切ったほうがよくのびるから>
「でも、そんなにたくさんは」
<あまったら、薬屋をひらくといい。銀のなみだの粒も持っていきなさい。やさしい心のおまえなら、わたしを救ったように、たくさんの人をたすけられるでしょう>
透明なエリスがふっと息をふきかけると、ウノの角が折れました。少女がそれをひろいます。銀のなみだの粒はポケットにつめました。
<さあ、ウノ。母といっしょに天に帰りましょう>
ウノがエリスの角を前足で、たいせつに抱きかかえます。たましいのエリスが、透明な角を大きくふると、天までの銀の道がつながりました。
銀の道をかけあがる小さなウノと、そのかたわらに寄りそう透明なエリスの姿が天空に消えるまで、少女はいつまでも手をふり続けました。
「あの娘は、薬屋になったのかしら」
「たぶんね」
「ウノは天界でしあわせかしら」
「続きがしりたければ、いつでも、胸の小鳥をはばたかせればいいさ」
<Good Night>
(3956字<ルビ含まず>)
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ようやく「ウミネコ文庫」向けの童話を書き上げることができました。
もう、応募が規定数に達しているかもしれませんが。
ぼんらじさん、こんなので、よろしいでしょうか。
サポートをいただけたら、勇気と元気がわいて、 これほどウレシイことはありません♡