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猫も杓子もでじでじも、自分はファシリテーターだと名乗る問題。

ファシリテーション。

2017年の春にグラファシの講座で初めて知ったこの言葉。

まだまだ周知されていないし、誤解も多いのが現状です。
では、ファシリテーションとは何か?Wikipediaによると……

ファシリテーション(英: facilitation)は、会議等の場で、発言や参加を促したり、話の流れを整理したり、参加者の認識の一致を確認したりする行為で介入し、合意形成や相互理解をサポートすることにより、組織や参加者の活性化、協働を促進させるリーダーの持つ能力のひとつ。


確かに、適切に説明されています。
でも、何か物足りなさを感じるのはなんだろう?
ロジカルに説明するだけでは足りない何かがある、と考えていました。

そして、私が気付いたひとつの答えはファシリテーターとしての「あり方」。

しかし、あり方って言葉はとてもフワフワとしていて、抽象的で説明が難しい。
今回はそんなファシリテーターとしてのあり方について書いてみたいと思います。

猫も杓子も自分は「ファシリテーター」だと言う。

「ファシリテーションをいまだに司会進行役と思っている人もいる。猫も杓子も自分はファシリテーターだと言う人も現れている。でじでじさんが考えるファシリテーションとはなんですか??個人的には『ファシリテーター』をどう捉えているかにその人の知見が現れる気がする」

これは今、私のライティングをサポートしてくれているライターさんからの、提案内容の一部です。
要は、「ファシリテーションの説明を加筆してください。」ということ。
この文章を読んだ瞬間、私の頭のなかでエセ関西人が……

怖い、怖い!「その人の知見」って!
「ファシリテーションの説明も加えてください。」で、ええやん!
猫も杓子も……とか、その人の知見が……なんて書かれていると、「あなたは、本当に理解してこの言葉を使ってますか?」と責められた気分になってまうやん!
なんて書けば正解として認めてくれるのか逆に教えて欲しいわ!!

……と、叫びまくっていました。

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きっと、提案した本人は責めているつもりもなければ、私がこんなに心みだしているなんてことも微塵にも思っていないはず……たぶん。

ファシリテーションの説明ごときで「でじでじは大袈裟だな~」なんて思うかもしれないですが、簡単な事ではありません。
事実、この説明が難しいことも、猫も杓子も自分はファシリテーターだという司会進行役のような人が現れてしまう一因だと思います。

そして、「自分も勘違いしていないだろうか?」問題も含んでいる。
自分の知見にも関わってくるしね。

実際、その後に書き加えたファシリテーションの説明文がこれ

「ファシリテーションとは、司会進行役のような立場ではありません。
会議や対話の場で参加者が主体的に参加できるよう、心理的に安心安全な場をデザインし、良質な対話を促進させます。それにより、深い相互理解、合意形成に向かえるようにサポートすることです。」

※その記事はこちら

OKはもらえたが正直、冒頭で紹介したWikipediaの説明とさして変わらない。
しかし、テーマが違うので、これ以上長々と書くわけにもいかない。

だからこそ、今回のブログはファシリテーションをテーマに「ファシリテーターとしてのあり方」をじっくりと自分の体験もかねて書くことにしました。

ここからは、実際にこの「あり方」を強く意識し、自分を見つめ直した経験を紹介します。

衝撃のファシリテーション講座、5万円なり。

3年前に一度だけ、グラファシ講座とは別で、「ファシリテーション講座」というものを受けたことがあります。グラファシ講座とは全く関係なく、講師も全く違う人です。

「会議の実践で使える本物のファシリテーションを全てお伝えします。」

この、自信満々の凄そうなキャッチフレーズにひかれ、8時間で5万円という高額にも関わらず、即決でこのファシリテーション講座に申込みました。

この講座、始まってみるとひっくり返るくらい「スゴイ」講座でした。
なぜなら、僕の思っていた参加者ファーストのファシリテーションとは真逆をいくような内容だったから。

特に印象的だった内容は、講師が「ファシリテーターとして……」を枕詞に、

●会議の主導権は全て自分が握りましょう。
●余計な意見をしない参加者をしっかりと選びましょう。
●多数決で決めて、素早く結論に導いていくようにしましょう。
●効率的に会議を進め、時間内にしっかりと結論を出すことがあなたの評価にも大きく繋がっていきます。

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もう、講座名には「ファシリテーション」なんて言葉を使わずに、

「実践で使える効率的かつ確実に結論まで導き出すイケてる会議の進め方を全てお伝えします。これで、あなたも会社での評価は爆上がりです!」

……って、キャッチフレーズだったら、僕がひっくり返ることはなかったのに。
そして、参加することもなかったのに。

この講師はきっと、「会議で結論を素早くまとめるイケてる司会進行役 = ファシリテーター」という解釈だったのかもしれません。

今、この講座の話をすると、ファシリテーションを理解している方たちからは

お金を無駄にしちゃったね。
時間の無駄だったね。
災難だったね。
なんでそんな講座に行っちゃたの?
キャッチフレーズに騙されちゃったね。

なんて同情されてしまうのですが、とんでもない!

この講座のおかげで、「こんな風にするとファシリテーターじゃなくなるよ!」という明確な答えをもらったのですから。

「5万円の価値はあったな!」と自分に今でも強く言い聞かせています。

自分が主役の講師

では、なぜこの講座がファシリテーションと真逆なのか?
「あり方」という観点から考えてみました。

この講師は、

主導権を握る
余計な意見をしない参加者を選ぶ
結論に導く
時間内に終わらせる

という考えのもとで、自分の狙い通りに会議を進めることを重要視していました。
つまり、そこに参加者の多様性を受け取ることも、認めることもありません。

すべて、自分が主役であり、自分が「時間内に結論を出した」という結果と共に評価されるための場という考えでした。

付箋を使ったり、フレームワークを使う会議の進め方など、やり方(方法)はたくさん紹介されましたが、「結論を素早く出す」という考えのため、極端な意見や少数派の意見はすべて多数決であっさりとスルーされてしまう。

つまり、どんなに良いやり方を提供しても、その場を仕切る人が「自分が主役」という考えのもとでは、良質な対話がされることもなく、イノベーションの種を見つけることもできない。
そして、表面的な相互理解や、合意形成にしかいたらない。

だからこそ、ファシリテーターは自分のためでなく、参加者(場)のために、何ができるのかという軸を持っていることが大事だと思っています。
そして、これがファシリテーターとしてのあり方だと考えています。

余談になりますが、一昨年11月に自分の父親が心臓の病気で検査に行きました。

その医師は、検査後の診察室で父と私に「早く手術しないと死んじゃいますよ。ウダウダ考えるよりちゃっちゃと手術の予約もしないと時期を延ばすことになりますが、どうしますか?私も忙しいんだよね。」と言いました。

有名な大学の先生だったのですが、耳を疑うような言葉と態度にどうしても信用ができず、友人に紹介された他の病院に変えることにしました。

新しい病院の先生は、丁寧に病状と手術の説明をしてくれ、父や私の不安を聞いてくれたり、保険等お金の心配までしてくれました。

実際に手術で入院する頃にはコロナの影響で私が病院に立ち入ることもできなくなりましたが、先生は毎日、父の診察の後に「お父さんは大丈夫だよ」と携帯に電話をくれるほど親身になって父の手術に臨んでくれました。

目の前の患者に親身になってくれる先生を見ていて、安心と信頼を寄せることができました。
そして、この先生との出逢いが自分の「ファシリテーターとしてのあり方」も改めて考えるキッカケになったと思います。

ちきしょ~、本物のファシリテーターになってやる!

実は、このファシリテーション講座は他の参加者には大好評でした。

とても勉強になった。
会議が上手くいかない理由がわかった。
実践的な講座だ。
明日から会社で使ってみたい。

と教室内で盛り上がっていましたから。

しかし私は、昼からのグループセッションの時に意を決して、「これって、ファシリテーションなんですかね?」と口に出した途端、みんなに怪訝な顔をされてしまいました。

しまいには、隣にいた20代の男の子に「ファシリテーションって言葉にこだわり過ぎてませんか?」とたしなめられる始末。

ちなみに、今だったら、この講座に対して「ファシリテーションちゃうやんけ~」と心の中で笑顔で突っ込みながら、違う角度で講座を楽しむことができると思います。

しかし、当時はまだ勉強中の身で、何がどう違うかハッキリと言葉にできない。
なぜ、この講座をファシリテーションと呼ぶのか?なんて難しく考え過ぎてドツボに。
そして、モヤモヤした顔をして首を傾げたり、「マジでっ!」とか「これでいいの?」なんて独り言を無意識に連発していました。

自分で言うのもなんですが、なんとも大人げない参加者でした。
きっと、「5万円も出したのに!」って根強い貧乏根性が働いてしまったのです。

もうここまでやってしまうと、講師にとっては完全に邪魔で不快な参加者でしかなかったのでしょう。最後に挨拶くらいはして帰ろうと講師に近寄ると、まるで野良犬を見るような目で「はい、お疲れ」という捨てセリフと共に、あっちに行け!というジェスチャーをされてしまいました。他の参加者もみんな何とも言えない顔をしてました。

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 完全アウェーって言葉は、こんな時に使うんだなぁぁぁ
まっ、自業自得ですよね。

帰り道に肩を落としながら駅前のドトールに入りました。冷たいカフェラテで頭と気持ちをリセットさせたくて。

店内で講師の顔を思い出して悔しくなってしまい、恨み半分で講座の資料を破ってやりました。すると、ビリビリっという音が店内に派手に響き、冷たい視線と共にまたしても完全アウェーな空間を作っていました。

ちきしょ~、絶対に本物のファシリテーターになってやる!……と思った3年前。

そして、2021年3月現在。
ぼくは、ファシリテーターになれているだろうか?
勘違いしていないだろうか?
そして、参加者の為に動けているだろうか?描けているだろうか?

コネクトファシリテーター でじでじ でした。


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