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批評の手法で俺流の肖像画を描く

小林秀雄は、宮本武蔵が兵法だけでなく、その方法論をもって水墨画、茶の湯、連歌をも極めたことも合わせて「器用」を追究したと見ている。さらに宮本武蔵にとっては「思想」をも極める対象の一つだったと考えた。その思想とは一つの行為であり、勝つ行為である。そして一人に勝つということは、千人万人に勝つということであり、つまりは己に勝つことだという。

これは経験を重んじる、小林秀雄の批評の極め方ともいえるのではないか。

先に、宮本武蔵は実用主義を徹底的に思索した日本で最初の人物であると、小林秀雄が考えていると触れた。この実用主義ということばは、小林秀雄のいう経験主義と通じるように思う。

1948(昭和23)年、講演『私の人生観』の前に、『白痴』や『堕落論』で知られる小説家の坂口安吾と小林秀雄の対談があった。坂口安吾はその前年、雑誌「新潮」に発表した『教祖の文学』において、骨董趣味に耽って文学から離れてしまった小林秀雄を批判していた。

まだまだ骨董に耽溺していると思い込み、さらにモーツアルトやゴッホといった芸術分野の「批評」を書いていることに異議を唱え、文芸批評に戻ってこいと熱くなる坂口安吾。それに対して、もはや骨董という「狐」が落ちて清々し、新たな挑戦に意を新たにする小林秀雄。酔いも手伝って滑稽な対談となっているが、それぞれの言い分は深い。

坂口安吾が「お前は文学をやらせれば、日本で一番偉い奴だよ。それを音楽だとか、画だとか……」と食ってかかり、音楽が好きだ、画が好きだと書いている小林秀雄の作品を「それは随筆だ」と斬ってすてる。それに対して小林秀雄は「随筆でよろしい」と認めたうえで、自らは音楽家ではないから、専門の音楽批評かと争う気はない、書いたのはモーツァルトという人間論であり、「音楽の達人が音楽に食い殺される図を描いたのだ」と語る。さらに「今度ゴッホを書くよ。冒険する事は面白い事だ」と勇む小林秀雄を坂口安吾は「詰まらないことだ」と蹴散らすが、「私はぶつかりたいのだよ」と意に介さない。

坂口 あんたは批評家という形で文学を生かした男だからね。音楽を批評する人じゃないんだから、何か作りなさいよ。
小林 文学も生かす、画も生かす、音楽も生かす──。ものを分析して説明するのはもう退屈でいやだ。
(中略)
小林 例えば君が信長が書きたいとか、家康が書きたいとか、そういうのと同じように、俺はドストエフスキイが書きたいとか、ゴッホが書きたいとかいうんだよ。だけど、メソッドというものがある。手法は批評的になるが、結局達したい目的は、そこに俺流の肖像画が描ければいい。これが最高の批評だ。

『対談/伝統と反逆 坂口安吾・小林秀雄』「小林秀雄全作品」第15集

本来、批評というと、自らは作りもせず、外野から良し悪し、とくに悪口を平気で投げて、あとは無責任に知らん顔、という姿勢が思い浮かぶ。批評と批判の区別をしていない行動と言葉がいかに多いか。小林秀雄に対しても、音楽家ではないのに何故モーツァルトを論じるのか。画家でもないのに何故ゴッホを論じるのかという「批判」もあった。「批評」と「経験」は対極だと思われているのだろう。

それでも、この対談でも自らを「経験主義だ」と述べている小林秀雄は、なぜ近代批評の確立者たりえたのか。小林秀雄にとっての経験とはどのようなものか。どのようにして、批評における「器用」を極めたのか?

(つづく)

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