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北海道生まれというアイデンティティ

私の北海道との出会いは生まれた瞬間である。母が道央の出身で、里帰り出産で私を産んだため北海道生まれなのである。歳の近い2人の妹たちも里帰りで生まれた都合で、幼少期の半分近くを北海道で過ごしたし、毎年夏休みは母の実家に長く滞在するのが恒例だった。大人になってからは、年に何度かは一人で北海道各地を訪ねて楽しんでいる。
育ちは福島である。昔から「どうして自分は北海道育ちじゃないのだろう」と内心悔しく思っていた。こういうことって世の中たくさんあるが、何もしなくても北海道出身でいられる人がいる一方で、私は今更どうやったって北海道出身にはなれない。だから「北海道生まれ」であることだけがせめてもの誇りなのである。
なぜそんなに北海道にこだわるのかといえば、それだけ北海道がいいからだ。もちろん私が改めてここに書くまでもなく、多くの国民が北海道を魅力的だと思っていて、その証拠に都道府県魅力度ランキングではいつだって1位である。でもそういうことではないのだ。そりゃ食べ物が美味しいとか景色がきれいとか涼しいとか、世間一般が思う北海道のよさも大好きではある。でも北海道にはもっとこう、考えただけで心臓がたまらなくなるくらいの、独特の情緒みたいな感じがある。
私はそれを心の中で「北海道の感じ」と呼んでいる。
北海道の感じを感知する能力は、北海道で過ごした時間と北海道から離れていた時間の両方があってこそ会得できたものと思っている。経験上、北海道の感じは道内であればどこにでもある。例えばそのへんのチェーン店でお茶するとか、ホテルで全国放送のテレビ番組を見るとかでも、そこが北海道でさえあれば、北海道の感じがしてとてもよいのである。
だが北海道の感じはいかんせん「感じ」であるからして実体がないし、特定の見た目や音や匂いなどもないうえ、完全な主観が伴うため、言葉で説明するのは非常に難しい。なんならむしろ誰かにわかってもらうより、自分だけで大切に楽しみたいような気さえする。
それはともかく、北海道が好きすぎるあまり少しでも北海道とのコネクションを持っていたい私にとって、北海道生まれであることは大変重要なアイデンティティなのだ。だから出身地を聞かれたら、できるだけ「北海道生まれ福島育ち」とわざわざ言うことにしている。相手からすれば育ちだけわかればいいのだろうが。

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