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大人の「現代文」56……『こころ』読みの注目点はここです。


「倫理的に暗い教訓」って?

 

 現代文小説の代表格である『こころ』を始めます。この作品、漱石作品中、恐らく最も「人口に膾炙した」作品と思います。なぜなら、まず殆どの高等学校で、教材にとられ続けてきたと思われるからです。

 ですので、この作品に関しては、様々な論評が為されていることは承知していますが、私は、ちょっと変わった視点で切り込んでみましょう。この作品に、ピュアーな生徒はどういう場面に一番真剣な眼差しをするか、という観点で述べてみましょう。

 生徒は、作品をストレートに「実感」で受け止めます。その実感は前回お話ししたとおり、「人間関係における倫理」としてということです。あのスピーチの高校生※の立場に立ってみましょう。そうすると、基本、人は「親友関係」を強烈に意識していること、その「親友」関係の確かさ・危うさを深く意識していることが分かりました。とりあえずそれだけ意識しましょう。それが「倫理」を解く入り口です。

 漱石の『こころ』で、この「倫理」ということばが、突然一気に、まるでまくし立てられるように出現する箇所があります。私は、ここに注目するのです。そこから引用しましょう。『こころ』三部構成下の「先生と遺書」の二です。青年が、先生から送られた手紙を車中で読み始める部分です。

  「私は何千万といる日本人のうちで、ただあなただけに、私の過去を物
  語りたいのです。あなたは真面目だから。あなたは真面目に人生そのも  
  のから生きた教訓を得たい
と云ったから。
   私は暗い人世の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけてあげます。
  しかし恐れてはいけません。暗いものをじっと見詰めて、その中からあ 
  なたの参考になるものをお攫みなさい
   私の暗いというのは、固より倫理的に暗いのです。私は倫理的に生れ
  た男です。また、倫理的に育てられた男です。その倫理上の考えは、今 
  の若い人とだいぶ違ったところがあるかも知れません。しかしどう間違
  っても、私自身のものです。間に合せに借りた損料着ではありません
  だからこれから発達しようというあなたには幾分か参考になるだろうと
  思うのです。 (ちくま文庫 二〇二二年七月)

 いかがですか?生徒は素直ですから、作中の青年の代わりに、先生から「倫理」的に「暗い」生きた教訓とはなにか、吸収しようとします。この後、どのように「倫理的に暗い」「教訓」が展開するか説明します。

※この高校生に関しては、53、54をご覧になってください。

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