14.教師にしばかれた話

 俺は教師にしばかれたことが人生で3回ある。

〈しばかれた話①〉

 初めて教師にしばかれたのは、中学1年のとき。
 俺は昔から身だしなみに無頓着なやつだった。
 寝ぐせは直さずに家を出る。通学で自転車に乗るときはヘルメットを被らないといけなかったので、通学しているうちに寝ぐせも直るだろうと思ってわざわざ直さなかった。学校に着いてヘルメットを取ると、残念ながら直ってないときもあったが気にめなかった。
 学ランの裾から、中に着ているYシャツの裾が出ていることが度々あった。別に調子に乗ってるとか、イキってるとか、カッコつけてるとか、そんな意図はない。ただ無頓着でだらしないだけ。
 そういった身だしなみのことで、しばしば担任から注意されていた。注意されてしばらくは頓着するが、気がつくとまた無頓着に戻る、その繰り返し。

 ある日、登校して下駄箱へ行くと、いつもちゃんとそこに収まっているはずの上履きがないっ――。
 あれ? 昨日の自分の行動をかいしてみたが、思い当たる節はない……。
 下駄箱の前で困惑していると、

「おい」

 振り向くと生徒指導の先生がいた。
 この生徒指導の先生は、よく長々と説教をするし、よく手を出すため、ほとんどの生徒が嫌っていた。そして、俺が所属する野球部の顧問でもあったから俺はよく知っている。

 ――嫌な予感がした。

「ちょっと来い」と導かれるがまま職員室へ連行された。生徒指導の先生が自分のデスクの椅子に腰掛ける。
「あっ」
 デスクの横に置かれている俺の上履きが視界に入った。
「これ見てみぃ」
 顧問は、俺の上履きのぺちゃんこになったかかとの部分を指で示した。
 うちの中学では、上履きの踵を踏むことは校則で禁じられている。俺はそれをちゃんと把握していなかった、というより自覚もなかった。普段、上履きの踵を踏んだまま過ごしていたわけではない。無頓着でガサツな俺は上履きを履くとき、体をかがめて上履きの踵の部分を指で押さえながら、なんてことはしない。上履きを手に取ると、無造作に床へ落とし、上履きの踵を踏みながら足を入れ、歩きながらつま先を地面にトントントン。それでも上手く履けないときは足を後ろに曲げ、上履きの踵部分に指を引っかけながら履いていた。脱ぐときも、踵を踏みながら脱いだ。その繰り返しで上履きの踵は、ぺちゃんこのフォルムとなったわけだ。
「わかるか? 踵踏んだらいけんのよ」
「はい、すいません」
 すぐさまびた。
「んんっ。今から担任の先生とこ行って、上履きの踵踏んでたこと注意されましたって言いに行きなさい」

 ――耐えたーー!!
 軽い注意だけで、しばかれずに済んだ。よかったぁぁ、あぶねー、耐えたーー!

「はいぃ」
 ホッとした溜め息混じりの返事をして、すぐ斜め向かいの、2mも離れていないデスクに座っている担任のところへ向かった。今の生徒指導の先生とのやりとりも聞こえていたはずだ。
 当時の担任は、30代前半の女の先生で、担当科目は英語。どちらかというと明るく陽気で、気さくな先生だった。恐いという印象はなかった。そんな先生のことを嫌ってる生徒はほとんどいなかったと思う。
「先生、すいません」
 担任は、横から声をかけた俺のほうへ椅子を回転させ体を向けた。
「今、生徒指導の先生に上履きの踵踏んでたこと注意されました」
 真顔ながらも、軽快な口調で報告した。

「あんっっったは」

 ビクッ!

 担任はそう言いながら右手を振り上げた。

「いっつも言うてるやないのぉぉお!!」

 ぺシーーン!!

 ――えっ。

 思いがけない展開に息をのんだ。
 担任の右手にはボールペンが――。俺はボールペンで、おもいっきり頭をしばかれていた。担任の顔面はこうちょうし、歯を食いしばっていた。
「身だしなみ、いつも注意してるでしょ。ちゃんと直しなさい」
「はい…… すいません……」
 職員室を出るとき生徒指導の先生を見ると、頭の後ろで両手を組み、後ろにのけ反るようにもたれて座り、ニヤニヤしていた。その姿に一抹いちまつの疑念を抱いたが、初めてしばかれたことに気が動転していたので深く気に留めなかった。
 初めてしばかれたなぁ……。それもボールペンで……。
 そのシーンを頭の中で何度も再生しながら、職員室を出て教室へと向かった――。

 これが初めてしばかれた話。

 あのとき生徒指導の先生のニヤニヤは、どういう意味のニヤニヤだったんだろう。当時、担任は本当に自分の意思で俺をしばいたのだろうか。しばいたりしなさそうな雰囲気の先生だったけどなぁ。もしかしたら、大人の事情みたいなものがあったのかもしれない。

 別の日、生徒に怒った担任は、顔面を紅潮させ、歯を食いしばりながらその生徒の頭をおもいっきりファイルでしばいていた。
 うーん……。


〈しばかれた話②〉

 中学3年のとき。
 うちのクラスの教室は2階にあった。うちの中学では、非常階段を使って移動することが禁じられている。普段は非常階段のドアは施錠されているのだが、その日は避難訓練があったため鍵が開いたままになっていた。それを把握した俺を含めたクラスメイト4人が非常階段を駆け降りた。教室移動や何か意図があったわけではなく、普段使えない非常階段を使うことにテンションが上がっただけ――。
 不運なことに、その瞬間を担任に目撃された。
 当時の担任は、めちゃめちゃ生徒をしばく先生だった。クラスメイトの1人が、そんなことで!? と思うような出来事で、パンッ!パンッ!パンッ! と往復ビンタを食らっていたことがあった。鮮やかな往復ビンタで、特に2発目の手の甲を使ってのビンタがあまりに鮮やかで、やり慣れてる感があふれ出ていてドン引きした。そんな担任を好きな生徒は1人もいなかった。

「ちょっと待っとけ」

 表情が引きつる4人。そこへ再び担任と、学年主任が現れた。
 ――それを見てホッとした。
 学年主任は、前年から野球部の顧問になった先生で俺もよく知る先生。俺を含め生徒の大半が好いている先生だった。
 4人の前に立つ学年主任。ちょいちょいと、1人を手招いた次の瞬間、

 ゴツン!!

 ハッキリと聞こえる鈍い音。頭頂部に拳骨げんこつが炸裂。

 ゴツン!! ゴツン!! ゴツン!!

 テンポよく1人ずつ拳骨を食らう。
 けっこう痛かった……。
 それでも、痛みで「いっっ」となったみんなの表情は、どこかほころんでいるようにも見えた。
「非常階段は非常のときに使うもの。分かるな?」
 それだけで終わった。そう言う学年主任の表情は、うっすら笑みがこぼれていた。そう、この先生はそんなことで本気で怒ったりはしない。それは俺も、みんなも、なんとなく分かっていた。だから拳骨を食らった瞬間、俺たち4人に笑みが溢れたのかもしれない。
 そんな中、学年主任の後ろで、担任だけがものすごい剣幕でこちらを見つめていたーー。

 これが2回目のしばかれた話。
 しばかれた、というより、どつかれた、かな。

 それ以降、無意味に非常階段を使ったことはない。

 あのときの担任と学年主任、どちらのほうが正しいのだろう。


〈しばかれた話③〉

 高校3年の9月。
 スポーツレクリエーション大会(以下、スポレク)という町の行事があった。軟式野球、バレーボール、グランドゴルフなどの競技を、一般の人がそれぞれチームをつくり、自由に参加できる行事だ。
 毎年、野球部を引退した3年生と中年の野球部OBが一つのチームとなり、軟式野球の試合に参加するのがお約束になっていた。俺は、その中年野球部OBが苦手で参加したくなかったが仕方なかった。ましてや俺はキャプテンだったから。
 俺の同期は5人しかいない。そこで、他の部活の友達にも声をかけた。同期の1人が他校の人たちにも声をかけたことで想定よりも大所帯となった。他校の人たちの中には、中学時代に野球部だった人もいて、俺も知った顔がちらほらいた。
 そしてあるとき、『明日みんなでスポレクの練習をするために、高校のグラウンドを使えないか』と、他校の人が同期に相談してきたようだった。そしてその同期は、それを俺に相談してきた。こういうとき、いつも先生と掛け合うのはキャプテンだった俺の役目になる。
 明日は土曜日、野球部の後輩に明日の予定を確認すると、練習試合で他校のグラウンドに行くとのことで、グラウンドは空くことが分かった。
 次いで、野球部の顧問のところへ向かう。野球部の顧問は3人いて、トップの顧問は、その日は出張で不在だった。もう一人の顧問、Y先生に相談しに行った。
「明日、スポレクの練習でグラウンド使わせてもらいたいんですけど、いいですか?」
「おぉ、ええよええよ」
 2つ返事でOKだった。

 翌日。前日、にわか雨が降った影響で少し湿ったグラウンドに他校の生徒も含め20人ほどが集まった。
 俺は部活を引退してから野球をしていなかったし、したいとも思っていなかった。むしろ遠ざけていた。久しぶりにする野球。部活とは違った雰囲気で、真剣に遊びの野球を楽しんだ。予期せぬファインプレー、嘘みたいなヒット、暴走的な走塁、意図的なデッドボール、おお袈裟げさな空振り、あれやこれやに一喜一憂しながら盛り上がった。

 グラウンドから見えるところに体育館があり、そこに体育教師の教官室がある。教官室の開いた窓から、女の体育教師が怪訝けげんな表情でこちらを見ているのが視界に入った。
 ――嫌な予感がした。
 だが、気にしないようにした。特に問題はないはず。
 2時間ほど遊びの野球を堪能したあと、グラウンド整備をして解散。何事もなく終わった。

 土日が明けた、月曜日。
 野球部のトップの顧問は、体育教師で1年生の担任をしていた。体育委員だった俺は、朝のホームルーム終わりの休み時間、体育の授業のことで先生のところへ向かった。1年生の校舎、教室から出てきたタイミングで声をかけた。
「おはようごさいます。今日の体育の授業、何か準備する物ありますか?」
「今日もソフト。いつも通り準備しといて」
「分かりました」
 機械的なやりとりを終えて、俺は立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと待て」
 なんだろう。
「昨日、グラウンドでスポレクの練習しとったんか?」
「はい」
「けっこう人数おったみたいやな」
「はい」
「他の高校のやつらも来とったんか?」
 ――嫌な予感がした。
「いや、いません」
 俺は咄嗟とっさに嘘をついた。
「あれ? そうかぁ。T先生が、知らん顔の生徒がたくさんおったって言ってたんやけどなぁ……」
 トップ顧問は首をかしげながら独り言のようにつぶやいた。すでに、あの女の体育教師から一報が入っていたようだった。

 ――ダメだ、バレる……。

「すいません。本当は他校の人もいました」

「あん?」
 先生が鬼の形相になり、一瞬にして張り詰めた空気に思わず息が詰まった。その瞬間、

 バァヂーンッッ!!!!!!

 ――速すぎて手が見えなかった。
「あん?」から叩かれるまで、体感では0.2秒ぐらい。最初から俺の顔の横に、手があったんかなって思うぐらい一瞬に感じた。気づいたら俺の顔は右に回旋していた。強烈なビンタだったが、緊張と興奮のせいか痛みは感じなかった。ものすごい打音が廊下中に響き渡り、休み時間でざわついていた1年生の校舎が静まりかえる。とんでもない空気に、呆気あっけに取られた1年生たちが、こちらに視線を向けている。
「お前、なめとんか」
 鬼の形相ぎょうそうで俺をにらみつける。
「……すいません」
「土曜、一緒におったうちの生徒全員集めて、昼休み体育館に集合せぇ」
「はい」
 自教室に戻っているとき、左頬がヒリヒリ痛むのに気が付いた。

「ごめん。土曜のことで昼休み体育館集合になった」
 土曜に集まっていた友達一人一人に伝達して回った。特に他の部活の友達には謝りながら声をかけた。
 昼休み、10名ほど引き連れて体育館へ入った。
「学校のグラウンドは、学校のことでしか本来使ったらいけんようになっとる。スポレクの練習がしたいなら、町のグラウンドを借りろ、ええか」
 全員に叱責しっせきをしてお開きになり、みんなで体育館を立ち去ろうとしたとき、

「お前だけ残れ」

 ビクッ!!

 ――うっわ、さいあく。
 俺だけ残された。 

 待って待って待って待って待って待って待って! 待ってくれーーー!!
 遠のいていくみんなの背中を見つめながら心の中で叫んだ。

「お前は何で嘘をついた」
「他校にも連絡がいって、他校の人らも怒られると思いました」
「他校のやつらやと思うけど、自販機の前とかな、車が出入りするところに溜まって邪魔になっとたらしいし、態度も悪かったらしいわ。他校のやつらは、ここのそういうことはちゃんと分かっとらんのやけん、お前らがちゃんとそういうのも誘導せんか」
「金曜日、俺が出張でおらんかったけん、Y先生に言いに行ったんか?」
「はい」
「スポレクの練習で使わせてほしいってことだけしか言ってないよな?」
「はい」
「そこは、他校のやつらが来ることも、ちゃんと伝えんといかん。『明日、何時から何時までスポレクの練習でグラウンドを使わせてほしいんですが、他校の人も何人か来る予定なんですが、いいですか?』具体的にちゃんと伝えないかん」
「きちんと言わんとY先生も分からんやろが。あとでY先生のところに謝りに行け」
「はい」
「あとな、ちゃんとグラウンド整備したんか? グラウンドが汚い。ボコボコじゃ。授業終わったら3年の野球部だけ集めて整備せぇ」
「他校のやつらに言ったりせんわ。それでも嘘だけはつくな。わかったか?」
「はい」
 もう一発ぐらいしばかられんのかなぁ、と覚悟していた。

 体育館を出て、そのままY先生のところへ謝りに行った。
「ちゃんと伝えれてなくて、すいませんでした」
「いやいやぁ、俺も軽くOKしてもうたから、すまんの」
 優しさと負い目が混じったような笑顔でY先生はそう言った。もしかしたら、先生も怒られたのかもしれない。Y先生の対応と、それを想像して心が痛んだーー。

 これが3回目のしばかれた話。本気ビンタ。
 嘘はよくない、本当に。
 野球部時代、トップ顧問に散々怒られたが、しばかれたことはなかった。しばかれたのはこのときだけ。

「あれ、どうしたんっすか?」
 俺がビンタされるところを見ていた1年の後輩が聞いてきた。
「ちょっといろいろな。すごいビンタやったやろ?」
「あれグーパンでしょ?」
「えっ、ビンタやろ」
「ビンタの音じゃないでしょ、すごい音でしたよ」
 あれグーパンやったんかな? さすがにグーパンじゃないと思うんやけどなぁ、感触的にも。グーパンと思うぐらい、すごいビンタやったんやな。こわっ。


 俺が教師にしばかれたのは3回だけだが、それ以外にも厳しく怒られたことは何度もある。厳しく怒られたことって今でも覚えているし、怒られないよう意識するようになった。特に、道徳や人倫かられた行為に対して、厳しく叱咤しった・叱責されたことははっきり覚えているし、そのおかげで自分のそういった行為に気づくことができて良かった。もし気づけていなかったらどうなっていただろうか……。
 昨今は、パワハラや体罰などが度々問題になってるね。それによって、怒ることができなくなっているみたい。もちろん暴力や暴言、理不尽な叱咤・叱責はダメ。ただ、明らかに良くない行為に対しては、時には厳しく叱咤・叱責することも必要だと思う。『厳しく』の仕方が難しいよね、きっと。

 このご時世、どうなっていくんだろう。

 エッセイ

  作成中。毎週更新します。

〈目次〉
1.俺のプロローグ 〜迷惑をかけない〜
2.迷惑をかけないは迷惑をかけた
3.俺はそんなヤツじゃない①
4.部活の話 〜俺はキャプテン向いてない〜
5.上阪での失敗
6.今の自分は好きですか?
7.砕け散った好奇心
8.もしも俺が魚だったら
9.普通名詞の関係
10.何が迷惑になるか分からないから
11.初めての本気土下座
12.青鬼になろう
13.俺はそんなヤツじゃない②
14.教師にしばかれた話
15.初めての就職①  迷惑をかけないの力
16.初めての就職②  仕事を辞めれない俺が
                               店長になった
17.初めての就職③  スタッフからの手紙
18.初めての就職④  俺って
19.部活の話 〜悪い魔法使い〜
20.人類にラッコの本能を
21.失敗は成功の素(チャラ男風味)



 毎週更新していきます。

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