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バーチャルプロダクションの正しい理解と活用法 ー その7

去る6月26日(月)18:30より東京都千代田区のWATERRASCOMMONホールにて開催された6月開催VFX-JAPANセミナー「バーチャルプロダクションの正しい理解と活用法」の内容について、続きの投稿です。
もし、まだ前投稿をお読みでない場合は、以下をご参照ください。

前投稿では、バーチャル・プロダクションという新しい制作手法について向き合っていく中で、実現するための心構えについてお話をしました。
本投稿では、それに続き、アニメ制作やVRコンテンツ制作などの実写映像制作以外の分野での活用について考えてみたいと思います。

3)アニメ、VRなどのさまざまな制作での活用はあるのか?

今までのお話では、合成ショットがある実写映像制作についてバーチャル・プロダクションを活用することをベースとしていましたが、バーチャル・プロダクションという制作手法は実写映像制作以外には活用できないわけではありません。

今、世界において日本の文化を牽引しているアニメ。毎年、非常に多くの作品が制作され、日本だけでなく全世界においても非常に人気があります。
昨年の12月に公開され爆発的なヒットとなった映画『THE FIRST SLAM DUNK』は、日本だけでなく、中国や韓国そして米国でも公開され高い評価を得ています。新海誠監督の『すずめの戸締り』もアジアを中心に大ヒットしました。
日本のアニメ制作は、手描きで制作することが中心となっていますが、『THE FIRST SLAM DUNK』ではキャラクターの動きをモーションキャプチャで収録し、それをアニメ的に味付けを行なって表現していますし、新海誠監督の作品では緻密な背景美術が目を惹きますが、多くのシーンは3DCGで制作されたものをアニメ調に出力して使われています。「名探偵コナン」などの作品でも車などの動きは3DCGで制作されていますし、現在では彩色などの制作工程の多くはデジタル技術を活用してコンピュータソフトで処理されています。手描きとはいえ、デジタル技術がうまく活用され、効果的な制作が進められているのです。

ですが、今、そのアニメ制作において非常に深刻な問題が発生しています。
それが「人材不足」です。

人材不足の要因はいろいろありますが、制作予算が潤沢ではないことで生じる制作者の低賃金や長時間労働により、なかなか成り手がいないというのが大きな要因の一つとして挙げられています。これだけ人気があるアニメなのだから資金はあるだろうと思われがちですが、そこは日本の弱いところで、日本の全ての制作を潤すほどの財力は未だに持ち得ていないのです。そうなると、人材を育てることもできず、ただ浪費されていくだけになりかねません。

この問題をデジタル技術で解決できないかと、あるアニメ制作で行われた施策があります。まだ作品が公開になっていないので、作品内容は明かせませんが、そこで取り組んだ内容を共有したいと思います。

アニメ制作は、監督が作成する絵コンテに応じ、原画を作成、それを元に動画を作成して映像化していきます。この原画を描くアーティストと動画を描くアニメーターをデジタル技術によってサポートしようという試みです。

モーションキャプチャを使ったアニメ制作サポート手法

まず、絵コンテを元にプリビズを制作します。これは3DCG制作ソフト上で行いますが、アニメーションまではつけず、カメラの配置やレンズ設定、キャラクターの配置などカット毎の基本的な設定を決めます。
次に、そのデータを受け取りUnity上で背景データと合わせます。背景データは事前に受け取り、ベースデータとしてUnityに入れておきます。あとはカメラとキャラクターのデータをFBXでUnityに読み込ませて組み合わせます。
そこまでできたら収録です。俳優さん(実際に声優さんとして参加されている方も含む)にモーションキャプチャスーツを着てもらい、スタジオで監督の指示に合わせて演技していただいた映像をビデオ収録します。その際の位置決めは、事前に入れたおいた配置データによって行います。Unityには、事前に完成アニメの質感に合わせたシェーダーを作成しておき、できるだけ完成アニメのテイストに合わせたビデオとして収録しました。
収録ビデオをアニメスタジオへ展開、ビデオ映像をベースに原画と動画を描き起こします。モーションキャプチャによる映像には、表情や髪の動きなどの細かな表現はないので、そこはアーティストに原画として描き込んでいただき、動画はアニメーションをベースにより細かに描き込んでもらいます。
出来上がった動画を撮影してアニメーション化します。

この手法を使うことで、作業の大半は収録されたビデオ映像をトレースする作業となるので、原画制作にも動画制作にも熟練したアーティストやアニメーターは少なくてすみ、新人などまだ未熟な人でも制作に参加することが可能となります。
また、このようにして未熟なうちから作品制作に参加することによって、経験を積み重ね、アーティストやアニメーターとして成長することもできるでしょう。

もちろんこの手法はお金も時間もかかるので、まだ実用的だとは言えません。ですが、こうやって問題に対してDXを行うことによって、方法も洗練されより低予算でも可能な形へ進化できれば、環境改善とクオリティアップを実現できるようになるでしょう。これがバーチャル・プロダクションなのです。

他の方法でもこの問題に対処できるでしょう。
それが、前投稿でも紹介した生成形AIの活用です。

デザイナーとして活躍されているアーティスト852話さんに参考映像を提供していただきました。

MMD(3DCGアニメーションツール)を使って制作したCGアニメーションをAIによって表情や細かな動きを追加して自動的にアニメーション化することが可能になっています。

また、こちらも852話さんからご提供いただいた実写の映像をベースにしてアニメーション映像を作ったムービーです。ただ、アニメ風に質感変換するだけではなく、線画の抽出もできるようになっています。

このような技術を使えば、前述したモーションキャプチャを使用したサポート手法をより効果的かつ効率的に活用できるかもしれません。
生成形AIは、アニメ制作においても仕事を奪うという懸念が報じられていますが、うまく活用することで、さまざまな問題が解決できると考えています。

VRでも同様です。
そもそもVRはバーチャルの世界ですので、バーチャル・プロダクションと相性が良いのは当然です。
さらに、APPLEが今年6月に発表したVISION PROを筆頭に、ビデオスルーVRが今後の主流となり、より実写に近いハイクオリティな映像表現を求められてくることは間違いありません。その時、実写映像制作で培ってきたバーチャル・プロダクションによる制作技術は必ず役に立つだろうと思います。

また、バーチャル・プロダクションとは、「デジタル技術を活用してコンピュータ内のバーチャル空間で制作を進める」手法を総称したものなので、元より映像業界に限ったものでもないのです。
映像業界以外でも、製造現場での技能継承や建築現場でのデジタルダブルなど、デジタル技術を活用できる分野はたくさんあり、それらの環境整備にバーチャル・プロダクションを応用することは可能です。設計と現場とでデジタルデータを共有し、どう活用していくか、またVRを始め、デジタル機器をどう組み合わせて、現場の作業を効率化するかなど、さまざまな応用が考えられるでしょう。
ましてや、そのような現場にはバーチャル・プロダクションに精通した人材はほぼ皆無なので、今後の発展においてそのような人材は必要不可欠になってくるでしょう。

今回は、アニメ制作やVRコンテンツ制作などの実写映像制作の分野以外での活用について考えてみましたが、いかがだったでしょうか?
バーチャル・プロダクションというと、実写映像制作での取り組みと思われがちですが、そうではなく、さまざまな分野へ応用できるということをご理解いただけたのではないかと思います。日本は、アナログ思考とデジタル思考を全く別物として扱ってしまうことが多々あります。ですが、今の時代、それらは密接につながりあってお互いを補完しあっています。つまり、この二つをうまく繋げていくことが、今後の発展のためには重要になっているのです。
次回は最終回。これらのことをまとめ、今後私たちはどうしていくべきか考えていければと思います。

P.S.
発表資料をご参考までに添付します。

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