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スタートアップの指南役。札幌AIラボのトップが語る、いま起業すべき理由とアドバイス

DEEPCOREのアドバイザーで、北海道大学の人工知能研究者である川村秀憲教授は、「札幌AIラボ」のラボ長をつとめるなど、産官学連携によるAI人材の育成とスタートアップ支援に取り組んでいます。「AIは今こそチャンス」と述べる川村氏に、その理由とアドバイスを伺いました。

<プロフィール>
北海道大学情報科学研究院教授 
川村秀憲 (Hidenori Kawamura)
2000年3月北海道大学大学院工学研究科システム情報工学専攻博士後期課程期間短縮修了。同年4月同大学助手。2006年同大学准教授、2016年同大学教授となり現職。1999年~2000年、日本学術振興会DC特別研究員。2007年~2008年、日本学術振興会海外特別研究員、ミシガン大学客員研究員。株式会社調和技研、フュージョン株式会社、株式会社インターパーク、株式会社Aill社外取締役。

2度の起業チャンスを逃した研究者時代

——はじめに、人工知能に興味を持ったきっかけと、大学教授になった経緯を教えてください。

川村:
最初に人工知能に興味を持ったのは、小学生時代に遡ります。当時としては珍しく、自宅にパソコンがあったのでオモチャ代わりによく遊んでいました。まだ何も情報がない時代でしたから、プログラミングについては独力独学で学んでいきました。

プログラミングの面白さは、命令の種類がそんなに多いわけではないのに、組み合わせ次第で思い通りに動かせるところです。ただ、次第に思い通りに動かすだけでなく、まったく予想もしないような「自発的な動きを作れないか」と思うようになりました。それが人工知能に興味を持ったきっかけです。

大学教授になったのは、まったく偶然からでした。もともと自分は子どもの頃から、やることを人から与えられるより、やりたいことを自分ですすんでやるタイプ。与えられた仕事のために自分の時間を使うのは好きではありません。だから、友人たちが就職活動をする頃になっても、自分は就職する気になれませんでした。

それで、アメリカへ留学することも考えていたのですが、ちょうど「大学の研究者のポストが空いた」と声をかけられ、その流れで大学の教員になりました。

——大学教授もつとめながら、なぜ起業やスタートアップにも興味を持ったのですか。

川村:私のモチベーションの源泉は、自分の作ったものが、人の喜びにつながるという、子ども時代に味わった体験にあります。教授になっても「研究成果を使ってもらいたい、社会の役に立ちたい」という気持ちは変わらなかったので、起業は自然な流れでした。

ただ、私が大学の教員になった頃は「大学教員に起業は無理」みたいな風潮だったので、論文を書いたり、学会で発表をしたり、世間に自分を合わせてきた部分があります。

そうしている間に、GAFAMや楽天などインターネットサービスが次々と登場しました。その様子を見て、自分にも同じようなチャンスはあったはずなのに、「なぜやらなかったのだろう」と悔しい気持ちが残りました

少し時代が進むと、今度はJavaの時代が来て、携帯電話でもプログラミングを動作できるようになりました。これも私が時代に先駆けて、研究室仲間とゲームを作ったりしていたものです。なのに、やっぱりグリーやDeNAなどスタートアップがあっという間に市場を持って行ってしまいました。2度目のチャンスも逃したというわけです。

そして、3度目にしていよいよ自分がど真ん中にいる「AI」の時代がやって来ました。今度こそ、このチャンスを逃すわけにはいきません

「弱い紐帯」説が、スタートアップに効く理由

——実際に起業に関わってみて、どうでしたか。

川村:最近は、大学も起業を積極的に後押しする風潮に変わってきています。ただ、限界も感じています。

というのも、アカデミアの世界は広いようで狭いからです。本当に面白い研究者は限られていますし、ほとんど顔見知りばかりで新しい発見や出会いは多くありません。

スタンフォード大学のマーク・S.グラノヴェター(Mark S. Granovetter)教授が提唱した「弱い紐帯(ちゅうたい)の強さ “The Strength of Weak Ties”」という理論によると、同じ組織や業界など強いつながり(=強い紐帯)の人よりも、ちょっとした知り合いなど弱いつながりの人(=弱い紐帯)の方が利益をもたらすという説があります。

これは強い紐帯の人は視野や考え方などが自分と似通っているため、異なる視点を持ちづらい一方、弱い紐帯の人は自分が思いもよらないアドバイスを与えてくれるというわけです。

ですから、私はアカデミアの世界だけでなく弱い紐帯、つまり企業や行政など、外の世界との出会いを求めてエコシステムを重視してきました。

エコシステムの構築で大切にしたい「ギブアンドテイク」の考え方

——どうしてエコシステムを重視するようになったのですか。

川村:もちろん自分で裸一貫でスタートアップを立ち上げるという選択肢もありました。ですが、仲間を巻き込んでエコシステムを構築する方がより大きなことを成し遂げられると思ったんです。

起業をゲームに例えるなら、「ドラゴンクエスト」のパーティは勇者ばかりではゴールできません。

経営する人、開発する人、営業する人など、いろいろな役割を持った人が必要です。私や大学はアイデアを出したり、知恵を絞ったり、仲間をつないだりという役割を発揮できます。構築したエコシステムの中で自分がそういう役割を担うことで、より広くスタートアップをエンパワーメントできると考えました。

——実践して気づいたことや課題はありますか。

シリコンバレーや東京では、上場した人がキャピタルゲインを次の世代への投資に回すとか、メンターとしてサポートするようなエコシステムがすでに進んでいますが、私の活動拠点である北海道・札幌ではまだまだ完成されていません。

最初から大きなエコシステムを回すのは難しい。まずは小さくてもいいから、大学の研究室があって、スタートアップが生まれて、上場前の会社があって、上場した会社があって、上場後大きくなった会社があって、そこで得た資金で今度は若手をさらに応援というサイクルを札幌でも生み出したいです。

また、行政や公的なバックアップとしてベンチャー補助金を作ることなどもありますが、私が思うエコシステムは、業務的にオフィシャルな施策を行うだけではなく、もっとウェットで、人と人との繋がりを大切にしたものです。

——エコシステムを作っていくなかで、大切にしている考えはありますか?

川村:信頼感があり、お願いごとを遠慮なく言えるような関係性をお互いに持った仲間作りがかかせません。

私が大切にしているのは「ギブアンドテイク」。当たり前に使われている言葉ですが、このような仲間作りのためにはすごく重要だと考えます。

人に対して自分ができること、何が貢献できるのかということを、あまり見返りを求めずに「面白いね」というノリと同じ価値観でやっていくと、当然その中でお返しをしてくれる人もいます。これはビジネスだけの話ではなく、プライベートも含めてですね。

ビジネス的な価値観以前に、人として大切にしたい根本の方向性が同じでないと、本当の仲間にはなれません。

公私に渡ってギブアンドテイクでお互い気持ちよく信頼できる人を集めていくことを、少しずつ大きくしていくことがエコシステムの成長に繋がってくると思います。

とにかく「出会いの数」を増やすことが大事

——理想の仲間と巡り合うために、どうすればいいでしょうか。

川村:そうですね。とにかく出会いの数を増やすことだと思います。実際、自分の経験でも、「一緒にやりたいな」と思う人は100人中せいぜい1人です。私は年間、700〜800人くらいと面会しますが、10分、20分話せばマッチするかどうかすぐ分かるようになりました。

AIの研究者やスタートアップ、投資家が多く集まるDEEPCOREは、出会いの場として最適でしょう。私もひょんなことからDEEPCOREを知って以来、お手伝いさせていただいているのですが、いつも勉強になることが多いなぁと感心しています。

AIが起こすパラダイムシフト。いまこそチャンス

——先生は最近、「ChatGPT」をテーマとした書籍も執筆されています。生成AIはこれから社会をどう変えると思いますか。

川村:いま人工知能はものすごいスピードで進化しています。まさに価値観や思考のゲームチェンジが起きようとしています。たとえば、教育の場合で考えてみましょう。

これまで多くの親は子どもに「いい大学に入れば、高い給料をもらえるよ」と教えてきたかもしれません。ところが、いま会社で使われているスキルは、AIがどんどん代替していくでしょう

そもそも企業は、時間を「お金に変える人」しか必要ありません。月20ドルでChatGPTを使えるなら、「お金に変えられない人」を雇うよりずっと安上がりです。

——では、一体、どんなスキルが求められるのでしょうか。

川村:誰でもできることは、差別化が図りにくいので競争が激しく、AIのような機械に任せるべきです。一方、世界にできる人が100人しかいないようなスキルは、競争相手がいないので当然、給料は高くなります。

しかし、問題はそんな希少なスキルを「学校で体系的に学べるか?」ということです。本を探しても見つからないし、誰に聞けばいいかも分かりません。

希少なスキルを見つける方法は、これといった正解があるわけではありませんし、リスクも大きい。だから、若い人はとにかく、誰も興味を持っていない、自分が好きだと思うことをとことん追求していくことをお勧めします。

——そんなマニアックなスキルを持った人が増えるということは、社会はますます多様化がすすむということでしょうか。

川村:その通りです。これからの時代は、誰も正解を知らないし、成功する方法も違う。古いゲームで戦ってきた大人に聞いたって無駄です。なのに、大人たちはいろいろ雑音を言うかもしれません。

しかし、世の中のゲームが大きく変わり始めていることは間違いない。指をくわえて見ているだけでは、昔の私と同じ過ちを繰り返すだけです。この変化に乗らないで、いつチャンスを掴めるでしょう?

いまこそ「ゲームチェンジャーになってやる!」と飛び込んだ人こそ、近い将来、きっとチャンスを掴むことになるはずです。

起業はドラマ以上に楽しい

——とても勇気づけられる言葉です。最後に、起業している人や、起業に興味がある人へ、応援メッセージをお願いします。

川村:たしかにスタートアップを経験してみると、いろいろなことがあります。もうドラマかと思うくらいですよね。実際、シリコンバレーのスタートアップを題材にしたドラマを見て、「あんなもんじゃない」ってよく仲間とも笑ってるくらいです。

でも、「大変」と言いながらも、みんな課題を解決することが好きでたまらない人ばかり。世の中の「どうしてだろう」とか、「何が隠されているんだろう」とか疑問や課題に興味がつきないんです。

四六時中、課題にアンテナを高く立てて、解決方法をシミュレーションできる人は、きっとうまくいくと思いますよ。

——ありがとうございました!

インタビュー・構成:堀夢菜
ライター:吉見朋子


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